借りられ令嬢の決断〜兄の友人に「妹さんを貸してほしい」と一生のお願いをされましたが、あなたが頼んでいる相手は本人です〜
「敦、一生のお願いだ。妹の胡桃さんを貸してほしい」
その男、柿原星周は、文机に向かった人物が出迎えの動作をするより早く、その場に正座をし、畳に額づくほどに頭を下げて言った。
後頭部で軽く結んだ、肩までの艶やかな黒髪。ジャケットに白いシャツ、ネクタイ。立てば周囲より頭ひとつ抜けた長身に、異国風の装いがよく似合う美丈夫。
いわゆる土下座に近い姿勢を見ながら、双子の兄・敦になり代わり、敦の部屋で過ごしていた胡桃は硬直していた。
(声をかけたら、兄ではないと気づかれてしまう……?)
高槻胡桃と敦は十八歳。並べば体格で男女の違いはあるが、容貌そのものは酷似している。二人が一緒に同じ場にいない限り、たとえ相手が違っても、友人知人はそれぞれ自分の知る相手と誤認する、それほどに似ていた。
そのことを利用して、二人はしばしば入れ替わりをしていた。
敦は胡桃の友人のご令嬢に恋心を抱いており、気持ちは通じ合っている。しかしまだ婚約には至っておらず、二人で街を歩いたり観劇などに行こうものならあっという間に噂になってしまう。そこで、白昼堂々往来でデートを楽しみたいときには、女性の着物姿になり、胡桃に扮して会っているのだ。
その間、胡桃は男性の着物姿で、敦の部屋で過ごしている。せいぜい朝から夕方までをやり過ごせば大事になることもなく、隠し通すことができていたのだ。これまでは。
それなのに、来客が来ていると知らされ、言い逃れも思いつかぬうちに部屋まで通されてきたのは兄の友人。しかも用件が「妹の胡桃を借りたい」とは。
(星周様のことは兄様からよく聞いていますが、私は遠目に挨拶をしたことがあるだけ。胡桃になんの用がありますか?)
胡桃はその場で立ち上がった。着物の裾さばきを気にしながら星周の元に歩み寄り、肩に軽く手を触れ「顔を」と短く告げる。声だけでは不審に思われそうなので、顔を合わせて話し始めようと、注意をひくためだ。
その上で、咳き込みながら言い訳を口にした。
「いま、喉が痛くて声が変なんだ。一生のお願いだなんて、そんな藪から棒に」
顔を上げた星周は、すっと視線を上向けて胡桃の目を見た。凛々しい目元に、静謐さと華やぎを備えた美貌。目が合ったと自覚した途端、射抜くようなまなざしに、動悸が乱れる。
「喉が痛いなら、あまり喋らなくても良い。話を聞くだけ聞いてはもらえないだろうか」
星周から耳朶に心地よく響く低音で言われ、胡桃は「あ、うん」と間の抜けた返事をしながらその場に片膝をついた。
正座したまま背筋を伸ばした星周は、ふっと目元に感じの良い笑みを浮かべると「借りてきた猫のようだ。もっと楽にしてくれていいんだ。お前の家だろう」と言ってきた。
(もう勘付かれた? 近寄ったのは失敗だった。離れないと)
さっと立ち上がり、逃げようとした瞬間、星周に手を掴まれた。決して痛くはないが、軽く引いただけではびくともしないほど、強い力でしっかりと捕らえられている。
「星周、何を」
「相変わらず、女人のようにたおやかな手をしている。敦であれば、着る物さえ変えてしまえば男とは思わぬ者も多いだろう」
「そうかな」
いまこの状況で、それを認めて良いものだろうか。胡桃は引きつった笑みを浮かべたが、星周は余裕のある微笑で胡桃を見つめてくる。
「そんな敦だからの頼み事だ。何も本物の胡桃さんを貸して欲しいとは言わない。胡桃さんのふりをした敦を借りられればそれで良い。協力してもらえないだろうか」
(すごくまずいことを言われる予感がする。言わせて良いのかな)
しかし状況的に「聞かない」という選択肢は無い。胡桃は恐る恐る続きを促してみた。
「胡桃のふりをした僕って、どういうこと?」
「そのままの意味だ。今日の晩餐会で、父の後妻である義母が、勝手に俺の婚約を取りまとめようとしている。俺はその場で、『かねてより心に決めていた相手がいるので、それは無理です』と胡桃さんを紹介して義母の策略を潰したい。架空のご令嬢なら説得力には欠けるが、高槻家の娘さんであれば家格その他完璧に釣り合いがとれていて、誰も文句は言えないはずだ」
手は、相変わらず掴まれたまま。
「えーと、星周? 今晩乗り切ったところで、その後はどうするつもりだ。架空の令嬢でないということは、衆人環視の場でのお前の告白は、そのまま胡桃の評判に直結しないか?」
「胡桃さんには明日以降目通りをお願いして、俺の誠意を伝える。ゆくゆくは妻になってほしいと考えている」
(つまり嘘から出た真にすべく、胡桃に求婚するつもり? その求婚前に敦を巻き込み、ほとんど公式発表もしてしまうって……。それをされてしまった後では、私に拒否権は無いのでは?)
