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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今日の天気は雨の予報

作者: 穂波

伊藤さんはずるい。


前から思っていたのだ。この人は「特別」な人間で、私は「平凡」な人間だと。駅を出ると雨が降っていて、折り畳み傘を家に置いてきた私は思わず舌打ちをした。ついてない。


はかなげな美人で、大してコミュニケーション取らないくせに好かれてて、仕事できて、おまけに女性の恋人がいる?なんだそれ。主人公になるために生まれてきたみたいな人間だ。


でもそんな伊藤さんを「唯一ご飯に誘える人間」として、実は私はこの会社に名を馳せている。みんなも誘えばいいのに。伊藤さんは綺麗で静かだけど可愛くて面白いのだから。


恋人の話題を振ると毎回変な顔をする。うまく行っているのか行っていないのかわからないけど、とにかく好きなことだけはわかる。この人と話していると、自分の脇役感がすごく強くなる。おかしいな。人生うまく行ってるんだけど。


まぁまぁ仕事をして、まぁまぁ遊んで、まぁまぁ友達がいて、まぁまぁかっこいい彼氏がいて、それもまぁまぁ優しくて、まぁまぁ将来を考えてくれていて、きっとまぁまぁ親からも好かれるだろう、みたいな。全てがまぁまぁうまく行ってる人間なんてそうそういないはずだ。これはすごいことなのだ。なのに。どうして、こんなに社会的に苦労しそうな人のことをこんなに羨ましいと思ってしまうんだろう。


これはきっと、私が一生することのない苦労を、ロミオとジュリエットでも読むみたいなノリで楽しんでいるということなのかもしれない。だとしたら私は最低だ。


「伊藤さん、ご飯いきましょう!」


誘うと伊藤さんは最近、嬉しそうな、ほっとしたような顔をする。

もう何度目かもわからない昼食の席で、ぼそっと伊藤さんが声を出す。


「毎日ね、何食べるの?って聞かれるんだよね。」


へぇ。惚気?とこづくと伊藤さんは我に返ったような顔になって、でももう戻れない、みたいな顔をする。


「みきに似た女の子と毎日ご飯食べてるよっていつか言ってやろうと思って。」


「みき。」


「みき。私の恋人。」


初めて聞いた恋人の名前。恋人が本当に女の人なんだ、という感覚が水が染み込むように自分の身体に入ってくる。今まで浮遊していたものが突然実体を帯びる。


「え、似てるの?」


「そっくり。」


「私に?」


「まぁめちゃくちゃ仕事できるけどね。」


ちょっとそれどういう意味!!ときゃっきゃするも、私の頭の中は「そっくり」という言葉がめぐりめぐっていた。

もしかして、ちょっとだけ恋人に重ねてご飯OKしてたんかい、という言葉をかろうじて飲み込むのに苦労した。私は、この美人の、うまく行っていない恋人に似ている女だ。それはつまり、非日常の始まりということだ。


「え、じゃあさ、伊藤さんから見て私って結構可愛いってこと?」


わざと憎たらしい顔で見つめてみたりする。ニヤニヤ流し目でうふん、とかしていたら軽く叩かれた。


「可愛いけどその顔は本当に違う。全然違いまーす。みきはもっとね、凛々しいから。川口さんみたいなおふざけやろうじゃないのよ。」


また変な顔してる。


ねぇ、うまく行ってないの?と聞いたらどうなるだろう。毎度恋人の話を聞くたびに思う。あなた、恋人のこと、すごく好きそうな顔するのに全然幸せそうじゃないよ。


もしずっとこの人の話を聞き続けていたら、私はこの人を好きになるんだろうか。それとも私の「当たり前」はやっぱり私が思っている以上に頑強なのだろうか。どこかで、この人の特別な女友達の場所をキープしたい気もするのだ。この特別な人から一生手の届かない場所で、ノリの良い馬鹿な女友達の場所を。


「伊藤さんがめちゃくちゃふられたら私が同じ顔で慰めてあげる」


と言ったら縁起でもない、とまた小突かれた。ちぇ。今度は私の彼氏の話も聞いてよね、と言おうとしてあぁ、今日会う予定だったな、と思い出す。スマホをポケットから取り出してLINEを開くと、「今日19:00集合でいいんだっけ」という連絡が入っていて「いいんです!」というおじさんの顔のスタンプを送りつけた。「きも笑」っていうLINEはみなかったことにして、軽く前髪を整える。


「お?川口さん、もしやそれは愛しの…?」


珍しく伊藤さんが煽ってくるので「そうだよ〜愛しのダーリンです」とニヤつきながら返すと、本当に好きそうだね、よかったと安心したように微笑まれた。どのあたりでそう思ったのか全くわからない。

どうやら私は絶対に心が「ダーリン」から揺れてはいけないらしい。まぁ空気は読める方だと自負しているので、このままダーリンとキャッキャしてるやつの雰囲気出しとこうかな。空気読めないフリして。

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