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友達

 詩音には友達が居ない。

 試験に合格しているからここにいるとは言え、年間10人前後ではあるが、人狼によって捕食される事件が起きている為、人狼に対する忌避感が人間社会全体に浸透している。

 これにより、人狼は本人が何の問題もなくても、人狼というだけで避けられがちだ。

 同じ人間を捕食する吸血鬼は血を吸うだけで、本人を食べる事は無い。殺すつもりでもなければ死ぬまで吸う事はないし、血を吸われても少し貧血気味になるだけで大きな問題にはならない。

 しかし、人狼の捕食に遭った人間は手足を欠損し、高確率で死亡してしまう。

 そこの差で、tier0の中でも危険視され、巷ではtier-1とまで言われている。

 その為、詩音も例に漏れず避けられており、友達がいない。


「こんなに大人しくて賢いのにね。やはり、印象というのは切り離せないね」

「先生」

「お?撫でられて嬉しいのか?」

「養護教諭が学校内でタバコを吸うのは、印象が良くないですよ」

「おぅ……何と鋭い指摘」


 友達が居ない詩音だが、長い茶髪でファンキーな格好の上に白衣を着ている不思議な養護教諭の芥川(あくたがわ)涼子(りょうこ)とは仲が良く、よく可愛がられている。

 この日もいつもの様に屋上で一緒に昼食を食べていた。


「しっかし、それ美味しいのかい?」

「美味しいですよ?」

「へぇ」


 詩音の弁当箱には生肉が入っており、人から見てあまり良い印象を受けない。

 しかし、人狼の食生活は完全な肉食であり、そもそも穀物や野菜を食べる事が出来ない。


「しかし、狼は普通、草食動物の内臓にある植物性の栄養素を接種しているから、生肉だけでは栄養に偏りが出るのではないか?」

「ちゃんと植物性の栄養素と取れますよ?」

「……そのお弁当の中身って何の肉?」

「雑食性の生き物とだけ」

「人間か」

「どうして言及してしまうんですか」


 この国では全ての犯罪が厳罰化され、非常に死刑になりやすい。

 そして、死刑判決が出た者は解体されて出荷され、人狼を含む人喰い種族に提供されるのだ。

 提供先の健康も加味して囚人には植物中心の食生活が強いられ、胃の内容物が完全に消化される前に死刑が執行されるようになっている。


「周知の事実だからね。君達肉食の異種族が思っている程、みんなその辺は気にしていないのさ」

「そういうものですか?」

「そうそう、人間が主食な異種族がいる社会が当たり前なんだから」

「でも、避けられますよ?」

「子供には難しい問題ってだけさ。実際、大人はみんな頭では分かってる。それでも忌避感は拭えないなんて人達がいるだけ。明確に行動に移して差別すればどうなるかなんて、ニュースを見ていれば分かるからね」


 人狼による捕食被害の原因は100%人間側の差別的な発言や行動によるものである。

 人間を食べる為に試験を突破しようとする者も毎年大量に受験するのだが、そういった者達は全て例外無く試験を落ちている。

 人間でも怒りに任せて人を殺す事があるのだ、本来捕食対象である人間に対して怒りが募れば捕食されるなんて自明の理、人間に殺されるような人間が人狼に殺された、それだけの事なのだ。


「ただまあ、親としては気が気じゃないだろうけどね。君は歴代で最も頭が良く、温厚で理性的だが、大人というのは子供を過小評価しがちでね。子供が子供を怒らせて食われたらどうしようと考え、近づかないように言ってしまうのも、弱い人間としては理解出来てしまうんだよ」

「人間は考える事が多くて大変なんですね」

「それは少し違う。考える事が多いんじゃなくて、無駄に考え過ぎてしまう事が多い。つまりは君がさっき人肉を食べている事を気にしているのと同じ。本人達は気にしていないって言うのが、実際のところなんだよ」

