混ぜ混ぜバンザイ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふー、えがったえがった。ぎりぎり店が開いている時間に滑り込めたな。
まだ、以前の営業時間までは戻ってないけどさ、1時間でも長くなってくれるのはありがたい。少し前なんか、仕事終わりなんぞ閉まっている店ばっかだったし。
ほれほれ、つぶらやも早く持って来いって。バイキングなんだから、遠慮いらねえぞ。
ふー、食った食った。ついついバイキングって、腹に詰め込んじまうわな。
好きなもんをひとつだけたらふく食うのも、いろいろなものをちまちま食うのも、好き勝手にできるところが、バイキングのいいところだな。
一回の機会で、多くのものを食べたい。これ、昔から多くの人が考えていることかもな。
ほれ、ひつまぶしだって、しゃもじで4等分してよ。それぞれ、そのまま、薬味、茶漬け、お好みで食べるように、すすめられるじゃねえか。お貴族様だって、宴のときには食べきれねえ数と種類のおかずを並べることが、ステータスだったと聞く。多くを味わえるっていうのは、人間が根っこに思う「豊かさ」のひとつなんじゃないかと、俺は思うのさ。
しかし、その「多味」好きのために、ちと厄介なケースに巻き込まれたこともあるらしいんだ。
俺のいとこの話なんだが、聞いてみないか?
いとこは小さいとき、バイキング好きだった。いろいろなものをちまちま食べられるのが気に入ったらしく、席を確保するや、初手で満漢全席並みに皿を並べてくる。
みんなで食べるのなら好都合だろうが、ひとりで食べるときもおんなじらしい。何度か付き合ったことがあるが、見ているだけで腹いっぱいになりそうな、立派な盛り付けなんだ、こいつが。
しかし、バイキングの時間は限られているもの。ちょっと大きめのレストランだったりすると、すべてを食いきれずにタイムアップという事態にも陥った。
表向きは落ち着いていても、いとこにはそれがたいそうショックだったらしくてな。どうにか短い時間で、多くのものを食べられやしないかと、いつも考えていたんだとか。
そしていとこが出したのは、とてもシンプルなこと。できる限り、ごちゃまぜにして食べるということだ。
ぶっかけ飯や雑炊、茶漬けなどに通じる、汁物ベースにいろいろな具材を放り込んで、かき込む食べ方。でも、それがバイキングのようにバリエーション豊かな場となると、たちまち見苦しいものになる。
卵スープの中からサラダはともかく、カレーが染み出し、パスタが飛び出し、パン生地がたっぷり汁を吸ってふやけたピザが、ぷっかりと浮かんでいる。かじるたび、口におさまりきらないそれらが、だばだばと器の中へこぼれていって、水はねを飛ばした。
そのうえ、毎度毎度口いっぱいにほおばって、顔面ごとかみ砕くかのような咀嚼。おさえきれない噛み音、鼻の下ににじんでくる汗と鼻水を何度もぬぐうしぐさは、もはや一介のフードファイターにすら思えた。
ドリンクバーも、飲み物をすべてミックス。俺も一度やったことがあるが、あまり美味しいものじゃない。特に炭酸とお茶の組み合わせが最悪で、すっきり飲んで落ち着きたいお茶の風味に、いちいち足止めをかけてくるシュワシュワ感。
へたに他の飲み物の味も「割って」くれるものだから、青汁とは別方向の罰ゲーム飲料と化している。
それをいとこは、件の料理たちと一緒に2杯、3杯と飲んだ。
皿の数は少なくとも、そのいずれもが混ぜこぜになったソースや具の破片で、いずれも無差別爆撃の焼け跡。これは一緒の席で、ものを食いたいとは思わない。
親にも注意されたのか、以降は、人前だとやらなくなったといういとこ。だが、ミックスをすると、実際に多くものを食べられたし、味にもだいぶ慣れてきた自分にも気づいている。
しょっちゅう食べなくてもいい。けれども、たまには口に入れたくなる。そんな単品の酒のつまみのようなポジションで、混ぜこぜ料理は、いとこの意識の中でくすぶり続け、ひとりで食事する機会があると、しばしば誘惑に負けてしまったとか。
