初対面男子に弟を勧められた女子高生の話
勢いで書いて、無理やりハッピーエンドにしました。お許しください。
季節がかなりずれてます。
今は夏です…。白いカッターシャツが眩しいです。
「好きです!俺の弟と付き合ってください!」
「…はい?」
下校の時間。下駄箱に、体育館裏への呼び出しの手紙。
もしかして、告白?モテ期到来?なんて考えて、来てみたら知らない人。ものすごいイケメン。ネクタイピンの色から、同じ学年だとはわかるけど…。
なんて考えてたら、前振りなしに、こんな事を言われた。今頭の中、?がいっぱいです。
「え、あの、聞き取れませんでしたか!?じゃあ、もう一度。好きです!俺の弟と付き合ってください!」
言い直されたけど、聞き違いではなかったらしい。
確かに「俺の弟と」って言った。
でも、「好き」とも言った。
どういう事?
「…あの、お名前伺っても?」
「え!あ、すみません!周りが有名だなんだって言ってるんで、知ってるかと…。俺、瀬戸春希って言います!弟は1個下で、瀬戸秋斗!今年の春に転校して来て!」
有名?瀬戸って、まさか…!
あの、瀬戸兄弟!?
嘘でしょ。確かに有名だわ。春に転校して来て、イケメン仲良し兄弟、って話題になってる。現在進行形で。もう3ヶ月近く経つのに。
私は2年1組で、瀬戸兄は2年6組。すなわち、端っこ同士だから、会う機会なかったんだよね。周りの子達は、わざわざ6組の教室まで見に行ったりしてたみたいだけど。
爽やかイケメン。スポーツ万能で、サッカー部のすでにエース。皆の人気者。それが瀬戸兄。
クールイケメン。定期考査学年1位で、全国模試も1位の天才。笑うと天使。それが瀬戸弟。
有名人だわ。見た事ないイケメン、って時点で気づけたな。ここまでのイケメンを、こんな生では見た事ないし。抜けてるな私。
…って!この人の正体はわかったけど、肝心の事が何もわかってない!
「ごめんなさい。顔は見た事なかったけど、知ってます。それで、えっと、話を詳しく聞かせてもらえますか?」
「あ、ありがとう!じゃあ、こっち座って話そ!」
…笑顔が眩しい!
イケメンの笑顔って、凶器かもしれない。
座って話す事になった。つまり、それなりに長くなるって事だよね。
このイケメンの隣に!長時間とか!
無理!耐えられない!心臓止まる!あと、誰かに見られたら終わる!殺される!
とはいっても、今さら抵抗もできず。
「えっと、何から話すかな。あー、俺の弟は、知ってる?」
「噂だけなら。」
「噂っていうと?」
「クールでかっこいいとか、全国模試1位とか。」
「うん。でも、クールっていうよりさ、人嫌い、なんだよね、あいつ。」
「…人嫌い。だから、そっけない態度をとってる、みたいな?」
「そう!心開くまでがなかなか大変というか。前は友達いたんだけど、そいつらといろいろあって、さ。」
「そっか。それで、その、私は…?」
「あ、それでな!昔仲良くなった幼なじみに似てたから、秋斗もいけるかなって!」
「…幼なじみ?」
「うん!小学生の時にアメリカ行っちまって、それ以来会えてないんだけどさー。そいつとは秋斗もすげー仲良かったんだ!だから、その時を思い出してもらおうと思って!」
「…それで、付き合う、っていうのは?」
「おう!弟の人嫌い克服のために、付き合ってほしいんだ!」
…ん?
何かがおかしい。
まず、瀬戸弟は人嫌いで、瀬戸兄はそれを治そうとしている。
瀬戸弟と仲の良かった幼なじみが、私と似ている。
似た子なら、心開きやすいかな。てことで、付き合って!
…ん!?
えっと、明らかに、おかしいよね!?
何故「付き合う」なの!?「友達」とばす!?あと「好き」ってなんだったの!?
