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百五十七話 主体的に仕掛けるものが一手を先んずる

 国境の砦。

 楽しい市場が開かれているその横で、暗殺未遂者に結構えげつない尋問を執り行っている部屋。

 被疑者の顔面があまりに血だらけで、さらに身体検査のときに図らずも糞尿まで散らかった。

 年若く経験の浅い想雲そううんくんにはこの惨状から席を外してもらい、砦の検問に当たってもらっている。

 体液と排泄物、そして阿片の悪臭が漂う最低な場所で、私たち一同は情報の少なさに唸っていた。


「よう、調子はどうだい? いやひでえ臭いだなこりゃこりゃ」


 そのとき、市場の監督作業の合間を見てか、とくさんが顔を出した。

 彼の正体は私たちが逗留している角州かくしゅうの公爵閣下で、本名を「もう犀得せいとく」と云う。


れい女史、こん女史、休息は適宜取っておられるか。傷は痛みませぬか」

「ありがとうございます、巌力がんりきさん。痛み止めを飲んだからもう大丈夫ですよ」


 一緒に来た巌力さんが優しく私を労ってくれて、メンタルもだいぶん復調して来たぞ。


「今日の市場はもう終わりか」


 翔霏しょうひの問いに、得さんはやれやれと言った顔で肩こり首回しのポーズを取りつつ答えた。


「なんとかなあ。一時はどうなるかと思ったが、あのあとは大きな混乱もなくやり過ごせたぜ」


 日の出に始まった市場は、ちょうど日の入りに合わせて終わったようだ。

 予定では明日も開催され、明後日は予備日として、臨機応変に開催か撤収かを決めるとのこと。

 売れ残りがあったらもったいないし、長く楽しみたいお客さんもいるかもだからね。


「さすがにこのあたりの住人にとって、刃傷沙汰は慣れっこか」


 皮肉っぽく歪んだ口で言う翔霏。

 たしなめようかなと思ったけれど、私に彼女を責める語彙はない。

 少しばかり物騒な喧嘩をしたくらいで、ケダモノを見るような目で追い出された黄色指部こうしぶの平和な邑を思い出してしまったからだ。

 角州と旧青牙部きゅうせいがぶの境であるこの土地の方が、ずっと殺伐としていて、道行く人たちも暴力に慣れ、無関心であるように思う。

 まことに遺憾ながら私も翔霏も、それくらいの雑な空間に安心してしまう女になってしもたわい。

 みんな覇聖鳳はせおが悪いんや、と故人に罪を擦り付け、自分を慰撫するしかない。


「ワシも一度、仲間のところに戻ってもええかのう。もちろん明日もこちらに顔を出すが」


 暗殺者に狙われて事情を聞き取りされていた老将さんも、ひとまず白髪左部はくはつさぶの同胞たちの元へと帰った。

 もともと砦に泊めてもらう予定だった私たちは、ニタニタと笑い続けるヤク中暗殺者のことで、引き続き話し合う。


「これは銀月ぎんげつさんや椿珠ちんじゅさんから、みやこにいるときに聞いたことなんですけど」


 そう前置きして、私は自分の持っている情報を左軍のみなさんや得さんに伝える。


白髪部はくはつぶの新しい大統、突骨無とごんさんは、赤目部せきもくぶから移住者を受け入れて、特に兵隊を増やしているそうです」

「俺もその話は、河旭かきょくにいたので把握している。そもそも、それを調べてくれと銀月太監に頼んだのは俺だ」


 玄霧さんがドヤ顔で自分の手際の良さを誇る。

 はいはい、あなたはしっかり仕事をしてますよ、わかってますわい。

 突骨無さんの名前が出たのを聞き、昔のことを思い出すように得さんが補足した。


「元々、突骨無は母方が赤目部だ。だから赤目出身のやつらに、特に母ちゃんの兄貴である伯父の星荷せいか僧人に可愛がられてたな。移住者だの傭兵だのってのも、赤目部で食い詰めてる連中の救済案なのかもしれねえ」


 うわ、これまた懐かしくも厄介な名前が出て来たぞ。

 そうだった、覇聖鳳を倒す旅の途中で会った生臭坊主の星荷さんも、確か赤目部の出身で、突骨無さんの親戚なのだ。

 星荷と言うのは宗教人としての名、僧号であって本名は斧烈機ふれきとかなんとか言ってた気がするけれど、ややこしいので星荷で話を通そう。


「くく、くっふふ、ふひ」


 私たちの話を理解しているのかしていないのか。

 身動きできぬ状態で、細い息とともに狂った笑いを続ける、刺客の男。

 彼も星荷さんとよく似た赤い瞳の持ち主である。

 道に落ちている馬糞でも見るかのような目で、翔霏が刺客をねめつけながら言った。


「突骨無が大統になった時点で、白髪部と赤目部の縁が強くなるというのは分かり切っていたことだ。あの胡散臭い坊さんがどうと言うのはあまり大局に関係あるまい。そうなったとき、母方の縁が違う斗羅畏とらいは白髪部の中で居場所がなくなる。だから多少の無茶を押して性急であっても、自立の道を選んだはずだ」


