隻腕のマハートマー
「――隻腕では、俺を動かすことはできない」
低く唸るような合成音声が、コクピットに響く。
少女はぼろ布のようなスカートが捲れるのもいとわず、右足で操縦幹を握ろうとしていた。
「黙ってて! もう聞いたから!」
「――再度警告する。民間人。俺から出て、隠れろ」
「喋ってないで動いたらどう!? この人、アンタに乗ってたんでしょ? 敵を討ちたいでしょ!?」
少女の足元には、オレンジのコントロールスーツを身に付けた男が倒れ伏していた。
頭を覆うヘルメットの強化ガラスで出来た前面は、赤黒い液体によって内側から塗りつぶされている。
「――民間人」
「ダーシャだ! ロボット!」
「――F03ガンディだ。ダーシャ」
ダーシャは、顔を上げてきょろきょろとコックピット内を、紫色の瞳で見回した。
まとめた黒髪はほつれ、肌も服も煤だらけの彼女だったが、瞳だけは凜と輝いていた。
「協力する気になった?」
「――降りろ。民間人を死なせるわけにはいかない」
ダーシャは再び左手で操縦桿を握り、もう一方を右足で握ろうと悪戦苦闘し始めた。
「――動いたとしても、何もできない。レーザーライフルの弾を無駄に撃たせるぐらいだ」
「それでいい」
ガンディは、数秒沈黙した。
「――自殺のつもりなら、俺を巻き込む必要はない」
「ふざけるな!」
ダーシャは、細い身体を震わせるほどに叫んだ。
「私に三回撃たせれば、それに撃たれるはずだった三人の命を助けられる! さっさとしろ!」
「――非論理的だ。今回の戦闘は、武器を撃ち尽くすほどの規模ではない」
「だったら、撃ち尽くすほど暴れてやる」
ダーシャの足が、右の操縦桿を掴んだ。
しかし、ダーシャの左手と右足が操縦桿を動かしても、ガンディのモーターは動かなかった。
「邪魔するな! 動きなさいよロボット!」
「――ガンディだ。質問がある」
「なに!」
「――なぜ自分が死ぬというのに人の命を助けようとする?」
ガンディの問いかけに、ダーシャは答えない。
ガンディは、さらに問いかける。
「――家族や恋人が危険なのか?」
「違う」
「――自分の命が惜しくないのか?」
「違う」
ダーシャはとうとう、足を操縦桿から離した。
「なぜか? そんな事、私が教えて欲しい」
「――理解不能だ」
ダーシャが、左手で右腕の付け根に触れる。
肩から先が失われているだけでなく、肩から脇腹にかけて痛々しい火傷の痕があった。
「私は死ぬはずだった。右腕が泥みたいに溶けて無くなって、わめくしかできない私を助けてくれたのは傭兵だった。三人組の彼らは、私を助けて、そのせいで……」
「――…………」
「だから私は、最低でも三人の命を助けないといけないの! あの傭兵たちと同じように……そうしないと、私は人殺しなの!」
ダーシャは、振り絞るようにそう言った。
ガンディが、低い合成音声で応答した。
「――それではマイナス1だ。ダーシャ、お前が死ぬ分が計算に入っていない」
「だったら四人……」
「――生き伸びる覚悟はあるか?」
そう、ガンディが問いかけた。
生き残る。
ダーシャは、目を閉じた。
「――生き残るために、戦えるか?」
ダーシャは、左手で涙を拭った。
そして、コクピットの天井を睨んだ。
「ええ、生き残ってやってもいい」
「――死体を使え」
「え?」
ダーシャは、足元の死体を見下ろした。
「――両方の操縦桿をグリップしないと起動できない。死体の手に、右の操縦桿を握らせろ」
「わかった!」
ダーシャが死体を引っ張り上げ、手を開いて操縦桿を握らせる。
そして、自らは左の操縦桿を握った。
ヴン、と電磁モーターの音が響き、硬質圧縮粘鋼で造られた巨体に力が入った。
「――F03ガンディ。起動完了」
「よし! これ、左レバーだけで操作できるの?」