この人、ちょっと頭おかしいのかな…。
「…まず聞きたいんだけど、瀬戸君のいう『付き合う』って何?」
「へ?えっと、『付き合う』は、恋人になる事じゃねーの?」
「何当たり前の事聞いてんの?」みたいな目で見ないで!
はあ。そこで「友達になる事」とか言ってくれたらまだ良かったのに。
「…じゃあ、なんで私と瀬戸君の弟さんが、恋人になればいいと思うの?友達で、良くないかな?」
「でも、男女の友情はもろい、って聞いたから。」
「…誰から?」
「秋斗が、そうだって。」
何なのこの人!?平然とした顔で、意味わかんない事言わないでくれるかな!?
友情がダメなら恋、って無理でしょ!恋こそもろいでしょ!しかも、いきなり恋人になったら、もろいどころじゃないでしょ!
「…私も弟さんも、お互いの事知らないのに、急に恋人はむずかしいんじゃないかな?弟さんも困ると思うよ?」
「確かに困るだろうけど、このままじゃあいつはあのまんまだ!それじゃダメなんだ!あいつが変わらないと、俺も…!」
「…?」
「っ!わりい。なんでもない。」
…そんな切羽詰まったような顔されたらなあ。私がお人好しで定評がある事知っててやってるの?
「…顔見知りになって、もし会ったら声かけるようにする。それだけなら、いい。」
「っホントか!」
「でも!会う時はちゃんと瀬戸君が紹介してよ。自分から行くとか無理だから。」
「わかった!ありがと、ホント助かる!」
あーあ。そんな笑顔見ちゃったら、しょうがないなってなるじゃん。え?ならない?イケメン限定?
…そういや、この人の頭がおかしい事に気づいて、この人がイケメンって事忘れてたな。満面の笑みなのに、特に何も、って感じだ。友達にも枯れてる、ってよく言われるんだよね。ははっ。
「じゃあ、明日!昼休み、いいかな!」
「いや、昼休みは目立つし、今日みたいに、放課後にここでいいんじゃないかな?」
「そっか。そうだな、それで!」
「うん。それじゃあ、また明日。」
「おう!また明日!」
…台風みたい。疲れた。
それにしても、やっちゃったな。イケメン兄弟と接点を持つなんて、バレたらどうなるか。
すぐバレるだろうな。あの調子だと、瀬戸兄は学校でも構わず声かけてくるだろうし、瀬戸弟には自分から声かけなきゃだし。憂鬱。
…あ!「好き」の意味、聞くの忘れてた。
てか、聞けないか、意味なんて。たぶん、誰かからの変な入れ知恵だろうな。あの「好き」に深い意味なんてものは一切ない。弟とくっつけたがるぐらいだしね。
よくわかんない人だったな。あれでモテるのか。顔か?顔なのか?あと運動神経いいから?
まあ、とにかく!頑張ろ…。
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翌日放課後、体育館裏。
昨日と違い、1人増えました。
「おまたせ!これが俺の弟の秋斗!」
「…。」
「おい、挨拶くらいしろよ。」
「…。」
瀬戸弟は人嫌い。なのに、知らない人に合わせるために無理やり連れてこられたんじゃあ、このむすっとした顔もわかるよなあ。しかめつらでもイケメン。ずるいな。
そういや、瀬戸兄はなんて言ってここまで連れてきたのかな?私の事はどう言ってあるんだろう?
「こちら!俺と同い年の平山楓さんだ!」
「…どうも、平山です。はじめまして。」
「…。」
「なあ!愛梨彩に似てると思わねえ?あの小学生の時のさ!」
「…確かに。似てる、かもな。」
「だろ!だから、お前も話しやすいと思ってな!いいリハビリになると思わないか!」
「ならない。帰る。」
「ちょっ!待てよ!」
兄弟喧嘩始められてもなあ。困った。思ってた以上に意固地になってるようだ。面倒だなあ。
私はお人好しだけど、面倒くさがりでもあるんだ。お人好しの方が、いつも勝っちゃうんだけど。
早くしてくれないと、私の帰る時間が遅くなるじゃん。先にどうにかしておいてよ。というか、瀬戸兄は本気で、幼なじみと顔が似てるだけの私に、弟が心を開くと思っていたのか?バカなの?
