10.獣の舞
光の中にすらりと伸びた女性の足が見える。
「……?」
ゆっくりと近づく彼女に気づいた男は、静かにアサルトライフルを構え仲間に合図を出す。瞬く間に男が4人になり、それぞれが距離をとり、彼女を取り囲むように素早く位置を固める。
あやめさんはそのままゆっくりと近づく。
「……私は主君無き円卓の騎士団から派遣されたものです。無駄な争いは好みません。抵抗せず――」
彼女の言葉が終わる前に男の一人が引き金を引く。問答無用の非情なる攻撃。だが、彼女も予想していたのだろう。放たれた弾丸が彼女に当たることはなかった。
チュインッ
鞘から半身を抜いた刀で銃弾を流すと、抜刀の構えを見せたままジグザクに男たちへと接近する。恐ろしいスピードだ。
だが、男たちは驚く様子も見せず、彼女に集中砲火を浴びせる。それをものともせず、間合いを詰めていく。
――と、意識の外からの雷光が男の一人に浴びせられた。
巨大な大砲を受けたような爆音と共に男が吹き飛ぶ。彼らが反応するのに合わせ、雷光の主、ミティは素早く場所を変えながら2撃目を準備する。
注意をそらされた事に気づいた一人が、あやめさんが居た方角へと振り向く。
時すでに遅し――
すでに肉薄していた彼女が、目にもとまらぬ早業で抜刀。
彼の持つアサルトライフルをまるでおもちゃのように真っ二つにたたき切る。
それに気づいたもう一人は、非情にも仲間ごと、あやめさんに銃弾の雨を浴びせる。が、彼女は刀をくるりと回転させ――まるですくい上げるような動きで銃弾を刃で受け止めると――その威力を殺すことなく撃ち込んできた男へと返す。
あまりにも華麗なる曲芸。
男は自分が撃った銃弾の雨をそのまま受け、きりもみしながら地面へと突っ伏した。
圧倒的すぎる。
僕は遠目から見る二人の活躍にただただ、見惚れていた。これが護衛騎士でも有数の実力を持つ2人の動きなのか。
だが、相手もただやられているばかりではないようだ。
――無傷の一人にミティの雷撃が飛ぶが、彼は両手を目の前で交差させると、稲妻は突然、角度を変えてトンネルの天井にぶつかり火花とコンクリートの瓦礫の雨を降らす。
一瞬、驚いた顔をしながらもミティは3撃目をバチバチと貯める。
「逸らすなんて、やる……!」
銃を切られた男も狼狽することなく、目の前のあやめさんに仁王立ち。すると、ごきごきと筋肉が隆起しはじめ、その形を変え始める。
「獣人……!」
あやめさんはそう呟いて、とっさに半身を引く。刹那――彼女の顔があった所を鋭い爪が空を裂く。避けなければ彼女の美しい顔がもぎ取られていたかもしれない。
身の丈が彼女の倍はありそうな人狼へと変貌した男がよだれをまき散らしながら雄たけびを上げる。
呼応するかのように、もう一人も猪のような形に変貌する。
――いや、それだけではない。
倒したと思っていた最初の二人も人の姿をした獣へと変異しながら、戦線に復帰してくる。
4人の獣人が2人へと殺到する――
あやめさんは鋭い爪の斬撃を刀でいなしながらも返す刀で反撃を加えていく。爪と刀が交差し、火花を上げ、暗いトンネルの中に明と暗の美しいコントラストを生む。
――まるで舞を踊るかのようだ。
彼女は髪をなびかせて、軽やかに猛攻をさばいていく。しかし、深手を与えるにはいたらず、相手の勢いを削ぐことはできないでした。
「もう!うっとうしーの!」
ミティは激昂しながら両手をいなびかせた。壁を駆使し、縦横無尽に接近と離脱を繰り返す獣人たちに中々上手く攻撃を当てられずにいらいらを募らせている。
やばい、なんとかしないと。
依然、不利な状況には見えないが軽傷ではものともせず、連携を駆使して絶え間なく攻撃を繰り出す獣人たちに手を焼いているのは明らかだった。
傷一つ負わず、華麗に舞い続ける彼女たちだが、いつ取り返しのつかない状況になるかもわからない。
動け、俺。彼らを相手に一太刀浴びせる事すら不可能に近いだろうが、それでも囮くらいはできるはずだ。
そうなればこの拮抗状態も崩れる。そこに勝機があるはず。このまま足手まといのままでいいのか?
目の前で繰り広げられる異次元の戦いに、足がすくみながらもなんとか勇気を振り絞り、駆け出そうとした――
その瞬間だった。
首元を強い衝撃が襲い、僕の身体が持ち上がった。
背後から首を鷲づかみにする形で、誰かが僕を捕まえたのだ。
「ぐぇ」
鶏を絞めるような情けない声が出る。
しまった。
目の前の戦いを見るのに夢中で後ろなんかまったく警戒してなかった。
必死に顔を動かして背後を確認しようとしても、がっしりと首をつかまれているせいで微動だにしない。地面が見つからず、足をばたつかせる。
僕は死を確信した。
「姉ちゃんたち。そこまでぇ」
頭のすぐ後ろから、ドスの利いた声がする。
その声にピタリと獣人たちは攻撃の手を止め、二人は僕の方へと視線を向ける。
あやめさんが悲痛な表情を浮かべる。
「ネズミにしてはえらい大物やと思ったが、なんや、一匹はハムスターみたいやな」
聞きなれない方言で背後の男が言う。
「すび……ませ……」
顔をゆがませるあやめさんに自責の念を感じて思わず謝ろうとしたが、気管を抑えられてひねり出すような声しか出なかった。
「その手を今すぐ放してください。でないと、その首、斬り落とします」
恐ろしいまでの殺気があやめさんから僕を貫き、背後の男に向けられるのを感じた。だが、男は逆に僕の首筋に鋭利な爪を食い込ませて笑う。
「あんたがえらい素早いのは見とったわ。でも、その前にこの首掻っ切るのとどちらが早いか……早撃ち勝負でもしてみるか?」
首を絞めつけれて、息ができなくなる。必死に悶えて抵抗するが、両手に渾身の力を込めても彼の指一つ剥がすことはできなかった。
「くっ……」
「そっちの嬢ちゃんも下手な真似はせんようにな」
「わかってる」
ミティも貯めていた電撃を消して、無抵抗であることをアピールする。
「安心せえ。ちょうどワイらも困っとった所や。ちょいと手伝ってくれたら、このにーちゃん無事に返してやってもええで」
男がケタケタと笑う。
僕の心臓がきゅっ締め付けられる。
やはり、僕なんかついてくるべきじゃなかったんだと心の底から後悔した。




