7.クイーン
「いらっしゃい!おや、あやめちゃんじゃないか。珍しい」
「こんにちわ、滝川さん」
僕はあやめさんに連れられて、事務所近くにある武器屋へと来ていた。
こじんまりとした縦長の店内にはずらりと壁やショーケースに様々な武器が展示されている。
西洋剣に刀や槍、鎧なんかも飾られており、一種の美術館のようだ。
都市間の移動に危険が伴うようになり、自衛のためという名目で国の許可も下りた商売で、20年前にはほとんど、特に日本には存在していなかったとも言われる。
「うーん。どうしましょう」
あやめさんは顎に指をあてながら商品を見渡している。たぶん、僕に合う武器を見繕ってくれているのだろう。なんともありがたいことだ。
僕も彼女を真似て、商品を物色してみるが、どれもこれも今まで縁がなかったものばかり。使い勝手どころか、どんな感触かすら分からない。
「あ!これなんてどうでしょう?そんなに重くなくて、扱いやすいかと思います」
彼女が、小ぶりの短剣を差し出してくる。が、僕は別のものに目が行く。
――彼女の戦闘服だ。
動きやすそうな生地に小さなプレートをいくつも縫い付けたボディスーツは、とても動きやすそうなデザインをしている。
しかし、その分ボディラインがあらわになっており、腹部を抑えているプレートが豊満な胸部をさらに強調してしまっているので、僕にとって眼福、いや目の毒もとい目のやり場に困る形をしている。
「あ、えと。良いと思います」
短剣をほとんど確認せずに手に取る。確かに程よい重さで振りやすそうだ。
「まずは護身用ということで、これから慣れていきましょう」
ふと、彼女が腰に差す刀が目に入る。
鞘には煌びやかな装飾と龍の刺繡が刻まれて、いかにも業物といった感じだ。
長さも僕が持つ短剣の倍以上はある。それにひきかえ、渡された短剣のなんと頼りないことか。
まあ、僕にはお似合いだけども。
「滝川さん。こちらの短剣と、携帯用ポーションをいくつか。あと軽くて丈夫そうな、アームガードやアンダーアーマーもあるといいのですが……」
察しの良さそうな店の店主は僕を見て、なるほどねという顔をする。
「ルーキーの兄ちゃん向けのやつだね。あると思うよ」
「……助かります。それと……扱いやすい銃も」
あやめさんの『銃』という言葉に店主がピクリと反応する。
「……銃火器の類は、特別な認可がないと取り扱いできないんでね。うちにあると思う?」
「はい。こちらでは、特に"対人向け"の物が手に入るとお聞きしましたので」
店主はその言葉に数秒フリーズすると、頭をポリポリと掻く。
「……まいったねぇ。誰に聞いたのそれ。お上にはチクらない?」
「克也さんから。もちろん、他言なんてしませんよ。交渉成立ですね」
ニコニコとしている彼女と僕を交互に見て、店主はやれやれと奥の戸棚から拳銃を取り出して、ゴトリとカウンターに置く。
「あやめちゃんが銃を使うと聞かないし、そっちの兄ちゃんも初めてそうだからこれしかダメ。こいつが、見つかったら俺ゃ廃業になっちまうから、外でバレないようにすること。うちの店のことは言わないこと。守らなかったらそれ相応の罰は受けてもらうよ」
気の良さそうな表情から、急変、店主は鋭い視線を僕に突き付ける。こういうお店をするだけあって、彼も相応に『出来る』人のようだ。
「わかりました。助かります」
「いいかい。兄ちゃん、こいつは魔力が無くても扱える分、魔物には効果が薄い。その反面、人相手なら強力な武器だ。取り扱いには十分に注意するように」
僕をカウンターに呼び込んで店主は僕の手に拳銃を手渡す。
「何をするかは聞かないけど、奪われないようにな。相手も簡単に使えるわけだからさ。弾はサービスでちょいと多めにしておく」
「……はい」
僕の手へと渡された拳銃は短剣よりもずっと重く感じた。
● ● ●
「遅い」
顎に手を当てて、座り込んでいるミティはすこぶる機嫌が悪そうだ。
「ごめんなさい、ミティちゃん。でも準備はしっかりしておかないといけないから」
あやめさんの言葉で、ミティが僕の姿が事務所で見た時と変わっている事に気づき、眉を少し曲げて――ぷいっと顔をそむける。
籠手というには薄く頼りない見た目だが、着けてもあまり動きを阻害されないアームガード。
サービスでもらったタクティカルベスト、腰にはいつでも取り出しやすいように短剣、と目立たないように隠すような形で拳銃を差している。
僕の姿を見て武器屋の店主、滝川さんはルーキーにしてはまあまあの恰好と評してくれた。