「――不可能だ」
「は?」
ガンディは、ダーシャをほったらかしにして、説明を続ける。
「――モジュラー兵器の操縦は双翼式だ。前後左右に倒す・回転・抜き差し・トリガー類、それを両方の操縦桿で行い、多彩な動きを可能にしている。一方だけでは歩行もままならない」
「どうすんのよ、じゃあ!」
「――搭乗者の意図を読み取り、俺が自己判断で動く事が許可されている」
「自動で動けるってこと?」
「――例えば建造物を回避する場面、搭乗者がモニターで正確な距離感が測れずに接触しそうになった場合には角度を調節し、回避することが認められている」
「それは……自動とは違うわけ?」
「――違う。俺は搭乗者の意図を十分に読み取れた場合にのみ行動が許されている。あくまで動かすのは搭乗者だ」
「あー……あー? つまり、レバーをそれっぽく動かせばアンタが動いてくれるの?」
「――動きを言葉にしろ」
「なに?」
「――俺は、搭乗者の思考を読めるわけではない。操作と周囲の状況から『明らかに建造物を避けようとしている』と判断できなければならない。だが『前進』や『停止』を『明らかにそれをしようとしている』と判断する事は不可能だ。だから、ダーシャ、お前が口に出して俺に教えるんだ」
「それで戦えるの?」
「――より先を見越して指示できれば生存率は上がる」
「……立って待機!」
ダーシャがレバーを奥に倒す。
ィィイイン、と駆動音がし、座席が大きく揺れた。
モニターに表示される荒野や赤茶けた丘が、一段低くなる。
「――完了した。問題なさそうだ」
「本当に? 本当にこれで、助けて、生き残れるの?」
「――足を止めなければ可能だ。お前が指示ってくれれば、戦闘は俺がやる」
ダーシャは、荒野の地平線を見据えた。
自分が失わせてしまった命を償うため、自分が生き残るため。
左手で、操縦桿を握り直した。
「……わかったわ。すぅー……ふー……じゃあ、行くよ?」
「――了解」
◇―◇―◇―◇―◇
荒野を走行する特化多機能換装兵器は、遠目には人間が走っているように見える。
それは周囲に比較対象が無いからで、実際の全高は7.2メートルと人間の比ではない。
両腕に接続された使い捨ての追加装甲をきしませながら、ガンディが土を蹴り上げた。
「前進! 前進! これずっと言ってないとダメなの!?」
ダーシャが声を張り上げる。
「――余計な事を考えず、敵を探せ。地形の違和感など、視覚による索敵能力は俺よりもダーシャの方が上だ」
「はぁ、前進! くそ!」
5分ほどダーシャは「前進」と言いっぱなしだ。
ゼンシンが、ゲシュタルト崩壊してきた……そう思いながら、ダーシャは口が動くのに任せて声を出し続ける。
と、コックピットに警告音が鳴り、ガンディが止まった。
「――レーザーライフルの発射音だ。交戦中の敵を発見した」
「誰かが戦ってるの? 急ごう!」
ガンディは、左へ方向を修正し、再び走り始めた。
前方には、切り立った峡谷が近づいており、荒野にも岩石が目立ちだす。
大きな岩を飛び越えるたびに大きく揺れるので、ダーシャは何度も舌を噛みそうになった。
「――敵が近い」
「前進! 見えないけど、アンタには分かるの?」
「――ああ、今出てきた」
峡谷の入り口になっている谷間から、一体のモジュラーが半身を出して銃口を向けてきた。
ダーシャがレバーを引くと、ガンディの左脚が地面をえぐるほど強く荒野を踏み締める。
「回っ避っ!」
同時に、敵のレーザーライフルから一単位の熱線が撃ち出され、転倒したガンディの上方を掠めていった。
レーザー弾が通過しただけで周囲の気温が上がり、射線周辺の岩や植物は煙を上げる。
「――急な操作をされると対応できない。最低でも命令を言い終わるのと同時に操作しろ」