世にいう、「外堀を埋める」作戦を聞かされている気がする。ほとんど面識もない、兄の友人から。
胡桃の手を掴んだまま、真摯なまなざしで、星周は切々と言った。
「胡桃さんのことは、必ず大切にする。お願いだ、敦。協力して欲しい」
(その話に乗ると私の旦那様がこの方に自動的に大決定するらしいのですが?)
とんでもない決断を迫られている。胡桃は逃れる方法を考えたが、咄嗟のことで頭がまわらずうまい言葉が浮かばない。そのうちに、さっと立ち上がった星周に見下され、微笑まれてしまった。
「晩餐会ではすべて俺に任せてくれて良い。急なことだから着物はこちらで用意している。亡くなった母のものだが、袖を通したのは一度か二度だろう。背の高い女性だったそうだから、敦でも。……敦と胡桃さんではもう少し身長差があるかと思ったけど」
「いつもと変わらないよ?」
「うん? 俺は何も言ってないぞ?」
邪気無く爽やかに言われて、胡桃はそこで口をつぐんだ。深く話し込み、失言から自分が胡桃だとばれてしまった場合、兄と友人の逢瀬が表沙汰になる恐れがある。二人に申し訳ない、その一心でひとまずこの場は星周の頼みをきくことにした。
(あとのことは、兄様になんとかしてもらいましょう。兄様の恋の応援をしているのですから、私の窮地も救って……くれますよね?)
星周と比べると、いかにも可憐で頼りない兄の姿を脳裏に思い浮かべ、(だめかも)と思い、胡桃はそっと吐息した。
* * *
正絹。赤地に、手毬や鼓、桜や橘の吉祥文様の振り袖。さらには、明らかに値の張るものとわかる帯に、帯留め、帯揚げといった小物も一通り。どれも贅沢なもので、趣味も良い。
(完ッ璧に祝い事仕様の晴れ着……。何が悲しくて「自分の外堀を埋める作戦」に兄のふりをして加担することに)
星周の涼やかな美貌を思い浮かべて、頭の中で文句を並べ立てつつも、胡桃は部屋に帰ってから男物の着物を脱いで普段着用の自分の着物を身に着け、ひとを呼ぶ。「お嬢様、帰ってらしたんですか」「どうなさったんですか、この素晴らしいお着物は」との追求に、気の利いた言い訳も思い浮かばず「柿原様の晩餐会に招かれたの。かなり格式高いお席みたいで、新しく用立てたものよ」と言って押し通し、身支度をした。
複雑に編み込んだ髪には何が似合うかと考えていたところで、「渡し忘れていました」と星周から簪が届けられる。真珠と宝石がふんだんに使われた華やかなそれは髪型にもよく映えた。
「これはこれは……、柿原様とお嬢様はそういう……、旦那様と奥様はもちろんご存知ですよね?」
「柿原様といえば、兄様の大親友ですもの。兄様は大賛成よ」
(嘘を言わずに、この場を切り抜けるにはこれしかない、とは言っても……。兄様から話はよく聞いていたので、お会いしてみたいとは思っていましたが)
時間をかけて着付けを確認して、星周が風にあたっているという縁側に向かった。
声をかけると、板敷きにあぐらをかいていた星周が振り返る。胡桃の姿を目にしてハッと息を呑み、動きを止めた。
ひとを払って二人きりになってから、胡桃は星周のそばに膝をついて囁く。
「小物のひとつに至るまで、申し分ないものばかりで。君の本気が伝わってきて、頭が痛いよ、星周。僕はこの件をどう胡桃に伝えれば良いのだろう」
あくまで兄の敦として振る舞い、苦言を呈する。星周は、そこでようやく瞬きをして胡桃の顔をのぞきこみ、ふっとやわらかな笑みを形の良い唇に浮かべた。
「そうしていると、きちんと女装をした男性に見えるぞ、敦。男だとわかっていても、あまりの美しさに息が止まった」
(んん~~? 女装した男性? 男装していた女性が女装しただけなので女装した女性なんですが。星周さん、意外と鈍いかも。兄妹の入れ替わり、気づいてない?)