そして、ある休みの日のことだ。
親が家を留守にするというんで、いとこは親が出かけるや、すぐに台所へ向かった。
インスタントのスープを用意しながら、にんにくと唐辛子、乾麺とオリーブオイルを取り出す。ペペロンチーノを作るつもりだった。
もちろん、それだけでは済まない。冷蔵庫の中には、昨日の晩御飯に出たポテトサラダや唐揚げがあったし、それとは別に祖母がストックしている、つくだ煮や里芋の煮つけも。そして締めには缶コーヒーにコンデンスミルクもばっちり。
ひとり闇鍋――明るみに出ている時点で、闇とはいえないが――ともいうべき有様を今から想像してしまい、いとこは胸がおどってくるのを感じていた。
いくつものミックス体験を経て、友達もひつまぶしの悟りに達していたらしい。つまり混ぜたものを一息に食べるんじゃなく、ちまちまと後から足していくんだ。
量を食べるのもいいが、一辺倒の味では飽きる。特に時間に追われない自宅ならなおさらと、いとこは考えるようになっていたんだ。
やがてもろもろの準備が整い、鍋を引っ張り出してきたいとこは、まずインスタントスープ数袋分を中へ注ぎ込んだ。シンプルなコンソメスープが、これからの料理を待ち受ける、園となる。
まずはオリーブオイルたっぷりで仕上げたペペロンチーノ。
500グラム以上はゆでたものを、トングで一掴み。さっと麺をくぐらせると、たちまちコンソメの表面に、新たな油がいくつも浮かび上がった。
小皿に移して、まずは一杯。のどから鼻へたぎるにんにくの香りが、若い胃腸をずんずん刺激し、余計に腹を空かせてくる。
お次はポテトサラダと里芋のイモイモコンビ。
マヨネーズのコクと、みりんと砂糖の甘味。後者は特に、ペペロンの油っけとは相性が悪そうだが、いとこは構わない。
再び小皿でもう一杯。いまだ固さを保っているイモの歯ごたえと、粘っこさが足されたスープは、あっさりが持ち味のコンソメを、すでに半殺しにしていた。その半死人の中からずるずると、ペペロンの麺をすすっていく。
いとこは、いつにも増して腹を減らしていく自分に、驚いたそうだ。
続く唐揚げたち、つくだ煮、そして缶コーヒーのじゅうたん爆撃を経て、更に量も数人分はあるのに、まだまだ足りない。すすったはしから腹の虫が鳴き出して、空腹感がにじんでくるんだ。
――こいつはおかしい。
いとこは、もう回しかけていたコンデンスミルクのふたを、ぴたりと止める。
すでに中身はあと一杯そこそこ。すでにスープをたっぷり吸って、麺もきもちでぶっちょになってきている。砂糖多めのコーヒーだったこともあって、すでにイモも唐揚げも甘未に染まった油っこいお菓子でしかない。
その舌触りを思うだけで、腹どころか喉から拒む手が出てきそうなのに……逆に招きにかかってくるなんて。
そう思うや、急に腹の虫が音を変える。
ぎゅっとすぼまったかと思うと、「グルグルグル……」と長く尾を引く音を出し、尻の上のあたりが、妙に怪しくなってくる。
便意。そう悟るや、いとこはトイレに駆け込んでいた。
そのときのお通じは、あまりに良すぎた。ひと段落して、立ち上がろうとしてはまた催して座り、また立ち上がっては催して……を何度も繰り返してしまう。その大便も、ひと区切り、ひと区切りごとに、便器の水の中でとぐろを巻くほど、見事につながっていて、生き物のようだったとか。
ただ単に腹を壊したとは思えない時間がかかる。ようやく収まったときにはフラフラして、しばらく何も口にしようと思えなかったとのことだ。
それからのいとこはめっきり食が細くなってな。時間に追われるまでもなく、キャパに限界がきちまうんで、混ぜ混ぜするのもやめたとか。あるときの検査だと、常人よりもずっと小さい胃が確認されたらしくてな。以前に手術でも受けたのかと、疑われるくらいだった。
「あの混ぜ混ぜを楽しんでいたとき、俺の体の中でも、その混ぜ混ぜと一緒に、胃を食ってる何かがいたのかもな」
そんなことを、いとこは話していたのさ。