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目覚め

 目を開けると、私は知らない部屋のベッドに寝ていた。


 質素で清潔感のある部屋は、漫画やゲームを詰めに詰めた棚が並ぶ私の部屋とは全く違う。ましてや二段ベッドなどあるわけがない。

 酷く狼狽えながらベッドの梯子を下り、日が差し込む窓を恐る恐る開ける。せめて、見知った場所でありますようにと願いを込めながら。

 しかし、ヨーロッパ風の美しい庭園が朝日を浴びてキラキラと輝いている光景に、縋る思いがはらはらと散っていくのを感じ、くらりと眩暈に襲われる。

 ――ああ、ここは一体何処なのだろう。…と、絶望する寸前、力が抜けてふらりと体勢が崩れる際にずらした視線の先、シンプルな鏡台を見た瞬間に脳内思考が弾け飛び、体が勝手にその鏡台へと飛び付いていた。

 この部屋や外の庭園の事よりも動揺していて、心臓がバクバクと激しく脈打つ。その鼓動は耳にも聞こえるのではないかと思うほど。

 だって、だって。 


 顔面が、整っている。


 鏡を凝視し震える手でゆっくりと顔を触る。…形の良い鼻、ほんのり色付く程良い厚さの唇、髪は美しい金髪で、その色そっくりの瞳は大きくしかも二重瞼。どう見ても外人顔だ。

 …夢だ。夢に違いない。だって、現実の私はもっとこう、ぐちゃっと…。

 そこまで考えて、頬を撫でていた手がピタッと止まる。

 確かに夢ならば全て説明が付く。この場所も、この容姿も。けれど、手が止まったのはある事を思い出したから。


 私は、夢を見ることが出来ない事を。





 パソコンの画面と、真上の電灯だけが付いているそのオフィスにはもう自分しかいなかった。


 カタカタと自分が打っているタイプ音だけが響くなか、もはや何を打ち込んでいるのかわからなくなりつつあることに、一人苦笑する。

 本当はもっと早く帰れた。同僚が仕事を押し付けるまでは。

 パソコンに貼られた、仕事内容が簡潔にメモされた付箋がせっかく半分まで無くなったというのに、また補充され、見たくなくても目に入ってくる。

 …帰ったら、何時頃になるんだろう。まぁどうせご飯なんか気持ち悪くて食べられないし、部屋に入った途端に爆睡するだろうけど。

 でも、明日は休みだ。久々に休日出勤が無い。思い切り羽を伸ばして休もう。何をして過ごそうかな。

 明日の休日に胸踊らせたのも束の間、目の前の仕事をやり終えないといつまでも家に帰れない事をぼんやりと思い出し、ため息をつく。

 今日も今日とてサービス残業。やりたくなくてもやらなきゃ次の仕事に響くから。頑張らなくちゃならない。

 少し休憩しようと保存ボタンを押して椅子を引く。それと同時にブルルと全身に悪寒が走った。

 もうすぐ夏なのに寒すぎる。自分一人になった時にクーラーはちゃんと切ったのに。

 厚手のひざ掛けを両手で擦り、椅子に座ったまま体制を傾ける。机の一番下の引き出しに眠気覚ましと疲労回復の栄養ドリンクを常備してあるので、それを飲んでもうひと頑張りしよう。


 ガシャン


 傾けた体は、引き出しに手をかけることなくそのまま床に倒れ込む。

 予期せぬ出来事に一瞬ぽかんとしてしまったが、すぐにくすっと笑った。

 どんだけ疲れてるんだ、私。ほらほらぼーっとしてないで立ち上がる!と、自分に喝を入れて体に力を込めるも、ぴくりとも動かない。


 ――寒い。


 …あれ、これヤバいのでは?

 直感的に危険を感じ取る。しかしいくら念じても指一つ動かせず、出来る事は浅い呼吸を繰り返す事だけ。

 寒さに震える事も出来ず、瞼も段々と閉じて真っ暗になってしまった。

 普段なら聞こえる筈もないパソコンの稼働している音しか聞こえず、それも徐々に小さくなって何もかもが終わってしまう感覚を味わう。

 そして察する。本当に終わりが来た事を。


 最後に吐いた息は、ため息そっくりだった。





 …そうだ。そうだそうだ!私はあの時死んだ!惨めに死んだ!夢なんて見れる筈がない!

 唐突に思い出した自分の最期は苦々しく、呆気ないものだったが、今現在この状況が決して夢ではない事を生々しく証明してくれた。

 と、なるとこの状況が一体何なのか考えなくてはならなくなる。

 もしかしたらここはあの世だろうか。しかし現実的すぎるこの空間と、美化し過ぎているこの容姿はどういう意味があるというのだろうか。

 うーんうーんと唸っているうちに、ある一つの考えに行き着く。

 …もしや私、成仏出来ず、魂が世界を飛び回ってこの女性に憑依してしまったとか…!?

 あの世説よりもよっぽどこの状況に説明が付き、うんうんと頷く。しかし、そうなるとこの女性の人格は私が乗っ取ったという事に…?

 …どうしよう、とんでもない事をしてしまった!この女性に申し訳ない!どうすれば体を返してあげられるのか…。

「やっぱり私が成仏するしか…。けど一体どうやって…私未練とかあったっけ…」

 ぶつぶつと呟きながら窓辺をうろうろとしている足は、コンコン、と叩かれたノックの音で反射的に止まってしまう。

 誰か、来た。

 瞬間脳みそがフル回転し、冷や汗もだらだら流れ落ちる。

 どうしようどうしよう。この女性の知り合いだろうか。この状況をどう説明しよう!

 扉に顔を向けると心臓が先程と同じくらいにバクバクと音を立てる。今度のは耳まで聞こえた。

 うまく誤魔化す?いや私にそんな器用な事は出来ない。っていうかそもそもここ絶対外国だよね?私この国の言語なんて知るわけないし喋れない。英語だって「アイライクアポー」くらいしか喋れないポンコツなのに!!

 ガチャリと捻られたドアノブが、パニック状態の頭に更に追い打ちをかける。

 どうしよう!!もし成仏出来て体を返してあげられたとしても、私のポンコツ具合のせいでこの女性の今後の人生を台無しにしてしまうかも!

 コツ、と部屋に一歩踏み入った靴の音が聞こえ、パニックのキャパを振り切った私はその場に頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 ひいぃ…と脳内で悲鳴をあげると、扉の方からため息が一つ。

 それにびくりと肩を震わせて、ゆっくりと入ってきた人物を伺い見る。


「やっぱりまだ支度してなかったのね。全く!」


 めっちゃ日本語で喋るメイド服を着た美女が、そこに立っていた。

読んで頂き誠にありがとうございました。めちゃくちゃ緊張してます。

気が向いたらの気まま更新なので、続きは…いつだろう…。

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