がくっと肩の力が抜けた。
星周は音もなく立ち上がると、手を差し伸べてくる。
「慣れない着物で、動きにくいだろう。手をとって。転ばないように支えてやる」
「はいはい、優しいね、星周。だけどそこまでしてもらわなくても」
(女装は普段からしているので、べつに)
そう思っていたのに、立ち上がるときに変なところを踏んでしまい、体が傾ぐ。予期していたかのように、星周に抱きとめられた。
星周の衣服に焚き染められた仄かな香が、上品に香る。
「……華奢だな。もう少し体を鍛えた方が良い。鍛錬には付き合うぞ」
「ありがとう」
(兄にその通りに伝えておきますので、どうぞ鍛えてあげてください)
言い返せない内容を胸に秘め、胡桃は星周の腕から逃れた。
そそくさと離れた胡桃の様子を気にした様子もなく、星周は「車で来ている。行こう」と先に立って歩き出した。
* * *
星周の運転で向かった柿原の屋敷は、異国風の見事な門構えで、鬱蒼と茂った木立の中に佇む重厚な赤煉瓦作りの建物。庭のどこもかしこも物語の中のように整えられ、花が咲き乱れていた。
(富豪で名家とは知っていたけど、これは聞きしに勝る……)
車の中で、胡桃は怪しまれない程度に星周から柿原家の現状を聞き出していた。胡桃を敦と信じているらしい星周は、不審がることもなく「これは敦にも話したことがなかったかな」と言いながらするすると話してくれた。もともとの知識と、星周の話を総合して胡桃が把握できた事情は次の通り。
柿原家は異能に長けた血筋で、軍人を輩出してきた家柄。しかし星周自身は政府の役人になってしまった。これは一族への裏切りであると、特に後妻である義母が息巻いているのだとか。かくなる上は早急に妻を娶り異能を持つ子を成し柿原家のならわしに従わせろ、と言われている。その相手として選ばれたのが義母の姪。
――義母の家はどうにか柿原本家へ食い込もうとしている分家筋なんだが、父と義母の間には子どもができなかった。そのことに焦った義母やその後ろにいる連中が、さらに自分の家の人間を柿原家に入れようとしているんだ。
――それの何が問題なんだ?