私がただ兄弟喧嘩を静観していると、ふと瀬戸弟がこっちを見た。何?どうかしたか?
「…あんた、何が目的?俺?兄貴?」
「おい!平山さんはお前の事を思ってだなあ!」
「それだけな訳ないでしょ?ねえ、兄貴たぶらかして俺に近づいて。何がしたいの?イケメンはべらせたいの?自分の顔面偏差値わかってる?」
「おい秋斗!平山さんに失礼だろうが!」
…思った以上に面倒。なんで瀬戸兄は、相手を男にしなかったかな。同性の方が絶対良かったでしょ。女だからこんなに警戒されるハメになるんだ。その辺まで考えてやってよ。
とはいっても、引き受けたのは私だし。やるしかないかな。
「私、いっつも後悔してばっかりで、ホントこの性格直したいって思うんだけどさ。簡単には直せないものだよね…。でも、今までで一番後悔してるかも、今回の件。」
「…平山さん?何の話を…?」
「私昨日初めて瀬戸君、お兄さんの方に会ってさ、初めはイケメンでかっこいい!ってなってたけど、話してみたらイケメンとかどうでもよくなるほどおかしな人で。でも、かなり切羽詰まった様子で頼まれちゃったから断れなくて。それは私の自業自得だけど、あなたたちに罪はないけど。それでも、弟さんの方にも会ってみたら、2人のファン扱いされて軽蔑の目で見られて。」
「…ひらやま、さん?」
「私はあんた達の顔がどんなに良かろうが、その性格的に関わりたくない。けど、引き受けちゃった以上は投げ出さずにやるつもり。それで?目的はただ意地を張るためだけど、どうする?この話をなかった事にするなら、私は大喜びなんだけど。」
…面倒なんで、全部吐き出しましたー!
私のうじうじした愚痴を聞いてくれる友達もちゃんといるから、もしこれで最悪の事態になっても、きっと大丈夫!なんとかなる!
…この人達のファンにバレていじめられるのが、一番ヤバいかな。ただ興味なくしてくれる、とかがいいんだけど。
ニヤリ。
瀬戸弟が笑う。
あ。もっと最悪なやつきた。
「へえ。ごめんね、ひどい事言って。それなら付き合ってもらおうかな、リハビリ。いいよね?」
より興味を持たれるパターン!イケメンだから、ちやほやされてきたからこそ、自分に興味を持たないやつは珍しいから気になる!ってやつだー!最悪!
クールとかとんでもない。ドSだ。嫌なやつに捕まっちゃったよー!
「えっと、その、いいの、かな?」
瀬戸兄は、私の豹変っぷりに引き気味。あと、私が「おかしな人」って言ったからか、落ち込んでる。ごめんね。でも、事実だし。
「…すでに引き受けた事だから。やるよ。知り合いになって、たまに話すだけだけど。」
「…ありがとな。悪いな、付き合ってもらって。」
「もういいって。気にしないで。」
こうしてると、普通にいい人。人気者なのもわかるなあ。
暴走した時だけ、おかしくなっちゃうのかな?それか恋愛事情は全然とか?イケメンって、どこかしら残念ポイントがあるものだよね。完璧だったらずるすぎるしね。
「じゃあ、これからよろしくね。平山先輩。」
「…うん。よろしくね。えっと、秋斗君。」
さらっと近づいて、肩を組んできた。人嫌いはどこいった?ドSは人嫌いを超えるの?
まあ、ひねくれた感じだし、きっと自分に惚れさせて「それ見た事か」と笑うつもりなのだろう。
絶対惚れるか!
