『第十一章 領主の罪』
ローディナの中央に位置する大きな屋敷。
「領主様、こちらの書類にサインを。」
執事の男性が書類をデスクの上に並べる。
「チッ、面倒な仕事ばかり持ってきやがって!」
デスクに足を置く態度のデカい小太りの中年男性が舌打ちをしながらも雑に書類にサインをする。
「それでは私はこれで・・・。」
お辞儀をし、執事は退室していった。
「・・・くそっ!領主ってのはもっと楽に暮らせるものじゃなかったのかよ!あーイライラする!」
文句を言いながら頭をかく男性。
(せっかく兄貴を暗殺してその罪を知り合いに擦り付け領主になれたというのに!これじゃ前と変わらないじゃないか!)
イラつきが増しデスクを殴打する男性だった。
ローディナの外壁まで戻ったレイガとイフル。
空はすっかり夕暮れとなっていた。
「お腹、空いた。」
体内から自分ではない腹の虫が鳴った。
「昼間罪食ったばかりだろ?空腹になるの早くね?」
「確かに濃密だったけど、あれくらいの、量じゃ足りない。七人分分けると、足りない。」
「確かに均等に分けると少ないか。分かった街で何か買おう。幸い懐はある。イフルもそれでいいか?」
イフルは目を輝かせて首を縦に振る。
「オッケー。」
イフルを抱え外壁を登り街に入る。
「・・・いい加減身分を整えたらどうだ?レイガ。」
野太い男性の声がした。
憤怒の魔王であるドランだ。
「いちいち壁を登って街に入るのは少々効率が悪いんじゃないか?いずれ問題視される可能性もある。」
「おいおい、そんな細かい事考えるたまか、お前は?俺達の知ってる憤怒のドランはもっと馬鹿で脳筋やろうだと思ってたんだが?」
グリードが突っかかってきた。
「この数千年ロクに身体も動かせず閉じ込められてたんだ。普段使わない脳を使わされて多少賢くなったんだろうよ。」
「お前が頭いいキャラとか気持ち悪ぃ・・・。」
「あぁ、俺自身も寒気がするぜ・・・。」
体内でそんな会話が繰り広げられながらもレイガとイフルは夜の屋台で食事を楽しむ。
まだ声が出せないイフルだがとても美味しそうに食べていた。
一方でレイガの食べる量が尋常ではない。
「食っても食っても腹が減るな。・・・おい、グラニーだけじゃなくてお前等も食ってるだろ?」
「ありゃ?バレた?」
レイガが食した瞬間にグリードたちもつまんでいたみたいだ。
どおりで腹が膨れない訳だ。
するとイフルが自分の食事をレイガにも差し出してきた。
「いいよ。それはお前の分だ。しっかり食べな。」
無意識に彼女の頭を撫でるレイガだった。
食事も済んだ彼らは宿にて昼間狩った罪の魔物から見た記憶を思い返す。
「記憶に出てきたあの太った男、中々どす黒い物を抱えていたな。」
「当時であれなんだから今となれば相当熟してる頃だろうよ。」
大罪魔王たちが話し合う中、レイガはベッドで寝ているイフルを見る。
「・・・流石にこいつを連れてくことは出来ないな。」
「・・・他人を信用しないとか言ってたくせに随分気に掛けるじゃねぇか。そんなにこのエルフが気に入ったのか?」
「・・・・・。」
かつての仲間に裏切られ人を信じる心を捨てたレイガだがイフルと出会ってまだ他人を気に賭ける心が残っていたようだ。
「今日会ったばかりなのに、何故か気に掛けちまうな。・・・俺もまだどこかで人に頼る心があったんだな。」
それだけじゃない。
彼女を見ているとかつて仲間に裏切られた過去の自分と重なって見えた。
そしてただ単純に放っておけないのだ。
「いいんじゃねぇの?一人くらい信じられる相手を作っておいても?」
「・・・そうだな。」
レイガは立ち上がり部屋に結界魔法をかける。
「これでイフルは安全だ。」
「私の結界、大いに役立ててくれ。」
「サンキュ、ルシファード。」
窓から屋根へ飛び移り、街の中でも大きな建物を見つける。
「夜食の時間だ。行くぞ。」
ボロボロのマントが揺らめく影が街の上空を駆けていくのだった。
領主の屋敷内では個室のベランダから夜空を見上げる一人の少年がいた。
「・・・父さん、どうして死んじゃったの?叔父さんが領主になってから街の生活が変わっちゃった。僕は、どうしたらいいの?」
少年は拳を強く握った。
「これも・・・父さんを裏切った飲食店の店主が悪いんだ。」
部屋に戻ろうとしたその時、
「その話、詳しく聞かせてもらえるか?」
驚いた少年は振り返ると、ベランダの手すりに立つ漆黒の青年レイガがいたのだ。
「え、誰⁉」
「ただの流れ者だ。だがここの領主に用があってな。お前は領主の息子でいいのか?」
少年は落ち着きを取り戻し彼の問いに答える。
「前領主の息子だよ。今の領主は父の弟にあたる叔父だ。」
「ほう・・・。」
レイガはしばらく黙り手すりから降りる。
「さっき呟いてたが、前の領主は当時の飲食店の店主のせいだと思ってるのか?」
「・・・そうだ。叔父が言っていた。店主は父の親友だったらしい。でも、恩を仇で返して領主の資金を自分の店の利益に利用とした。そんな下らない理由で親友を裏切り、父を殺した。今は亡き人物でも、僕はそいつを許さない!」
少年の目には憎しみに満ちていた。
まるでダンジョンの奥底に落とされたかつての自分のように。
「下らねぇ・・・。」
「え?」
「そんなことで悩んでるのか?下らな過ぎて呆れるな。」
「く、下らないだと⁉父は愚かな私利私欲のために殺されたんだぞ!それを下らないって!」
「俺が言いてぇのはな。そんなまやかしを信じていることが下らねぇって言ってるんだよ。」
タクマに怒鳴られ、一瞬静けさに包まれるが少年は聞き逃さなかった。
「・・・まやかしを信じてる?どういう意味だ?」
レイガは少年に罪の魔物から得た記憶の全てを話した。
「そんなバカな・・・⁉叔父が、父さんを⁉」
「まぁ信じる信じないはお前次第だ。こんな得体の知れない俺からの言葉なんてそうそう信じられるものじゃない。」
「・・・信じます。」
「あ?」
「僕は貴方の言葉を全て信じる!信じさせください!」
意外な返答に一瞬困惑するレイガ。
「本気か?俺は見ての通り平民以下の人間だぞ?」
「問題ありません。僕の『真実の魔眼』で貴方が虚言を言っていない事は分かる。」
(『真実の魔眼』か。存在自体希少なスキルだ。人間が持つことはまずないに等しい。)
ルシファードが言うにはかなり激レアなスキルらしい。
「そうか。じゃぁそのスキルで俺がどういう存在か、そして俺の目的も分かるよな?」
レイガは他人に罪を擦り付け、私利私欲に溺れる今の領主の罪を食らいに来た。
つまり、領主を食い殺すという事。
「勿論です。もう叔父になんの感情もない。あれはこの街をダメにした。父の守った領土は腐らせたくない!」
少年の眼差しに憎しみは無く、覚悟の眼差しが映っていた。
「おもしれぇ。じゃぁ俺のディナーのお膳立てをしてもらおうか。ガキ。」
「ガキではありません。次期領主になる男、セルディです!」
「ほう、ならこっちも名乗らなきゃな。俺はレイガ。罪を食らう者だ。」