3.いつもの毎日、違う一日
――
陽が落ちかけ赤みがかった空が見える頃。
僕は本日12回目のため息をついた。
2歳上の上司から今日も無能と罵声を浴びせられ、トボトボと家路に向かう。
世界の理が大きく変化したとしても、変わらない仕事というものはあるもので――
保険屋も価値観が変わっていく世界になんとか順応させながら生き残っている商売だった。
都市が平和を取り戻したとしても、依然として至る所で魔物が闊歩するこの世界では多くの危険が伴う。
都市間の移動はいまだ、命がけだ。
そのため人や物資を運ぶ運送業、運搬業の価値は高まっており、報酬もうなぎ登りになっていた。しかし、いつ魔物に襲われるかも分からず、自分の命すら失うかもしれないというのはあまりにも代償が大きい。
そのリスクを補填する、あるいは目を付けたのが保険屋だった。
だが、僕が任されたのはそういった運送業への営業ではなく、平和な都市内に住む人々、個人への営業だった。
もともと嫌われやすい営業の中でももっとも成功率が低い部門。
会社も特にあてにしていないその部門は、俗に窓際社員の流刑所とも言われている。
「はぁーーーーーー」
13回目のため息。
そんな部門だと十分理解した上で僕をいびるのは上司のストレス発散なのだろう。
「無能なのは十分知ってるよ……」
――僕の目の前を若い男女が通りがかる。
その風貌が特殊で目が自然と2人を追いかけてしまう。
――少年は腰に剣を下げ、ラフな格好ながらも右肩から右手にかけて軽装の甲冑を身に着けている。
買ったばかりの新品なのだろう、夕暮れの光を反射してピカピカと光る。夢を熱く語る少年の顔は装備と同じくらい輝いて見えた。
――隣で仲睦まじい様子で少年に話しかける少女は制服姿に見えた。
僕はあの制服を知っている。
『アカデミー』で特に女子人気の高い指定制服の一つ。シャツやスカートに刻まれた刻印はデザイン性もさることながら来ている本人の魔力を高め、術の効果を強化する効果がある。
僕の給料3か月分の値打ちはある代物だ。
…2人はきっと『護衛騎士』になるための『アカデミー』に通う生徒なのだろう。
『護衛騎士』はいまや花形の職業だ。
いまだ脅威である魔物と対抗できる人材はそう多くない。
要人の護衛、物資の護衛、都市の護衛。
様々な部分で重宝される騎士たちは引く手あまただ。
才能があればあるほど地位は高く、最高位の護衛騎士、『円卓の騎士筆頭』ともなれば国家首相にも匹敵する権力を持つ。
――庶民からは憧れの的、いわばヒーローだ。
未来の護衛騎士を育成する『アカデミー』に入れたとなれば、輝かしい将来が半分約束されたと言っても過言ではない。
憧れていたが、なれなかったもの。
『アカデミー』は狭き門だが、年齢制限は設けられていない。魔物に対抗する力有りと少しでも判断されれば入学を許可される。
戦える人材はいくらいてもいい。それがアカデミーの指針の一つでもある。
だが、僕にはその見込みがないことが一度目の試験で判明してしまった。
「魔力があればなぁ……」
試験官の驚いた顔は今でも鮮明に覚えている。
世界が変化し、個人差はあれど等しく万人に与えられた理。
――魔力。
それが無ければ魔物に対抗するのは難しい。
それが僕には存在していない。ほんの少しも。かけらほども。全くの無だった。
前代未聞の事態だったらしく念入りになんども再検査された。
「非常に残念だが、君には力がない。試験は受けさせられない」
試験官の言うことはもっともだった。
魔力が無くても、弱い個体なら何とか倒すことはできるだろう。だが、アカデミーが求める人材はそうではない。
「しかし、魔力が無いなど人間など見たことがない」
ざわつく試験官たちの視線がつらくて、僕は逃げるように試験会場から出た。
護衛騎士には強い憧れがあったし、当時仲の良かった友人が合格し後に続こうと意気込んでいたところだったから、ショックも大きく、2,3日まともにご飯も食べれなかった。
――それからは何事もうまくいかず、アルバイトを転々としながら今の会社に就職した。
そこで知ったが、僕には営業の才能も皆無らしい。
新人のころから成績は最下位。上司からはほぼ毎日小言を言われ、同僚からも馬鹿にされ、気づけば今の部署に配属されていた。
誰かが言ってた――3年は我慢しろ。その言葉を信じて、頑張ってきたがそろそろ限界かもしれない。
転職するか
と思ってみても、あてがある訳でもない。
成果をあげれず会社でいびられ、家に帰ってコンビニ弁当食べて寝る毎日。
今日もそうやって一日が終わるのだろう――
だが、その日はいつも通りとはならなかった。