「先生はカッコいいですね」

「その感性がすでに子供ではないよ、君は」






 そうして昼食の時間が終わり、お昼休みになっても詩音はグラウンドに出て遊んだりはしない。

 人狼の身体能力は人間の常識を遥かに超える。

 体重20kg前後である詩音ですら、100kgの重量を持ち上げて走り回れるし、100m4.5秒で駆け抜けるるなど、狼よりもよりも優れた身体能力を人間の知能で使える為、人間に混ざって遊ぶと蹂躙してしまうのだ。

 それはそれとして、詩音は日向ぼっこも好きなので、屋上の階段の屋根になっている場所でお昼寝している事が多い。

 昼食後は消化にエネルギーを使っているので眠くなるのだ。


「何でこんなところで寝てるの?硬くない?ここ」


 瑠璃が日傘をさして詩音を上から覗き込む。


「部室行こ?」

「部室……」


 瑠璃はほぼ寝ている詩音を片手で抱き上げて校舎に入る。






 瑠璃は詩音を連れて異員会の扉を開ける。部室には絢音や他のメンバーもいた。


「連れて来たよ〜!」

「何処にいたの?」

「屋上にいた。キャワよかったよ、日向ぼっこしてた」


 瑠璃は詩音をソファに座らせる。

 少しして詩音が目を覚ます。


「あれ……?部室……」


 詩音は目を擦りながら大きく口を開けて欠伸をする。


「おはよ〜」

「皆さんどうして部室に?放課後?」

「まだ昼休みだよ」


 絢音は欠伸をする詩音の口の中に指を入れる。詩音は気付かずに口を閉じて何かを噛んだのに気が付き、驚いて口を開ける。


「何してるんですか!?」

「欠伸してる猫とか犬の口に指入れたくなるよね」


 人狼の顎の強さは、身体能力同様に一般的な狼よりも遥かに高く、6歳の子供でも1.5tほどの咬合力がある。

 牙の鋭さも相まって人間の指程度、軽く切断出来る。


「アヤは理事長と同じで異種族大好きだからね。特に人狼が最推しでね。結構興奮気味なんだよ。慣れるまで付き合ってあげて欲しいな」

「触られるのは良いですけど……」

「言ったね?」


 絢音は詩音の口の中を覗き込む。


「人の姿でも牙はあるんだね」

「ふぁい」

「結構鋭いね」


 絢音は詩音の牙に触れて、指を押し付けてスライドしてみる。それにより絢音の指が切れて血が出て、詩音の舌の上に滴る。

 詩音は耳がピンと立ち、驚く。


「!?」

「美味しい?」


 詩音は絢音の手を掴んで口から出す。


「何してるんですか!?」

「私って何不自由なく、ストレスフリーで育ったから美味しいんだってさ。だから、詩音ちゃんにもお裾分け?」


 詩音は絢音に対して緊張や先輩を敬う感情よりも先に、危機感を覚えた。

 人狼は吸血鬼よりも理性が乏しい、血の匂いを嗅ぐだけで凶暴化するような種族なので、人間社会で暮らす人狼は理性が特に強い個体で血の匂いでも凶暴化しないのだが、絢音のような非常に美味な個体の血を舐めさせるのは凶暴化されても仕方ない行為だった。


「吸血鬼の私は元々理性強めな種族だけど、人狼は他の亞人系の異種族の中でも本能で動く傾向が強い種族なんだよ?襲われても仕方ないよ今のは」

「血はダメか」

「推し活の仕方が倒錯的すぎるんだよアヤは」


 色々と危うい絢音の為に、瑠璃は詩音もとい人狼がどう言う存在なのかを目に見える形で示す事にした。


「鬼山、シオンちゃんと腕相撲」

「えぇ、勝てる気がしないんだが」

「回復力高いとは言え、私腕折られなく無いもん」

「俺なら良いってか!?」

「折れるまでやりませんよ!?」


 響は詩音を信じ、絢音の前で腕相撲をする。

 響は腕力最強の鬼のハーフ、人間とは比較にならないパワーがある。しかし、純粋な人狼と比較するとかなり非力と言える。

 響は腕相撲の開始と同時に身体が浮く。

 脱力していなかった為、足の踏ん張りが効かずに身体が半回転してしまったのだ。


「鬼のハーフでもこうなるくらい、人狼ってパワフルな種族なんだよ」

「俺の心配をしろよ……」

「怪我してないですか!?」

「詩音ちゃんは優しいなぁ……」


 そんな事をしている絢音達を零は紅茶を飲みつつ和やかに眺めていた。


(また賑やかになったわね)


