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百七十一話 曙光と煙

 温度も湿度もない、硬い視線を斗羅畏とらいさんと突骨無とごんさんが交差させる、その場に。


「斗羅畏、まさかお前さん、その娘らを嫁にすると阿突羅あつらの霊前に報告に来たんか」


 クソみたいな話題を差し込んだのは、生臭坊主の赤目人せきもくじん星荷せいかさんだった。

 もちろん、我らが斗羅畏さんはそんなくだらない戯れ事に乗っかることはなく。


「大伯父どの、ご無沙汰いたしております。明日の葬送をどうかよろしくお勤めください」


 そう言って踵を返し、霊安所を去った。

 私たちもそれにぞろぞろと続いて、星荷さんと突骨無さんに一礼し、この場を失礼する。

 斗羅畏さん、もっと阿突羅さんとお話をしたかっただろうにな。

 なんだよ、なんだよあいつら、少しくらいそっとしておいてくれたっていいじゃないかよう!

 ところで斗羅畏さんは、嫁と言うお話を、否定しませんでしたね?

 ひょっとして、私にもまだワンチャン、あるんです!?


「……一つ、聞きたいのだが」


 戻る途中、誰を相手にしたものか、翔霏しょうひが質問を投げた。

 至極真面目な顔なので、嫁どうこうと言うのはまったく気にも留めていないのだろう。

 私ばっかり盛り上がってしまい、みっともない。


「おかしな暗殺者や突骨無が阿片に溺れていると仮定して、だ。その阿片はどこから仕入れている? 阿片のもとになるケシの花は北方に咲く植物ではあるまい」


 ごもっともな話です。

 赤目部せきもくぶの人たちは、阿片を自分で産出しているわけではない。

 もっと南に咲くケシの花を原料に、精製品を輸入しているか、原料を輸入して自分たちで精製しているかのどちらかだ。

 商売の話なら、俺に任せろ。

 と言わんばかりにキラッと目を輝かせた椿珠ちんじゅさんが、翔霏の答えに詳しいことを教えてくれた。


「ケシの産地は昂国こうこくよりさらにもっと南だ。以前は南西の尾州びしゅうが窓口になり、原料のケシの蜜液を仕入れて加工していたんだが、今の尾州は自分たちでケシを仕入れることを禁じられている」

「どうして?」


 私の質問に、椿珠さんが「ちょっと考えればわかるだろ」というイヤミな含み笑いで答えた。


「それが尾州大乱の財源、資金調達手段になっちまったからだ。先帝は尾州の権益を剥いで、他の州に分割した。もちろん環家かんけも分け前にあずかったがな」

「あー、なるへそ」


 そうだと思ってたけれど、やっぱ環さんファミリーも阿片事業には参加していたんですね。

 薬にもなるものだという建前があるし、なにより完全に禁輸にしちゃうとかえって裏ルートの非合法でばかり出回っちゃうからね。

 やんごとなき方々のまつりごとの話は、私のような小娘に分からない細かい事情でいっぱいなのである。

 軽螢けいけいが半分ほど理解して半分ほどわからない、という顔で訊いた。

 

「じゃあ環家の商売独占がなくなった今は、連中がどこから阿片を仕入れてるのかわからないってことか?」

「そういうことになるが、しかし誰だって安いところから買いたいはずだ。昂国の麟州りんしゅうか、西方の沸教国ふっきょうこくから買ってる可能性が高いだろうな。それ以外の経路だと大きく遠回りになる。遠回りになるってことは、輸送費がかかるってことだ」