聞き返した胡桃に対し、星周は運転したまま考えこむことしばし。やがて、車を停めて、後ろに座った胡桃を振り返り、重い口調で告げた。
――俺が義母を嫌っている。理由は……、父との間に子が出来なかった義母は諦めきれず、相手を替えて試そうとした。つまり、問題は父にあるのではないかと……。子供心にずいぶん慣れなれしい女だとは思っていたが、仮にも義母だと、俺はずっと気にしないようにしてきた。しかし数年前、あのひとの狙いが俺自身だとはっきりわかってからは、どうしても許せなくなった。子どもが出来なかったことで、追い詰められたのかもしれないが……。父も俺もそんなことで義母を責めたことはない。責めているとすれば家族以外の誰かで、義母はその相手の言うことを聞いてしまう。そして柿原家を自分の手にしなければという野心に染まってしまっている。
――つまり、お前の義母がすすめる相手と結婚するということは、そういう「なりふり構わない人間」たちに柿原の家が今より侵食されるということか。
(どろどろとした思惑と争い。星周さんの決めた生き方すら許さず、まだ生まれてもいない子どもまで家の思惑で縛ろうとする……。きっと婚約者候補の女性もまるで「道具」で)
胡桃が敦の口調で言い返すと、星周は瞳に一瞬躊躇いを浮かべてから、じっと胡桃の目を見つめた。その瞳に真摯な光を宿し、熱を帯びた口調で言った。
――胡桃さんを巻き込んでいる俺が偉そうなことは言えないが、敦から聞く胡桃さんは本当に魅力的な女性で、ずっと直に話してみたいと思っていた。実は何度か、遠目に見かけている。あのひとが俺の妻になってくれたらと願い続けていた。この一件が済んだら、正式に求婚する。
(星周さん、胡桃です。本人が目の前にいるんですけど……っ。そんなに思ってくださっていたとは知りませんでしたが、これはいよいよバレるわけにはいかないのでは。少しも兄であると疑っていないみたいですし、絶対バレないように高槻敦で通さなくては)
思いがけない熱烈な告白と、抱えてしまった秘密に心を乱されつつ、「胡桃のふりをした敦のふりをしている」胡桃はひとまず星周に微笑みかけた。
――星周の気持ちはよくわかった。胡桃も事情を知れば頭ごなしに拒否することもないだろう。ひとまず今日を乗り切ろう。僕は高槻胡桃で、星周と恋仲で、ゆくゆくは結婚をするつもりでお付き合いをしている。そういう相手がいる以上、星周は義母のすすめる縁談は受けられない。それで良いね?
――できればもう一声。今日その場で胡桃さんとの婚約を発表してしまいたいところだけど、それはさすがに本物の胡桃さん抜きには進められないか。
――と、当然だろう!!
――うん、わかった。ありがとう、敦。
そこで話は終わりとなり、柿原の屋敷に到着するまではいくつかの雑談をした。星周の打てば響く受け答えからうかがえる聡明さ、鋭くはあるが毒のない物言い、少しだけとぼけたところは好ましく、瞬く間に時間が過ぎた。
(星周さんは私を兄の敦と思って話している……。胡桃として、話してみたい。女性が相手だからといって、極端に態度が変わるひとには思えないけれど。話してみて、それから……)
星周の手を借り、車を下りる。敦だと思っている星周が、しれっと落ち着いた表情をしているのがどことなくうらめしい。星周の大きな手に手を掴まれるたびに、胡桃はもう目も合わせられないほどに心臓を高鳴らせてしまっている。
「晩餐会までは、屋敷の中で過ごしましょう。正直、まだ話したりない。あなたといると時間の流れが早すぎる」
出迎えに来た家の者の前であることを意識しているのか、同行者を「胡桃」として扱っている星周の囁きはどこまでも甘い。俯いたまま、胡桃は「はい」と返事をした。
* * *
迎えた夕刻、晩餐会にて。
少し遅れて行くという星周とともに、日が落ちて宴が盛り上がった頃、連れ立って柿原家の大広間へと向かった。
煌めくシャンデリアの下、異国風に飾り立てられたテーブルに料理が並べられ、誰も彼もが立ち歩き、談笑しながら楽しそうに過ごしている。
足元は厚手の絨毯、壁には花が描かれており、天井は高くずらりと並んだ窓も壮観。ひときわ大きく豪勢な装花の前に、主催夫婦らしい二人が並んで立っていた。その横には、薄桃色に可憐な花柄の振り袖を身に着けた少女が一人。
(星周さんのご両親と、婚約者候補の……)
