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実録タックルズ 忍者のジョブをもらった僕は異世界でゴシップ誌の記者をはじめました  作者: 長野文三郎


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顛末


 アリスちゃんは小柄な女の子だったけど、背負って走るのはきつかった。

体術のレベルが上がったとはいえスピードはどうしても遅くなる。

このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 こんなことになるなら鍛冶屋にまきびしを発注しておけばよかったと後悔してしまう。

といっても、給料はほぼ生活費で消えていくもんなあ。

まだ転移したばかりだから生活必需品を揃えるのに苦労しているのだ。

下着とか歯ブラシとかカミソリとか、買わなければならないものは山ほどある。

これもぜんぶ貧乏が悪いのだ。

 追手との距離が縮まってきた。

 もう二十メートルもないだろう。

 危険だが、少しひきつけて目つぶしを使うか?

 いや、どうせリスクを負うならこちらの方がましだろう。

 覚悟を決めて横道に入った。


「バカめ、そっちは行き止まりだ」

「この先の船着き場で捕まえるぞ。ガキは絶対に傷つけるなよ」


 追手のせせら笑う声が聞こえる。

 行き止まり?

 お前たちにとってはそうかもしれないけど、忍者にとってはそうじゃない。


「忍法……水蜘蛛の術!」


 叫びながらセムル運河へ飛び込んだ。

 よし、アリスちゃんを背負っていても沈むことなく歩けているぞ。

 追手もここまでは来られないだろう。

 問題は川幅だ。

 対岸までは二百メートル弱、それに対して僕の記録は五十六歩。

 とてもじゃないけど渡り切れない。

 だけど僕は本番に強い忍者だ。

 やればできる子、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 僕は生きる。

生きてノイマと添い遂げる!


「うぉおおおおおおおおお! 好きだぁああああ!」


 体じゅうの魔力を足に集め、力強く水面を蹴っていく。

すでに歩数は百三十歩を越え、大きく記録を更新していた。

だけど、まだ川の真ん中を越えたくらいだ。

 脚はどんどん重くなり呼吸は苦しくなっていく。

 でもここで踏み出すことをやめれば、僕とアリスちゃんに未来はない。

 歯を食いしばって次の一歩を踏み出す。

 一秒が一分に思える時間がしばらく続いたが、次第に対岸が近づいてきた。


「ニンジャさん、もう少し!」


 ずっと怯えていた背中のアリスちゃんが声援を贈ってくれている。

 とまるな、僕!

 沈む前に次の一歩を踏み出せ!

 そうやってこの異世界を駆け抜けるんだ!

 ありったけの魔力を込めて岸へ跳躍した。

 やった、やったぞ!

 ついにセムル運河を渡り切ったんだ。


「ニンジャさん、すごい!」


背中ではアリスちゃんが喜び、対岸では男たちが慌てふためいている。


「待ちやがれ!」


おお、悪党のテンプレセリフをいただきました!

そう言われて待つバカは異世界にだっていないよね。


「さらば!」


僕らは体を闇にとかし、追手の追撃を振り切った。


僕らは夜の街を駆け抜け警備兵団の詰所へ飛び込んだ。

詰所の椅子ではアビラさんが居眠りをしている。

人に大変なことばかりを押し付けて、自分はのんきなものだ。

腹が立ったので、軽く椅子を蹴ってやった。


「んがっ? お、コウガか。首尾よく逃げ切ったようだな」

「なにが、首尾よく逃げ切ったようだな、ですか? 僕は死にそうな目に遭ったんですよ!」

「そう、怒るな。今頃は警備兵団が倉庫街を取り囲んでいるはずだ。奴らの倉庫にもガサ入れが入っているだろう」


 これでようやく肩の荷が下りたな。

 いや、まだアリスちゃんを背負ったままか……。

 すでに深夜を越えている。

 アリスちゃんは僕の背中ですやすやと眠っていた。

 起こさないように背中からおろしてソファに寝かしつけた。


「それじゃあ僕は帰ります。後はよろしくお願いします」

「この子にヒーローの顔を見せなくていいのか?」


 救出劇の間はずっと覆面をかぶっていたのでアリスちゃんは僕の顔を知らない。


「見せなくていいですよ。アビラさんも僕のことを警備兵団に話すのは止めてください」

「なんで?」

「報復とかが怖いからです! 黒幕のウルード子爵から個人的に恨まれるのも嫌なんです!」

「わかった、わかった。警備兵団に事情を説明しないわけにはいかないだろうが、コウガの名前は伏せるように言っておくよ。連中も救出の手柄は自分のものにしたいだろう」

「それじゃあ、あとをよろしくお願いします」


 部屋から退出しようとしたら、目を覚ましたアリスちゃんがこちらを見ていた。


「ニンジャさん、いっちゃうの?」


 ずいぶんと悲しそうな目で僕を見ている。


「拙者にはやらなければならないことがまだあるのでござる」


 アリスちゃんは体を起こして僕に抱き着いてきた。

 小さな体から伝わるぬくもりが、すべての疲れを癒してくれるようだ。


「ありがとう、ニンジャさん。私、あなたのことをぜったいに忘れない」

「拙者もでござるよ。お達者で、これにて御免」


やっと仕事から解放だ。

危険なことが嫌だから、僕は冒険者じゃなくて記者になったはずだぞ。

それなのに危ないことばかりやらされているなあ。

もっとも、今日はいたいけな少女を守れたのだから、仕方がないか。

さっさと、編集部に戻ってノイマ先輩の様子をみるとしよう。

先輩はもう寝ちゃったかな?


 編集部にはまだ灯りがともっていて、先輩が記事をまとめていた。

 屈託のない笑顔に僕は見とれてしまう。

 先輩のもとへ帰ってこられて本当によかった。


「おかえり、コウガ君! どうだった?」


ことの顛末を聞かせると、ノイマ先輩はとても褒めてくれた。


「さすがはコウガ君っス! 小さな女の子のためによくやったっス」


先輩は僕の肩を抱いて喜びを表してくれる。

巨乳がガシガシ当たっています。

でも、ビキニアーマーのせいで肘が痛いだけです。

このアーマーさえなかったら僕は楽園にいられたのに……。

それもこれもスラッシャーが悪いのだ!

必ず奴を捕まえて、ブリンデル市と先輩に平和をもたらそう。

そして、ビキニアーマーにはご退場いただくのだ。

改めて心に誓った。


「先輩、今夜はここに泊まりますか?」

「やっぱり自分のベッドで寝たいっス。今からでも帰らない?」

「う~ん、遅いけど平気かな?」

「私には頼りになるニンジャが付いているっス!」


そう言われると照れてしまう。

僕らは並んでアパートへ戻った。

空には銀の月が輝き家々の屋根を照らしている。

なんだかいつものブリンデル市より美しく見えるなあ。

ロマンティックな夜だから先輩と手を繋いでみたいなあ……。

でも、いきなり手を握ったら引かれてしまいそうだ。

こんなときはどうしていいかわからなくなる。

イジイジと悩んでいるうちにアパートについてしまった。


「ふぅ、もう眠いっス。秒で寝られるっスね」


 先輩はバッグの中の鍵を取り出しながら、暗い階段を上がる。

 そしてドアの前までやってきた僕らはそこで息を飲んだ。


「これは……」


それまでの華やいだ気分が一気に沈み、顔から血の気が引いていく。

ドアには血のように赤いペンキでスラッシャーの印が描かれていた。


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