 自分が斗羅畏さんに喧嘩を売って、散々に煽り倒したことを見事に棚に上げる、翔霏の発言であった。

 もちろん、あそこで挑発されたのはきっかけでしかなく、斗羅畏さんの心には自立に傾く気持ちがもともとあったのだろう。

 その背中を私たちが軽く押しただけである。

 結果として袂を分かった両者だけれど。


「私は正直、突骨無さんと斗羅畏さんが衝突するような状況は、避けて欲しいと思います」


 誰に聞かせるでもなく、自然と口から出た言葉。

 政治的に良い悪いではなく、あくまでも私の感情だ。

 たくさんの人が悲しむし傷付くし、二人ともの知り合いである以上、私も他人事とは思えなくなってしまっているからだ。

 私の知っているあの人たちやあの人たちが、神台邑じんだいむらのように焼き尽くされて灰になるような未来は、嫌だ。

 シブくて厳つい阿突羅あつらおじいちゃんだって、きっと泣いちゃうよ。


「ふうむ……」


 まとまりのない感情論を聞かせてしまったせいか、玄霧さんが唸って考え込んでいる。

 いや、ひょっとすると違うのかも。

 玄霧さんは、本人が自覚しているかどうかわからないけれど、不思議な霊感と言うか、天啓のあるタイプだ。

 彼が納得できず疑問に思った問題は、いつも必ず、一番大事な部分にリーチしている。

 焼かれた神台邑で覇聖鳳の動機に疑問を持っていたときもそうだし、私がれんさまのお部屋で二度目の後宮勤めをこなしていたときも。

 彼が、彼だけが、表面上の事実に納得できず、頭を悩ませて真実に一歩、近付いたのだ。


「玄霧さん、なにか疑問がありますか。聞かせてください」


 私は真剣な目で詰め寄った。

 なんだかんだ、いざと言うときに私が頼りにしているのはこの人なんだな、と少し温かい気持ちになる。

 思えばお互い、腐れ縁をずいぶんと重ねて来ましたね。

 玄霧さんは少し、考えを整理するためにしんと黙ってから。


「そもそも白髪部、阿突羅の代では生まれる赤子の間引きまでやって人口増加を抑制していたはずだ。そんな連中が、いくら親族の縁があるからと言って、赤目部から大量に人材を受け入れるのか?」

「あっ」


 私たちが見えていなかった芯の部分を、あまりに的確に穿つ玄霧さん。

 そうだ、確かな事実、目に見える現象だけをシンプルに把握するなら。


<慢性的に人口と資源に問題を抱えていた白髪部、新しい統領である突骨無さんは、今までの方針から真逆の政策となる人口、労働力の増加に舵を切った>


 ということだけが残る。

 そこから逆算できる推論、それはきっと。


「斗羅畏の自立がどうのと言う前に、おそらくは昂国こうこくからの干渉がどうなるに関わらず、突骨無は『いつか大規模な戦争を起こして、周辺領土を切り取りたい』と考えていたのだろう」


 感情の混じらない、淡々とした口調で翔霏が言った。

 いやいや、とその突拍子もない見解に得さんが反論を述べる。


「そんな、当たるか外れるかの無謀なバクチみてえなことを、あの突骨無が考えてるわけがねえ。俺はあいつがガキの頃から知ってるがよ、一を聞いて十も二十も知るように、賢く喧嘩の嫌いな、上品に澄ましたやつだったぜ」


 私も同意見。

 しかしこの場合、同意見だからこそ、意味と効果が高いのだ。

 私は今までさんざんに思い知らされた一つの定理から、自分の意見を立てた。


「そうするわけがないと周囲が思い込んでいるからこそ、やる価値が高いんです。そしておそらく、突骨無さんがどこを標的にしているかはわかりませんけど、勝つ算段も高いとすでに踏んでいるのだと思います」


 その考えに同意してくれたのか、巌力さんが頷いて重々しく言った。


「……環家かんけの独占商業が解体された今、以前に比べて白髪部が自前で入手できる武器、人員、資材の数量はうなぎ登りでありまする。三弟さんてい……もとい、我が椿珠ちんじゅさまであれば『借金してでも今は武器と人を集めて、無理でも無茶でも力づくで押し通して領土や交易路をぶんどった方がいい。後でいくらでも回収できる』と断言するでありましょうな」


 私たちは、物分かりの良くスマートな突骨無さんの印象に、目を眩まされていた。

 斗羅畏さんとの不仲とか、戦争を焚きつけてくる昂国の武器商人とか、そんなことは関係なく。

 突骨無さんは、このタイミングで打って出るつもりが、最初からあったのだ!

 今、ことを起こそうと決意したなら、武器を用意してくれる相手なんていくらでもいる。

 その種をせっせと、あの若白髪の腐れモヤシ軍師が撒いちゃったからねえ!

 斗羅畏さんと突骨無さんが不穏だから戦争が起きるかも、ではないのだ。

 そこにこだわっていた私たちは、順序が全く逆転していることに気付かなかった。

 突骨無さんは。

 そもそも、戦争をしたがっている!

 その口実となる火種を、自分で各地にばら撒いているんだ!!


「ひぃー、ひぃ、しいっしっしっしぃ」


 私たちの会話の間に、紙を切り裂いたような不愉快で不吉な笑い声を、椅子に縛られている刺客が差し込む。


「あはははあ、ふるいやつらはみんなしぬんだあ、ぜんぶいなくなって、あたらしいてんかがはじまるんだあ、だれもがわらってくらせる、あたらしいせかいが……」


 抜けた前歯の隙間から空気を漏らし、血まみれの男は嗤い続けるのだった。

 忌まわしい声を不愉快に感じた玄霧さんが、男に猿ぐつわを噛ませながら、言った。


「……こいつの獲物は斗羅畏でなくても、重責にあるものなら誰でも良かった、と言うことか。老旦那を襲った辻褄は合うな」

「うぐむぐう」


 ここで話す私たちの予測が、正しいかどうかはまだ、わからない。

 私は、心から。

 思い過ごしの被害妄想であって欲しいと、強く願うのだった。

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