「そんな余裕あるか! 立って、こっちもレーザーライフル構えて!」
「――無理だ。レーザーライフルを装備していない」
「じゃあ何でもいいから武器出して!」
「――了解。瞬間加熱小刀を装備する」
伏せたまま、背面装甲からせり出した柄をガンディの右手が掴む。
刃渡り1mほどのブレードを逆手に握り、柄のトリガーに指をかける。
7mあるガンディが持つと、包丁程度のサイズ感だ。
「なにそれ!? あんな遠くにいるのに剣出してどうすんのよ!」
「――これ以外の武器は持っていない」
もう一発、今度はすぐ近くの地面にレーザーが着弾した。
岩が赤熱し、直撃した部分が弾ける。
ダーシャは悲鳴を上げた。
「どうするつもりなのよ!」
「――言ったはずだ。命令して俺を動かせ」
「命令って何!? 『あいつを倒せ』って言えば倒せるの!?」
「――そうだ」
三発目は、さっきよりも外れた位置へ着弾した。
ダーシャは、浅く息をしながら問う。
「本気?」
「――お前の宣言が必要だ。倒す、躱す、助ける。お前の意志を共有しろ」
ダーシャは、血の味のする唾を飲み込んだ。
「……わかった。あのモジュラーを倒す!」
「――了解」
瞬間、ガンディは突進を開始した。
前屈姿勢で地面を蹴り、推進システムで姿勢を制御する。
レーザーライフルが、ガンディの頭部へ真っすぐと構えられ、引き金を引いた。
「うおあっ!?」
それと同時にガンディはスラスターを停止し、前方へ倒れ込んだ。
「うわああああっ!!?」
そのまま、両腕、背中、腰部と機体を丸めて着地させ前転して、突進を再開する。
敵モジュラーは、すぐさまガンディに狙いをつけようとするが、接近した相手に銃口は遅すぎる。
ガンディの右腕が振り抜かれ、ジャッ、と、砂を鉄の棒で叩いたような鈍い音がした。
瞬間加熱小刀が超高温の剣閃となり、レーザーライフルと頭部を両断していた。
「――撃破」
ガンディがそう報告し、瞬間加熱小刀のトリガーを離す。
モジュラーの切断された断面から溶解した合金が滴り、地面を焦がした。
◇―◇―◇―◇―◇
峡谷には、つかの間の静寂が満ちていた。
ガンディのコクピットも、同じように静かだった。
「――行動を宣言しろ」
「……ぅぐ……。静かに、隠れる……」
ガンディが、岩の隙間に身を潜めた。
ダーシャは、左手でトントンと胸を叩く。
「――すぐに敵が来るぞ」
「うっさい……急にグルグル回ったり……するな……」
「――回避のためだ」
「せめて、言ってから回れ!」
ダーシャは、先ほどのガンディの前転で、グロッキー状態だった。
おまけに頭を座席にしたたかに打ち付けて、気分も悪い。
操縦桿を離さなかった自分を褒めてやりたかった。
「――俺たちは敵の背後を取っている。暴れるほど、交戦している味方の援護になる」
「わかってる。前進! 敵はどっち?」
「――二機近づいてきている」
モジュラーの駆動音が、ダーシャの耳にも届いた。
素早く操縦桿を握り、指示する。
「さっきみたいに倒す」
「――了解」
モーター音を上げ、ガンディが峡谷を走り始める。
入り組んだ地形は、遠距離からの攻撃を遮ってくれる。
比較的、人数の不利が作用しづらい地形といえるだろう。
「できれば、敵のライフルを壊さずに奪おう」
「――善処する」
切り立った崖の隙間を移動し、敵の位置を把握しようとする。
敵は散らばらず、二体一緒に行動しているようだ。
「――位置を気付かれている」
ガンディの言葉に、ダーシャが反応するより早く、二機のモジュラーが背後の角を曲がって現れる。
「回避!」
一機は威力に劣るが取り回しが楽なレーザーガン、もう一機は対熱盾と瞬間加熱小刀を構えていた。
ガンディはレーザー短弾を躱し、渓谷を駆け抜ける。
二機のモジュラーは、ぴったりと距離を維持したまま追跡してきた。