さらっと流して、瀬戸弟から離れる。あんまりベタベタされるのは好きじゃないんだよね。
というか、男子を名前呼びとか、落ち着かない。慣れてないけど、あんまりテレると良くないよね。毅然とした態度で接しないと。
瀬戸弟はニヤニヤ。瀬戸兄は苦笑い。
これからどうなる事やら。
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翌日、昼休み。
「平山先輩。ちょっと来て。」
ざわざわ。廊下がうるさいと思えば、瀬戸弟です。絶対面白がってわざとやってる。注目を浴びるのは目に見えてるのに。
ゆっくりしていたら教室の中まで入ってきそうなので、さっさと瀬戸弟の元へ。
「どうかした?」
「連絡先、知らないなと思って。」
「…そうだね。必要かな?」
「学校じゃ会う機会ないし。付き合ってくれるんだよね?」
ざわざわ!「付き合う」という言葉に、皆が反応してる。これもわかってやってるな。
「コミュ障治すためのリハビリに付き合う、って言ったもんね。いいよ、交換しよ。」
瀬戸弟がほんの少し眉をひそめる。「コミュ障」だなんて、外聞悪いよね。仕返しです。
でも、周りは「恋人じゃない」という点が大事なようで、特に気にしてなさそうな様子。イケメンだからか。ずるいな。
どちらにせよ、私が瀬戸弟と特別な関係である事は確かで、問いただされるのはもう決定だな。
「これでいいね。それじゃあね。」
「…そんな追い返さなくても。」
「でも、お昼食べる時間なくなっちゃうよ?」
「…わかった。じゃあね、平山先輩。」
さっさと済ませて、さっさと追い返した。私に言いくるめられてイライラしているようだったけど、周りには気づかれない程度のポーカーフェイス。学校では「クール」で通ってるんだもんね。ただのドSなガキだと思うけど。
で、予想通り問いただされるハメに。
言い訳を考えるのも面倒なので、「付き合う」は外して、ほとんどそのままの事実を伝えた。もちろん、2人が残念イケメンなのは言ってない。言ったって信じてもらえない。
羨ましがられたけど、下心がないからこそだ、と言い張れば、なんとかわかってくれた。私が枯れてるお人好しだって事は、皆知ってるからね。ははっ。
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翌々日、昼休み。
「あ、平山さん!ちょっといい?」
瀬戸弟との関係が噂となって、かなり居心地の悪い思いをしている今日この頃だが、1日空けて瀬戸兄がやってきた。さっさと追い返すために、さっさと瀬戸兄の元へ向かう。
「どうかした?」
「明日なんだけどさ、もしよかったらデートしてくんない?」
ざわざわ!「デート」という言葉に、皆が反応してる。この人は何もわかっていない。わざとではない。だが、だからといって…!
「…遊びのお誘いかな?デートなんて、彼女との時しか使わない方がいいよ。」
「あーそう?でも、男女2人で遊ぶのはデートだって秋斗が…。」
「それでも!ただの知り合いとの遊びはデートではないと思うし。それで?どういう事か説明してもらっても?」
「えっと、これ!遊園地のチケット、母さんからもらったから、一緒にどうかなって。」
…これはもしや、瀬戸弟も一緒?瀬戸弟のリハビリのための遊び?ていうか、この人が私に関わってくるなら、それしかないよね?持ってるチケット、3枚だし。
「…弟君のリハビリって事?それなら先にそう言ってくれたらよかったのに。3人で行くの?さすがに弟君も瀬戸君が一緒の方が安心だよね?」
「あ、いや、えっと…。そう!3人で、行けたら、いいかな、と!思って。うん、そう。」
「明日は予定ないしいいよ。でも、私が入るよりは男友達と3人の方が楽しめるだろうから、また探してみたらどうかな?同性の方が話しやすいし、リハビリにもいいと思うよ?」
「え!ああ、そっか。確かに、そうかも。えと、ありがとな。じゃあ、そういう事で。」
「わかった。それじゃあ。」
なんだか瀬戸兄の様子がおかしかった。初対面の頭おかしい感じとは違った違和感。大丈夫かな?
