煩悩
シクシクシクシク
木々の間から夕焼けの木漏れ日が射し込む深い森の中から泣き声が聞こえて来る。
泣いているのは中年の男の地縛霊だった。
数百年前。
二柱の死神が山の頂きにある公園で、心筋梗塞で亡くなった中年の男の魂を回収に来ていた。
「お願いです、この場に留まらせて頂けないでしょうか?
見てくださいこの素晴らしい自然の色彩を、私はこの素晴らしい夕焼けをこの場所で見続けたいのです」
中年の男は、公園がある山の数十キロ以上先の西の方角に見える山々を赤く照らす夕焼けを指差しながら、死神たちにこの場所に留まらせて欲しいと哀願する。
男の哀願に死神の一柱が返事を返した。
「留まるのは構いません。
でも地縛霊としてこの場所に留まると、あなたの自我が無くなるまでこの場所から動けなくなりますよ。
それでもこの場所に留まりたいのですか?」
「永遠にあの夕焼けを見続けられるなら、この場所から動けなくなっても構いません」
「分かりました、それがあなたの望みなら。
今あなたを地縛霊に登録しました、自我が無くなるまで此処に居続けてください。
それでは失礼します」
男にそう告げた死神はもう一柱の死神を促して消えた。
帰り道、促された死神が男を地縛霊として登録した死神に文句を言う。
「先輩、あいつをあんな所に野放しにして良いんですか?
あいつの傍らに双眼鏡があったじゃないですか、その双眼鏡で山の下に見える街の高層マンションの室内を覗いたり、夜、あの公園で青○するカップルを出歯亀するために残りたいといったんですよ。
夕焼けを眺めるなんてあそこに居座る為の方弁ですよ」
「そんな事はお前に言われなくても分かっている」
「じゃあどうしてですか?」
「この世界の人はあと数十年で絶滅する。
私達からしたら直ぐだがな。
お前不思議に思わなかったのか? この世界に配属される死神が通常より多く配属され、俺のようなベテランがお前のような新入りを引き連れて業務に励んでいる事に」
「多いなとは思いましたが、僕たちのような新米を指導する為だと……」
「フン、そんな訳あるか!
お前たち若造を遊ばせておく訳にいかないからだ!」
「す、すいません……」
「まあいい、それでこの世界は数十年後に南極の深海から発見されるウィルスによって、人を含む哺乳類と鳥類が絶滅する。
その後は植物など絶滅しなかった生物だけが生きる世界になり、俺たち死神も新たな知的生物が出現するまでこの世界から撤退する事になる訳だ。
それでだ、あの男が言っていたように夕焼けを眺めていたいなど自然を愛でたいとの思いから地縛霊になった者は殆どの場合、数年から十数年で自我が無くなり自然と一体化して消滅する。
だが、煩悩塗れで地縛霊になった者は数百年数千年経っても自我が消える事が無いのだ。
人類が滅亡したこの世界で数千年、うーんもしかしたら数万年を1人寂しく過ごさなくてはならないのさ。
人であったなら狂う事もできるが、霊にはそんな逃げ道など無いからな。
あの男はあの場所で私達に命を刈り取られなかった事を自我が無くなり消滅するまで、悔やみ続ける事になるんだよ」