 椿珠さんの話を聞きながら、私は昂国八州の地図を頭に描く。

 首都の河旭かきょくから見て、西に行けば環家や素乾家そかんけのある毛州もうしゅう

 そこからさらに西北に行くと、西方諸国との玄関口、鱗州である。

 鱗州のことは遠いので良く知らないけれど、沸の国へ行く経路上にあるから西方沸教の文化風土が濃い、らしい。

 うろ覚えの伝聞なので、自信はない。

 以上のことを総合的に判断して、導き出される推論を斗羅畏さんが口にする。


「……西から阿片を仕入れて、北方にばら撒いている窓口が赤目の大伯父貴であっても、それほど驚きはない。昔から俺にはよくわからん、怪しい男だった」


 私たちにも、よくわかんねーです。

 翔霏が私の傍で顔を寄せて、内緒話を持ちかける。


「麗央那が言うなら、事故に見せかけてあの坊主を始末するが」


 ぞわわっ、と全身に鳥肌が立った。

 翔霏は、本気だ。

 今この状況で、最もわけが分からない星荷さんを最大の危険因子とみなして、排除もやむなしと考えたのだ。

 いや、前も冗談で翔霏は同じことを言ったことがあるけれどね。

 今回の彼女の声色に、遊びは微塵もない。

 どう言おうか、私が答えに躊躇っているとき、翔霏を停めたのは。

 最も意外な、予想外の、彼だった。


「メェ~……メェェ~……」


 白ヤギが翔霏の服の裾を噛んで、必死に首をフリフリしているのだ。

 まるで私の代わりに「北方の民のいざこざに、私たちがおかしな形で介入してはいけない」と、翔霏を説得するかのように。

 いや、これは私の心だな。

 私自身がそう考えているからこそ、ヤギの行動にその意味を重ねてしまっているだけだ。

 私は翔霏の手に自分の掌を重ねて、声を殺して言った。


「私たちは突骨無さんへのご挨拶と、斗羅畏さんの護衛。それだけをしっかりこなそう?」

「わかった。実は麗央那ならそう言うだろうと確信があったんだ」


 翔霏なりの不思議な信頼を預けられ、私たちは来客者用の包屋ほうおくへと戻った。

 もうこれ以上。

 翔霏に、どうでもいい殺人を犯してほしくないんだよ、私。

 青牙部の亡霊どもから受けた殺業の呪いだって、完全に解けてないのに、無茶しようとしてさ。


「誰も、死んだりしませんように。誰も、殺さずに済みますように」


 私は祈ることで自分を元気付け安心させ、ゆっくりとその夜を眠って過ごしたのだった。


「あたしたち夢の中で会うのははじめてじゃないかしら」


 ふんわり、心地のいい光と温度の、霧に包まれた空間。

 私と同じ顔の女の子が、私を見つめて、言った。


「あ、すいさまでしたか。ってなんで私に変身してるんです? 鏡を見てたのかなと勘違いしちゃいましたよ」

「ただの気分よ。良いじゃないの別にあたしがなにをどうしようと。文句でもあるの?」

「とんでもございません」


 私は夢の中で、私に化けた翠さまに会ったのだ。

 不安、不審、不穏なことに包まれているこの状況で、夢に翠さまが出て来てくれるというのは縁起が良いと言うか、瑞兆かもしれない。

 実際に私のメンタルがモリモリと回復快調へ向かっているのを、強く実感することができている。

 私の夢は私自身の心と頭脳をメンテする役目があるので、翠さまの夢を見て気分一新、ってのは非常に効果が高く、理に適っていると言える。


「しっかり務めてここまで来たのね。よくやったわ」


 多少の行ったり来たりはあったけれど、翠さまの親書を携えながら各地の有力者たちと挨拶を重ね、無事に白髪部の大都に到着した。

 もっと褒めて~、頭とかナデナデして~、とニヤニヤしながら、私は翠さまの前に恭しくかしずく。


「明日が本当の勝負。もうひと踏ん張りよ」


 下げられた私の頭を乱暴にわしゃわしゃ撫でながら、翠さまが言った。

 突骨無さんとの交渉を、油断なく堂々と務めあげろとおっしゃっているのだな。


「はい、頑張ります。と言っても細かい話は椿珠さんに任せちゃってますけど」

「あんたにはあんたにしかできないことがあるわ。だからあんたを北方に遣わしたのよ」


 さすが翠さまです、私たちには見えていない局面もすっかりお見通しなんですね。

 明日、私になにが待っているのか、それは分からないけれど。

 私を信じて送り出した、その翠さまを信じよう。

 きっと、いや絶対に、成せば成るはずなのだ。

 翠さまが私にやれと命じたことで、間違いなど今まで一度も、なかったのだから。

 むぎゅ、と私の頭を腕と胸に包んで抱えた翠さまが、優しく言う。


「なにがあってもあたしとあんたは一緒だから。あたしがついてるから最後まで頑張るのよ」

「はい、央那おうなはそこまで思っていただき、八州一の幸せものです」