 いつも絢音と瑠璃が問題を起こし、響が巻き込まれているのを遠目から眺めて特に助けないのが零だ。

 種族がゴーストだからか、基本的にそこにいるだけの存在である。


(詩音ちゃんはどんなアクシデントを起こしてくれるのかしらね。楽しみだわ)


 零は周りが大慌てしたり、問題発生している状況を眺めるのが好きな少し性格の悪いお姉さんである。

 絢音は詩音の見た目に反した超身体スペックを見たものの、結局あまり変わらなかった。


「そう言えば、何でストレスフリーで育つと美味しくなるの?」

「和牛と理屈は同じだよ」

「なるほどね。人間にとって、普通の生活の中で最も寿命を縮めるのは添加物とかタバコとか酒とかじゃなくて、圧倒的にストレスの方が悪い。それが味に影響を与えてるんだね」

「もちろん、健康的なのも条件の一つではあるけどね」


 絢音はストレスにならない程度に健康的な生活を心がけようと決めた。


「食べられるつもり?」

「推しの好物になれるんだよ、心がけもするさ」

「倒錯的過ぎる……」

「大丈夫、私が美味しくなるとルリも美味しい思いが出来る」


 瑠璃はたまに絢音から血を貰っているので、割と人のことを言えない。


「それはそうなんだけどね?吸血鬼と人狼じゃ訳が違うんだよ。詩音ちゃん的にはどうなの?」

「健康的な良い事だと思いますけど、食べられようとするのは……危ないと思います」


 詩音は涼子が言っていた事を思い出す。

 人肉食に関して、思いの外相手は気にしていない、そう言っていたが絢音の場合は気にしていないどころか美味しくなる様に努めて心なしか食べられたがっているとすら思える。

 とても珍しい存在なのは分かるのだが、こっち方面に張り切ってる人間がいる事に少し、馬鹿らしくなった。


「鬼山君的には私はどうかな?」

「俺はハーフだぞ?つうか、普通にセクハラだろそれ」

「鬼って何食べるの?」

「俺はハーフだから普通に人間と同じものを食べるけど、人間含む雑食だな。まあ、人間を好んで食べる種族じゃねぇな」


 鬼は力が強く、乱暴な言動をしがちだが、それはあくまでも言動だけで本質的には優しい種族である。

 厳しい事を言いがちだが、相手にとって悪い事はあまり言わないししない。

 そして、嘘をついたりもしない。

 強くて乱暴だか、異種族全体で見ればかなり人間に依っている。


「零、ゴーストはどうなの?」

「私が人喰いに見えるの?」

「魂抜いたりは?」

「しないわよ。ゴーストがtier1なのは、生きてるという価値観を持ってないから、うっかり人間を殺してしまう事があるからよ?」


 人間からゴーストに触れる事は出来ないが、ゴーストから人間に触れる事は出来る。そして、ゴーストは初めから生きているとは言えない存在であるが故に、心臓を抜き取ったり、首を切り落としたり、遊び感覚で人体をバラバラにしてしまうだけで、食べようとは思わない。

 そもそも、ゴーストは他種族の感情を糧に生きているので、肉食も草食も無いのだ。


「感情を糧に……」

「だからって考えてることが分かる訳じゃないわよ?怒ってる、悲しんでる、楽しんでる、驚いてるとか、感情が読み取れるだけ」

「へぇ、今の詩音ちゃんは?」


 突然話に出されて感情を読むと言われた詩音は咄嗟に顔を隠す。


「ふふ、意味無いわよ?詩音ちゃんは分かりやすいわね。恥ずかしがっている。見ての通りね」


 絢音は詩音を膝に乗せて抱きしめて頭を撫でて見る。


「どう?」

「恥ずかしさが増したわね」

「ふふ、愛い奴め」


 こうして、詩音は同年代ではないものの、友達が出来た。

 扱いはペットやマスコットに近いが。

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@TUKINOWAKUMA_0

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