まあ、追い払えたしいっか。
また問いただされるハメになるが、一昨日と同じ説明を繰り返すだけ。
皆は下心あるから、瀬戸弟に引かれるんだよ。押してダメなら引いてみろ、でしょ。まあ、瀬戸弟は演技や嘘はすぐ気づきそうだけど。
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翌日、朝。遊園地最寄り駅前。
「ごめん、待った?」
「ううん大丈夫早い電車で来ただけだから。」
デート定番の「ごめん、待った?」「ううん、今来たとこ。」なんて、やってたまるか!瀬戸弟、顔が少し強張ってるぞ。
ついでにいうと、一本どころじゃなくかなり早い電車で来た。じゃないと、逆ナンされまくる2人の所に、1人で突撃するハメになるから。絶対無理!
「悪いな、待たせて。じゃあ行こうか。」
瀬戸兄は爽やか。私達の攻防に一切気づかず。鈍感系ってやつかな。
今日は3人で遊園地。とても面倒な事に、瀬戸弟のリハビリだから、瀬戸弟が心を開けるように、私が何とかしなければならない。
つまり、ただ遊園地を満喫する訳にはいかない。のだが…。
気づけば夕方です!アトラクション乗りまくって、昼食も可愛くて、はしゃぎまくってたら。もう終わりだと!?
まずい。今日一日の2人の表情を覚えていない。まったく気にせず、1人はしゃいでた気が…。
恥ずかしい!穴があったら入りたい!
ずっと私が先導してたから、今2人は私の後ろにいるんだけど。振り向きたくない。怖い。特に瀬戸弟。
そうやって1人反省会してる間に、最後に乗ろうと思っていた観覧車の前まで来てしまった。
ここで密室はつらい!怖すぎる!でも観覧車…。
諦めて乗りました。
「…あの、2人とも。今日は、振り回して、ごめんなさい。」
「え?えっと、平山さん?」
「…私1人ではしゃいじゃって。2人の事何も考えずに好き勝手しちゃって。」
「いや!普通に楽しかったよ?平山さんの教えてくれた、アトラクションを楽しむポイントとか、面白かったし!」
「…ホント?」
「ホントホント!楽しかったよ!ありがと!」
まったくそんな事を話した記憶がないのだが、瀬戸兄は楽しんでくれたようだ。よかった。
「…初めは、わざと俺らを振り回してんのかと思ったけど、普通にはしゃいでたな。」
「うう。リハビリのはずだったのにね。ごめん。」
「…でも、楽しかったし。」
「…へ?」
「…あんたが楽しそうにしてるから。俺も兄貴も楽しかったよ、ちゃんと。ありがと。」
まさか瀬戸弟に礼を言われるなんて。しかも、あの天使スマイル付き。もちろん、素の笑顔だ。
「そっか。2人が楽しめたなら、よかった!」
私も自然と笑顔が溢れる。
瀬戸弟は、下心で近づかれるのが嫌い。だから、何も考えずに1人ではしゃいでる私を見て、警戒するのがバカらしくなったのだろう。
結果オーライ、だな。
観覧車から見える夕焼けに染まった街は、とてもきれいだった。
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翌々日、朝。
「楓先輩。おはよ。」
ざわざわ!名前呼びに周りが反応してる。わざとだなこら!通学路で人たくさんなのに!
と振り返ると、そこには天使が。
…なんで笑ってるの?しかも、素の笑顔に見えるのは、気のせい?
「楓先輩?」
「…お、おはよう。」
「うん。おはよ。」
何故か天使スマイル。からかってる感じじゃない。たぶん。ホントにどういう事?
しかも、そのまま隣を歩く天使。なんなのホント?
