1.獣を宿した日
第一章は、主人公が力に目覚めるまでの物語となります。
つたない文章ですが、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
「力なき少年よ。なぜ立つ?」
黒い獣を従え、フードの男はそう告げる。
だが、彼の前に立つ少年はその問いに答えることができなかった。
少年は、震える両足で立っているのがやっとだった。
右目には大きな傷ができ、顔面の半分が真っ赤に染まっている。
身体の至る所から血がしたたり落ち、全身が想像を絶する激痛で軋む。
――もうすぐ死ぬ。
少年は幼いながらもそれに気づいていた。その恐怖に涙を流し、震えながら、それでも歯を食いしばって両足を支え、手を広げる。
常人では到底、耐えられるような状態ではないのは明らかだ。
それでも、少年はなんとか意識を繋ぎとめている。
少年には守るものがあった。命をかけるのはそのためだ。
――背後で横たわる、彼女のため。
フードの男も、それには気づいていた。
押せば倒れてしまいそうな彼をしばらく眺めると――
「……友よ。私はこの少年に賭けてみたい」
男は黒い獣の背中を撫でながら言った。
それは少年ではなく、漆黒の肌、というにはあまりにも無機質な表面をした『獣』へと向けられたものだった。
獣は一度フードの男を見上げ、何かを理解したようにゆっくりと少年に歩み寄る。
少年はびくりと身を震わせた。
自分よりも大きく、それこそ少年を一口に飲み込んでしまえるような大きさの獣が自分へと近づいてくる。
だが、その場から逃げ出すことはなかった。
狼によく似た獣は『三つの首』を揺らし、鋭い、真っ赤に輝く眼光を少年へと向けた。
「少年。君のその勇気を称え、今一度、人を信じてみようと思う。君の勇気が本物であると改めて証明した時、友が力を貸してくれるだろう。だが、扱いきれるかは君次第だ」
フードの男は優しく、語りかけた。
その言葉は慈愛に満ち、まるで我が子を諭すような口ぶりだ。
すると、少年のそばまで来た黒き獣が突然、ドロドロと形を崩し液状化した。
黒い液体と化した獣は足元から少年の身体へと触れると――そのまま足から胴体へ、ゆっくりと浸食していく。
異物が身体に入り込んでくる気持ち悪さに、少年が嗚咽を漏らす。
黒き獣が全身を覆うと――少年の身体に溶け込むようにして内側へと消えた。
すると、少年の身体から、徐々に痛みが消え、心臓の鼓動が正常なリズムを取り戻し始めた。
――それと共に気持ちのいい怠惰感が襲う。
少年の視界がぼやけ始める。
赤みがかって見えた世界がどんどんと――暗くなっていく。
――瞼が重くなり、意識が遠のく。
少年は何とか抗おうとするが、彼の力はあまりにも無力で、膝をつき、そして――。
どさりと横たわった。
「願わくば、彼の行く末に幸あらん事を」