『第二十五章 輪廻』
数十年も昔、一人の釣り師が穴場スポット、海の洞窟で一人釣りをしていた。
竿がヒットし魚を釣り上げると、手元に置いていた籠が無くなっていたことに気付いた。
不思議に思い辺りを見回すと洞窟の四隅で今まで釣った魚を貪り食っている一人のアラクネがいた。
アラクネは男の視線に気付くがすぐ魚に食らい続けた。
アラクネは魔獣だが無防備な自分を襲わず、魚の方へ手を伸ばしたことから害はないと判断した男は釣った魚をその場で捌き始めた。
調理を続けてると興味を持ったアラクネが近づいてきて垂れ下がった前髪の隙間から瞳を輝かせている。
男は微笑み魚の刺身を完成させた。
アラクネは初めて見る食べ物に警戒をしていたが男が一度食べて見せた事で彼女も一つ切り身を口に入れた。
薄味だったのか顔を悩ませていると男は調味料を差し出し、それを付けてもう一口食べてみると再び眼を輝かせたのだった。
それから男は釣り場へ出向く度にアラクネも同席し、共に魚釣りをしては料理を食べたりなど、人間と魔獣の身でありながらとても楽しいひと時を過ごしていた。
それから数年後、男は彼女にプロポーズをしたのだ。
そうして二人は結ばれ、釣り稼業を営みながら暮らし子宝にも恵まれた。
種族を越えた愛に順風満帆な日々を過ごせていた。
・・・しかし、幸せな日々は突如終わりを告げてしまう。
何処からか嗅ぎつけたのか魔獣討伐を生業とする冒険者、『ハンター』に見つかってしまったのだ。
男は初めこそ抵抗したが完全武装したハンターたちに成す術もなく、我が子と共に海へ突き落とされてしまった。
絶望し涙するアラクネはハンターに身を拘束されてしまい、国に売られ様々な実験体として扱われてしまうのだった。
(どうして・・・。私はただあの人と、子供と三人で幸せに暮らしたかっただけなのに・・・。私達が人間に何をしたというの?)
散々肉体を弄ばれ、やがて彼女は人間に対する強い憎悪を抱き、より凶悪な魔獣へと成り果ててしまうのあった。
(教えてよ、ねぇ・・・、教えて。私達が、何をしたの?私達がっ‼)
「っ⁉」
「キリ!」
眼を覚ましたキリが突如起き上がり盛大にむせる。
「ゲホッ!ゲホッ・・・!」
「良かった。目が覚めたんだね・・・。」
ホッとしたエルクが胸を撫で下ろし安心した表情を見せた。
「エルク様?私は、一体・・・?」
エルクは黙って指を指すと、佇むレイガの目の前で塵となって消滅していくアラクネの姿があった。
「人間を憎んで当然だな。あんなことされたらよ。」
「えぇ、憎しみに囚われた私はこれまで多くの人達を襲い、命を奪ってしまった。憎しみで我を失っていたとはいえ、私は取り返しのつかないことを沢山してしまった・・・。」
次第に涙を流し、蜘蛛の胴体は力尽きるように倒れる。
「止めてくれた事には感謝している。でも、それでも私は・・・、向こうで待ってくれてる夫や子供に会わせる顔が無い・・・!私は大勢の人を殺し過ぎた。こんな汚れた手じゃ、あの子を抱きしめてあげられない・・・!こんな、害獣になってしまった私の手じゃ・・・!」
「っ!」
『この害獣だけは私が倒す!』
「・・・・・っ。」
キリは先程の自身の発言を思い出し、唇を噛みしめ手を強く握った。
「レイガ、彼女、どんどん消えていくけどどうなってしまうんだ?」
エルクが質問をするとルシファードが出てきて答えた。
「消える。何もかも全てだ。魂も、記憶も・・・。」
「そんな・・・。」
体内に囚われた事でアラクネの記憶を見たキリはわなわなと震えだした。
「ごめんなさい・・・!私と出会ったせいで、私の下に生まれたせいで・・・!私が不幸にしてしまった・・・!ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」
後悔が絶えず顔を覆って泣くアラクネ。
その時、キリが彼女の下へ駆け出し、彼女を抱きしめたのだった。
キリは涙を流しながらアラクネを強く抱きしめる。
「きっと、幸せだった。だって、貴女の愛はとても優しくて、暖かかったから・・・。」
「っ!」
アラクネは静かに、キリを抱きしめる。
すると後ろの方が光り振り返ると、灯台の立つコンクリートの港で釣りをしている男性と、こちらに手を振る小さな男の子が。
『お母さん!早く!』
男の子に手を握られアラクネは連れ出される。
すると彼女の姿が禍々しい蜘蛛から美しい白のワンピースを着た女性へとなる。
「あれ?お母さん、どうして泣いてるの?」
「え?」
東京湾の港で釣りをする三人の家族。
そしてワンピースの女性は涙を流していた。
「なんだか、二人に凄く会いたいって気持ちになってた。」
父親と息子は首を傾げる。
「・・・なんでかな♪」
塵となって空へと消えるアラクネを見届けたキリとエルク、レイガの三人。
「どうか、幸せに・・・。」