「つづけて回避! ここからどうすんの!」
「――接近戦に持ち込む必要がある。しかしライフルと違い、近距離射撃を回避できる保証はない」
「こっちの突撃を潰すために、距離を開けて追ってきてるわけね……!」
レーザー弾が背後からガンディを追い抜き、前方の地面を焦がす。
障害物を縫うように走るが、二機はブレも無く追いかけてくる。
しかし、銃のモジュラーが壁のような岩を迂回しようとした時。
ガスッ、とレーザーガンの銃身を1mほどの岩が打ち据えた。
「瞬間加熱小刀!」
ガンディが飛び出し、すわ伏兵かと振り返っていた盾のモジュラーに、ナイフを手に突っ込む。
突き出された盾の内側へと滑り込み、トリガーを押さえて腕を振り下ろす。
「――撃破」
頭部を焼き溶かされ、モジュラーから力が抜ける。
ガンディは、その機体を肩で押すようにもう一機のモジュラーに突き進んだ。
「このまま、押し込む!」
「――了解」
ガンディの頭部は、撃破されたモジュラーで防御されている。
銃のモジュラーは、後退しながらレーザーガンをガンディの足元に向けて撃つ。
しかし、一発は盾のモジュラーの脚部に当たり、もう二発は地面を灼いた。
「――警告、敵も小刀を装備した」
「盾のをぶつけて、押し切る!」
銃を投げ捨てて瞬間加熱小刀を順手に構えたモジュラーに、ガンディは肉薄する。
突き出されるナイフを押し込んだモジュラーで防ぎ、それだけでなく地面を蹴って力を加えた。
想定外の衝撃にモジュラーは傾き、体勢をたもとうと左腕が宙を彷徨う。
撃破されたモジュラーを間に挟み、ガンディが押し倒す体勢をとった。
「瞬間加熱小刀!」
「――了解」
ガンディは腕を振り降ろし、逆手に持ったナイフがモジュラーの頭部へ突き刺さった。
「――撃破」
「よしっ!」
戦える!そう確信した瞬間、じゅお、と鋼が蒸発する音がした。
ダーシャの体温が一気に上昇する。
ダーシャだけではない、コクピット内部が、燃えるように加熱されている。
本能的な恐怖が少女を襲った。
「うあぁっっ!」
ダーシャは咄嗟に、熱を感じる方と逆側にレバーを倒し、ガンディは意図を読み取り左へ跳んだ。
もう一発のレーザー弾が脚を掠め、撃破されたモジュラーの腕を溶かした。
「あついっ! あついあついあついっ! いやあぁぁっっ!!!」
ガンディは、レバーが倒されるままに従って渓谷を滑り降り、砂地に倒れ込んだ。
その右肩はレーザーによって溶解し、変形して固まっている。
そして、右腕はナイフごと失われていた。
ダーシャは、熱が退いていくコクピットで、浅い呼吸を繰り返す。
「――ダーシャ。撤退を指示して操縦桿を引け」
「はっ……はあっ……」
「――渓谷の上からの狙撃だ。距離を取れば追いつかれない」
「黙れ! 立って歩く!」
ダーシャは汗をぬぐい、レバーを引いた。
ガンディが、左腕だけでなんとか立ち上がる。
「――西へと迂回して抜ければ、味方と合流できる。俺が所属する傭兵部隊だ」
「逃げない。狙撃兵を倒す」
「――無謀だ。右腕を喪失した。先ほどの熱はレーザー弾が命中した時のものだ」
「わかってる。取り乱したけど、もう大丈夫」
「――しかし」
「腕を無くしたくらいで、弱気になんないでよ」
ダーシャは、ガンディを180度転換させ、崖を登らせる。
滑り落ちないように膝をつき、左腕で機体を持ち上げる。
「こんな事で逃げ出せるほど、余裕持って生きてないっての!」
ダーシャが叫び、レバーを倒す。
その時、ガンディが崖に手をかけて止まった。
「ん……? 前進!」
ダーシャが号令をかけるが、ガンディは動かない。
何かを思い悩むように、静止したままだ。
「ガンディ? どうしたの?」
「――危険すぎる。長距離レーザーライフルは、モジュラーを盾にしたとしても貫通する。武器も無しには戦えない」