 心地良い涙が流れ、夢が覚めていく予兆を感じた。

 私も翠さまもゆるゆると、光の中に溶けて行く。

 いつまでも私の頭を抱く翠さまの、温かい感触だけが残り。


「神さま。央那が死んだりしませんように。央那が傷ついたりしませんように。央那が悲しみに濡れませんように。小さきはしためが伏して伏して願い奉ります」


 祈る翠さまの言葉だけが、何度も何度もリフレインしていた。


「……大丈夫、だよな?」

「メエェ?」


 目覚めると、視界を軽螢とヤギの顔が埋めていた。

 やだ、私ったら殿方の前でまた寝言ぶっこいちまったのかしら、恥ずかしいわ。


「泣いてるからなにごとかと思ったが、ずいぶんいい夢を見てたらしいな」

「椿珠さん、いちいち言わなくていいんですよ」


 いくら包屋の中で雑魚寝してるからって、乙女の寝顔をまじまじと見るなや。

 落書きとかされてねえだろうな、ったくよ。

 汲んだ井戸水でざっくり顔とかを洗わせてもらい、最低限のお化粧を整え直した私。


「もうすぐ、あの坊さんが念言を詠むらしいぜ」


 軽螢が葬送の式次第を他のオジサマたちから聞いたようだ。

 私たちはお互いに身だしなみのチェックを行い、阿突羅さんが眠る祭壇前の広場に足を運ぶ。

 ご遺体の真横に喪主の突骨無さんが、真ん前に僧侶の星荷さんが立っている。

 まるでどんど焼きかキャンプファイヤーのように、木々が組まれたやぐらから炎が轟々と燃え盛っている。

 私たちがいる場所は風下だから、結構まともに煙を浴びる。


「前は火も煙も苦手だったんだけどね。なんかいつの間にか平気になったなあ」


 私がぽつりと放った言葉に、椿珠さんが驚いて目を剥いた。


「いや、どう考えてもお前さん、火付けとか煙幕が大好きだろう」

「周りからはそう見られるんだ」


 苦笑せざるを得ない。

 不思議と鼻につく変な香りの煙が立ち上る中。

 座礼と立礼を繰り返して、星荷さんが唱え始めた。


「北方の雄、一世の快傑たる阿突羅の魂を、これより虚空に送らんとす。人は死して土に還り、土はまた新たな命を育む。されども魂はこの永劫の輪から脱け出し、真なる虚空へ旅するに至る。むべなるかな、むべなるかな、むべなるかな……」


 沸の教え。

 万物は循環し、形を変えて常に在り続ける。

 しかし人の魂は、元々ないのだから、元々存在しない無の世界、概念領域たる虚空へと帰るのみ。

 世界をぐるぐる巡るものと、旅立ったきり巡らないもの。

 ふわりと風が吹き、流された焚火の煙が人々の居並ぶ中でつむじを巻く。

 星荷さんの念言は続く。


「勇者の魂は虚空へ帰る。然れども天地に残るものあり、それは勇者の想いである。敵を倒せ。裏切り者を許すな。貧しきもののために、富めるものから奪い取れ。大地果てるところまで駆け抜け、見渡す限りに勇名を知らしめよ。阻むものは、ことごとく打ち倒すのみ! 屍を超えた先にこそ栄えありと!!」


 おい、あの坊さん、なにかおかしいこと言ってるぞ?

 どう考えても死者を安らかに送る言葉じゃねえだろこれ!!


「こ、この臭い……?」


 椿珠さんが頭を下げて、自分の口を布巾で覆った。

 身振り手振りで、私と軽螢にも同じようにしろと促す。

 少し離れたところにいる翔霏が、大声で叫んだ。


「阿片を焚いてる! この煙を吸うな!!」


 しかしその忠言に耳を貸すものは少なく。


「う、うううううう……」

「な、なんだ、頭が……!?」


 弔問客たちのあちこちから響く、唸り声と呻き声。


「敵を……敵を殺せ!」

「裏切り者を生かすな!」

「天下果てるところまで、俺たちが駆け抜け、蹂躙するんだ!!」


 怒号と狂った叫び声が、一斉に周囲を包む。

 

「テメエ、どのツラ下げて俺の前に来やがった!!」

「そっちこそよく恥ずかしげもなく、親方さまの霊前に!!」


 あちこちでなじり合いと殴り合いが始まった。

 整然と平穏を保っていた葬送の場。

 そこが一瞬にして、大勢の憤怒と狂気が渦巻く地獄絵図と化したのだった。

 

「あンの、クソ坊主!!」


 私は、荷物袋から一撃必殺の毒串を取り出す。

 混乱と無秩序が支配したこの場を笑って眺め、そして足早に去ろうとしている星荷僧人。

 おそらくは、毒の煙と呪言によって、聴衆に悪意の集団催眠を仕掛けた腐れ沸教野郎を。


「殺してやる! ぶっ殺してやるぞ星荷ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 喉も裂けよとばかりに叫んで、私は追いかけ、走り出すのだった。

 私の心も、毒煙に侵されているのかもしれない。

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