実際鏡で見ると、いっぱしの戦士のように見え、僕も心が躍ったのは事実だ。
「この先から、駅に降りられます。行きましょう」
あやめさんが促し、ミティも立ち上がってスタスタと進む。僕もその二人の後ろへついていく。
いよいよか、と徐々に緊張で鼓動がはやくなってくる。
――少し歩くと、すぐに厳重そうに黒鉄の扉に蓋をされた駅の入り口と、それを取り囲むようにして金網が張り巡らされた小さな詰所が見えた。
詰所の中では警護服に身をつつんだ青年護衛士が暇そうな顔をして新聞を読んでいる。彼がこちらに気づいて怪訝な顔を向ける。
「……ここは立ち入り禁止区域ですよ」
やる気のなさそうな声。
「日向護衛事務所の者です。許可は下りていると思うのですが……」
「……確認を取るのでライセンスを提示してください」
「あ、はい。わかりました」
気だるそうに警護兵が指示し、あやめさんがいそいそとポケットから小さなカード、ライセンスカードを出す。
護衛騎士である事、そしてその大まかな力を証明するカードだ。
警護兵は差し出されたカードとあやめさんの顔を交互に見て、何かに気づいたかのように急に背筋を伸ばし、焦りを見せる。
「こ、これは失礼しました。クイーン級の方とはつゆしらず、失礼を!」
クイーン級。
護衛騎士にはチェスの駒に例えて階級の呼称が存在している。
キング、クイーン、ビショップ、ナイト、ルーク、ポーン。
主君無き円卓の騎士筆頭12人をキングとし、クイーンはその一つ下にあたる。
12騎士に負けずとも劣らない実力者であり、世界でも100人以下しか存在しない選りすぐりの護衛騎士だ。
「え、あやめさんが、クイーン級……?」
「ええ、まあ。その。お恥ずかしながら」
隣でなぜか恥じらいを見せている彼女をまじまじと見つめる。
確かにそれが本当なら、ジャックさんの言う通り戦闘のスペシャリストだ。
世界的にもっとも重宝される階級であり、有数な実力者ばかりが揃うクイーン級。
それが事実であれば、彼女と共にいれば何も心配する必要はないだろう。
だが、麗しき彼女からはそんな感じは微塵も感じられない。
ということはミティも?
「……ミティはビショップ。すぐにクイーンになるし」
視線に気づいたようで、ミティが僕の頭の中を読み取るように答える。
なんだか悔しそうな表情を見せるが、ビショップはクイーンの次にある階級だ。
簡単になれるようなものではない。この若さで相当の実力を持つことがうかがえる。
ますますなぜ僕が一緒にいるのかわからない状況だ。
急ぎの調査だったとしても二人だけでなんとでもなりそうなんだけど。
「どうぞお通りください!」
「ありがとうございます」
警護兵がぴしりと敬礼し、あやめさんはお辞儀で返しながらライセンスカードをしまう。
「……失礼ですが、昨日の件と何か関係があるのでしょうか」
と、警護兵は敬礼をしたまま恐る恐る口を開く。
「実は、私は本日からこちらに配属されたばかりでして。昨日までの担当は何でも偽のライセンスを持った人物を通したことで、詰問中だとか」
面倒ごとは嫌だ。というのが警護兵の顔からありありと見透けていた。
あやめさんもそれに気づいたのだろう。優しい微笑みを返す。
「大丈夫です。大事にならないように私たちが調査に来ましたので、安心してくださいね」
「……いえ、その。ありがとうございます」
少し安心したというような顔で警護兵が頭を下げる。
僕も経験者なのでわかるが、あやめさんの微笑みには何か気持ちを落ち着かせてくれる効果があるようだ。
その効果だろうか、警護兵がお礼とばかりに、情報を一つ提示してくれる。
「……いらぬ心配かもしれませんが、お気をつけて。話によると偽のライセンスを持った男もクイーン級を名乗っていたそうです」
「そうですか。ありがとうございます……確かに気をつけた方がいいですね」
笑顔を崩さずに、あやめさんが返すが、空気が少し、引き締まるのを感じた。
ミティもこの情報は予想していなかったようで、目つきが真剣なものに切り替わる。
――ほんの一瞬ではあるが、先ほどの無関心なふわふわとした雰囲気は一変し、一瞬で獲物を刈り取る獣のような恐ろしさが僕の皮膚を突きさす。
見た目はあどけないエルフの少女だとしてもこの表情を見れば、ビショップ級の護衛騎士であると誰もが納得するだろう。
思ったよりも事は重大かもしれない。それが僕へと嫌になるほど伝わってくる。
……今すぐ走ってでも帰りたい。
分厚い扉が大きく軋みながら口を開け、その気持ちを飲み込むような暗黒の地下へと、僕らは下りて行った。