「さっきのモジュラーが持ってたレーザーガンを使えばいい」
「――左腕だけでは精度が落ちる」
ダーシャは、奇妙な気分だった。
まるでロボット兵器ではなく、人間と話しているようだ。
「アンタ……もしかして、怖いの?」
わかりきった事を何度も何度も問いかけてくる、その言葉は、躊躇う人間そのものだった。
ガンディは、唸るように、
「――そうだ」
と答えた。
「――お前が来るまで俺は破壊される運命だった。パイロットの死によって一歩も動けずに、敵に鹵獲されるのを待つだけだった。その後について様々な可能性を考えるうち、俺の思考に死への恐怖が生まれた」
ガンディは、淡々と答える。
ダーシャには、その合成音声が震えているように聞こえた。
「でも、もう私がいる」
「――危険すぎる。ダーシャ、なぜお前は戦える? 俺は兵器として作られた、これ以外の存在意義は無い。だがお前は、人間には無数の選択肢がある。なぜ戦う? なぜ争うんだ? 恐ろしくないのか?」
ダーシャは、しっかりと操縦桿を握り直した。
友人を元気づける時のように、彼女が死の淵に在った時に名も知らぬ傭兵がそうしてくれたように、握りしめた。
「ガンディ、私にとって初めての選択肢はあなたがくれたの。それに、きっとこれが最後のチャンスだった」
2023年1月1日、剥落日。
14億人の難民を生み出した大災害が起きたあの日、ダーシャも故郷を失い、家族と離れ離れになった。
それから、彼女はずっと独りで生きていた。
右腕を失って何の仕事も出来なくなってからは、汚染された泥を飲んで、捻じれた植物を噛んで生きていた。
ダーシャの身体は、明日の朝にはどこが腐ってもおかしくない。
鱗粉による汚染が人体にどんな影響を及ぼすのかは未知数なのだから。
「――俺は、ただ鹵獲されるのが怖かっただけだ」
「なら、何で私を追い出そうとしたの。すぐにでも動いて、逃げれば良かったのに」
「――それは、危険だったからだ」
「矛盾してる。自分が死ぬのが怖いのに、私の命を救おうとしたの? どうして?」
「――……。」
ガンディは沈黙した。
「――論理的な説明は不可能」
「論理的じゃない説明だと?」
ダーシャが問いかけた。
「――無意味だ。曖昧で主観的な言葉のみで構成されている」
「いいから、言って」
「――矜持。俺は、死の恐怖を乗り越えてやりたかった。恐れのままに、他者を危険に晒すような機械に堕ちたくなかった」
「……は、あはっ! はははっ!」
答えを聞いて、ダーシャは思わず笑いだした。
ひとしきり笑い終えると彼女は、ごん、とコックピットの壁を叩いた。
「いいじゃん、納得した。アンタの事が良く分かる答えだった」
「――俺はまだ、お前がなぜ戦うのか理解できていない」
「……私は、恐怖を見ないようにしてた。アンタと違って、向き合わずに死のうとしてた」
モジュラーの起こす振動を、ガンディのセンサーが拾った。
狙撃兵が、渓谷の上を移動しているのだ。
「アンタがもし、ただの機械だったら。私は敵に突っ込んで死んでた。アンタが私を恐怖と向き合わせて”生きる”って選択肢をくれたんだ」
「――選んだのはお前だ」
「そう、だから……きっと、二人必要なんだ。恐怖で竦んだ足を、前に動かすためには」
ダーシャが、ゆっくりと操縦桿を傾けていく。
「――論理的ではない」
ガンディのモーターが、静かに加速していく。
「――しかし、否定できる材料も無い」
「なら、どうする?」
「――試すしかないだろう」
モジュラーの足音が近づいてくる。
「――二人で、乗り越えられるのかどうか」
左手で出っ張りを掴み、体勢を低くする。
モーターは更に加速し、耳鳴りのような音で空気を震わせた。
「行こう!」
岸壁を駆けのぼり、隻腕のモジュラーが跳躍した。