この晩餐会で、星周本人へ一切の前情報なく出し抜く形で婚約が発表される、ということを知った星周が、逆にその策略を潰すために胡桃を伴うと決めたのが昨日今日とのこと。新しく用意できたのは簪くらいで、と星周は言っていたが、衣装は申し分ない。柿原家ほどの富豪ではないが、古い名があり、同じく異能を持つ一族である高槻の娘と名乗れば、胡桃を無下にできる人物などそうそういない。
あとは、星周と「将来を誓い合った仲」の件である。
(星周さん本人が胡桃のことを見初めていて、本気で求婚するつもりというのも不可抗力で知ってしまった……。今ここで星周さんに胡桃と名乗り出られないのがもどかしい。でも星周さんには、今夜は「敦」として振る舞わなければ)
星周は、演技とは思えないほど、本物の女性にするように胡桃を丁寧に扱う。優しく手を引いて両親のもとへと連れて行く。
ここに至って、もう四の五の言ってられないと、胡桃も腹をくくり、星周の口上に耳を傾けた。
「父上、あやめさん。今日はこの場で二人と皆さんに紹介したいお嬢さんがいてお連れしました。高槻胡桃さんです。友人である高槻敦くんの妹さんで、かねてより親しくお付き合いしております」
「星周さん……!?」
黒地に金糸の織も鮮やかな着物姿の女性、義母のあやめが頬を引きつらせて星周を見た。その横で、薄桃色の振り袖の少女は、きつい眼差しで胡桃を睨んでいる。
「あやめさんが、どなたか俺とは面識の一切ない女性を皆さんに紹介なさっておいでのようでしたが、ここは顔を広めるには良い場ですからね。せっかくですから皆さんと親交を深めていってください。ただ今日は、俺も胡桃さんを皆さんにご紹介したいのでそばを離れるわけにはいきません。話があるなら後で聞きます」
星周が淡々としてそう告げたとき、あやめの瞳に暗い炎が宿り、背後にあった生花が急激に萎れ始めた。
「星周さん、勝手なことはおよしなさい。あなたは私が決めた相手を娶れば良いのです」
叫び声とともに、ガタガタと窓が鳴り始め、頭上でシャンデリアが揺れ始める。
(異能が暴走している……!? これほどの家の奥様になるよう方が、感情で能力を抑えきれずに周りを危険にさらすだなんて)
放っておけば、窓ガラスが割れて辺りがひどいことになってしまいそうだ。星周やその父親も異能持ち、この場をおさめることはもちろんできるだろう。しかし、軍人を避けて役人になったという星周のこと。その実力のほどはわからない。もしかしてこの家の当主としてはひどく弱いのかもしれない。
ぐらりと床が揺れ、振り袖の少女が「きゃっ」と悲鳴をあげて尻もちをつく。
(この子も、あやめさんをおさえるほどの力は無い)
胡桃は迷いを振り切り、自分の能力を開放した。
あやめのもたらす騒乱を抑え込むように展開する。一瞬、自分のものだけではない力を感じた。
(星周さんの異能……!?)
窓が鳴り止み、足元がぐらつくほどの揺れもゆっくりと収束する。
胡桃が大壺に活けられた花にふれると、今にも腐り落ちそうに萎れていた百合の花が少し前の姿を取り戻す。それから、座り込んだままの少女に手を差し伸べた。
胡桃の異能の発露を見ていた星周の父は、感心したようにため息をもらし、大きく頷いていた。
* * *
その後、あやめと少女は少し休むとその場を去り、胡桃は星周によって出席者に紹介されることになった。
散々挨拶をして晩餐会もお開きとなり、客もあらかた退出した頃になって、星周とバルコニーに出た。星空の下、「胡桃さん」とあらたまった調子で名を口にされる。
「俺と結婚して頂けますか」
「ここまでされては、拒否は難しいでしょう。家に帰って僕から胡桃によく話しておきます……」
敦と胡桃の混じったような口調で答えてから、ハッと胡桃は口元をおさえる。
(いまの求婚は、胡桃に対して言っている……!?)
星周はほんのりと滲むような笑みを浮かべた。
「最初から知っていました。あなたは胡桃さん御本人ですよね」
「……星周さん?」
恐る恐る、敦ではなく胡桃としてその名を口にする。星周は微笑んだまま頷き、甘い声で告げた。
「早めに打ち明けようとは思っていたんです。しかし、あなたがご自分で外堀を埋めている姿を見ていたらあまりに可愛らしくて、どうしても途中で明かすことができなくて……」
「ひどいことを言っていますが?」
「あなたを大切にしたいという気持ちは本当です」
「認めれば良いというものでは……」
星周の笑顔を見ていると、恨み言も続かない。
肩の荷が下りたのは胡桃も同じ。こみあげてきた笑いとともに、胡桃はそっと星周の手に自分の手を重ねて、求婚に対しての返事を口にした。
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