「…お兄さんは、一緒じゃないんだね。」
「兄貴とは、いつも一緒って訳じゃない。それに、今日は楓先輩と2人きりで話したかったから。」
「…リハビリの成果は、もう出てるみたい、だね。私もお役御免かな。」
「…そんな事言うんだ。楓先輩って案外薄情だったんだな。」
「いや、それは…。でも、私じゃなくても、友達ならいくらでもできるよ。」
「俺なら?」
「…うん。」
「楓先輩?」
「…秋斗君、なら、できるよ。」
ダメだ。性格に難がある人には強気でいけるけど、素直に来られたら逃げられない。からかってるのはわかるけど、前までの警戒してのからかいじゃないからなあ。
名前呼び、避けてたのに。男子の名前なんて、呼ぶ機会ないから、ホント慣れないんだよ。テレちゃうんだよ。顔赤いのが、自分でもわかる。
「…それさ、兄貴にもしてみな。」
「…へ?」
「兄貴の事も、名前で呼んでみろよ。絶対喜ぶ。」
「…それは。」
「あと。俺は楓先輩と縁切る気ねーから。さっさと覚悟決めろよ。」
言うだけ言って、行っちゃった。
縁切る気ないって。逃げ場、ないだろうな。覚悟決めるしかなさそう。あとは。
瀬戸兄を、名前呼び、かあ。
無理だな。絶対。
頭のおかしな所を抜けば、かなりの完璧イケメンだし、同級生を名前呼びはちょっと…。
苗字じゃ兄弟でカブっちゃうから、名前で呼ぶのが普通なのはわかるんだけど…。基本的にこの2人は誰からも名前で呼ばれてるし。
でも、やっぱ、照れる。無理。
どうしたものか。
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それから1週間。
瀬戸弟は毎朝接触して、名前呼びを引き出していく。その間ずっと天使スマイルだ。
噂では、下心ありきで近づいてくるやつらはあしらい、それ以外とは割と上手くやってるらしい。リハビリの成果だな!やった!
でも、瀬戸兄とは、あの遊園地以来、一切会っていない。連絡先も知らないから、会いにくるか、会いに行かないと、関わる事などない。
まあ、彼らの転校から3ヶ月経って、瀬戸兄の呼び出しでようやく顔を知ったくらいだからね。偶然会う可能性など、皆無に等しい。
このまま、何もなかったかのように、離れていくんだろうな。
もともと、幼なじみに顔が似ている、ってだけの縁だ。リハビリも終わったし、もう関わる理由がない。
世界が違うのだ。瀬戸兄はイケメン。リア充でカースト上位の学園のアイドル。平凡なただのお人好しの私が、その隣に数秒いられただけでも奇跡。
それでも、ふと思い出してしまう。遊園地を出て、別れ際。
『今日は楽しかったよ。やっぱ平山さんでよかった。ありがとな。』
満面の笑みで、!をつけたような話し方をすると思っていたのに。少し照れくさそうに、優しく笑って、ささやくように言うから。
夕方でホント良かった。じゃなきゃ、顔が赤いの、バレてたと思う。
あの時、意識した。
瀬戸春希という、1人の男子。
あー!忘れろ!
イケメンは何をしても似合う!それだけの事!
瀬戸兄の事は頭の隅っこに追いやり、いつもと変わらない学校生活を送る。
そして、下校の時間。下駄箱に紙。デジャヴかな。
『今日放課後、体育館裏に来てください。』
2週間前の下校前にも、同じものが下駄箱に入っていた。その時は、まさか告白?なんて考えてた。
同じ筆跡。今度は何かな。
体育館裏へ行くと、あの時と同じように、彼は先に待っていた。あの日、何の前振りもなく、突然こう言われたんだっけ。
『好きです!俺の弟と付き合ってください!』
「好きです!俺と付き合ってください!」
「…はい?」
…驚きすぎて、あの時と同じ返事をしてしまった。
「え、あの、聞き取れなかった?じゃあ、もう一度。好きです!俺と付き合ってください!」
言い直されたけど、聞き違いではなかったらしい。
確かに「俺と」って言った。
そして、「好き」とも言った。
どういう事?
「…あの、お名前伺っても?」
「え、あ、俺は…。って、平山さん!?」
「…ははっ!ごめん。なんかあの時と同じだなと思って。」
ついからかってしまった。
…現実逃避もかねて、かな。
「あの時の事は…。ホント、ごめん。意味わかんない事言ってたよな。自分でもそう思う。かなり緊張してたから。」
「…緊張?」
「…俺、平山さんの事、好きだよ。弟のは、幼なじみと顔が似てるからいいかも、って思ったのはホントだけど、きっかけづくりになると思って利用した部分もある。」
…私の事、好き?
…きっかけづくり?
「毎日放課後にさ、花壇の水やりやってるだろ?あれ係でもなんでもないのにやってる、って聞いて、すごいなってずっと思ってて。いつも帰る前に、花壇前の廊下通って、後ろ姿見てた。たまに鼻歌とか聞こえてきて、可愛いなってずっと思ってた。他の場所でも、後ろ姿ですぐ見つけられた。」
…確かに、今年の春に、たまたま先生に押し付けられた花壇の水やり、毎日やってた。友達にはまたお人好しと言われたけど、やるならちゃんとやろう、と楽しく頑張ってた。
…まさか見られてたなんて。
「目が自然と追うようになって。でも後ろ姿と声しか知らなくて。周りが呼んでるとこから名前知って。たまたま下駄箱の前にいたの見た時に、下駄箱の場所覚えて。でも、声かけられなかった。なんて話しかければいいのかわかんなくなって、何もできなかった。」
…何も、知らなかった。
…そんな風に想われてた事。
「初めて顔を見たとき、幼なじみの顔と似てる事に気づいて、今回の事を思いついた。秋斗の事心配してる所でもあったから。それに、秋斗の事放って彼女作るとかできないし。」
…幼なじみと似てる。
…それが理由で、出会った訳じゃなかったんだ。
…それはただの、口実。
「なんとか手紙は下駄箱に入れられたけど、完全にテンパって、好きだって言っちゃったし、弟の友達じゃなくて恋人勧めてるし、訳わかんなくなって意味不明な事話しちゃうし、家帰って我に返って、死にそうになった。」
…あれ全部、テンパった結果なんだ。
…頭おかしい人、って訳じゃなかったんだ。
「ホントは、遊園地は2人で行きたいと思って誘ったんだ。でも、間違えてチケット3枚見せちゃうし、2人なんて言って断られるのが怖くて、結局3人になっちゃって。」
…あの時、どこかおかしい様子だったのは、そのせいだったのか。
…鈍感系とか思ってたけど、私の方が、だな。
「でも、はしゃいだ平山さんを見たのは初めてだったから、すごく嬉しかったし、こっちも楽しかった。すごく幸せだった。ただ、秋斗が心を開いたのが、嬉しい反面、平山さんを取られないか心配になって。秋斗が平山さんと仲良くしてるのを聞いて、怖くなって、逃げた。会いに行けなかった。でも、もう逃げたくない。」
まっすぐな瞳で、私を見る。
心臓が、うるさい。顔も、熱い。
「好きです。俺と、付き合ってください。」
頰が少し赤くて、耳なんか真っ赤で。
緊張が伝わってくる、真剣な表情で。
まっすぐに、射抜かれて。
「はい。」
こんなの、好きにならない方がおかしい。
真剣な顔。
イケメンな笑顔。
切羽詰まったような顔。
満面の笑顔。
怒った顔。
ちょっと引いた顔。
落ち込んだ顔。
困ったような顔。
緊張した顔。
取り繕った笑顔。
爽やかな笑顔。
慰めの笑顔。
少し照れくさそうな、優しい笑顔。
全部、大好きだ。
もっと、見たい。知りたい。
瀬戸春希という、1人の男子の事を。
「…春希、君。」
「っ!」
「好きです。」
笑顔で言えた。
やっぱり名前呼びは恥ずかしい。顔が赤いのがわかる。
それでも、言ってよかった。
春希君の、最高の笑顔が見られたから。
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