3章24話『炎の使役』
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます」
ここは《ブエノスディアス》のホール。アオイさんはそのステージに立ってマイクを持っていた。
彼女の目に映るのは招集された冒険者達。総勢800人の精鋭達だ。その中には俺やゼロ、ティリタ、タルデも含まれている。
「これより、『血塗られた舌』殲滅作戦を開始します」
アオイさんがそう言うと、周りの冒険者達の背筋が伸びた。
「事前に説明した通り、A班、B班、C班、D班に別れて行動します。各班の代表の指示に従って動くようお願いします」
今回突入するのは『血塗られた舌』の本拠地の砦跡。4日前の『アティエンタス』後、『血塗られた舌』の地下の拠点は完全に崩壊してしまったそうだ。そのため砦跡の方を新たに拠点として使っているらしい。
各班はそれぞれ東西南北に別れて制圧を開始する。俺はC班、南の担当だ。担当者はエスクードさん。
「《アスタ・ラ・ビスタ》の調査で各方位に大砲や固定砲台、それと狙撃手達が配備されているだろうと判明しました。
ですので、まず狙撃の腕のある方々が敵の狙撃手を射殺し、その他の遠距離攻撃職の方々が固定砲台を破壊。その後近距離攻撃職の方々が距離を詰めて大砲の操作を行っている敵兵を殺してください」
『血塗られた舌』が置いた固定砲台は『アティエンタス』後大急ぎで取り付けたため、脆いと予測されているらしい。最上級魔法を放てば簡単に破壊できるとの事だ。
「砦跡の内部構造は解析済みです。有名な遺跡という事もあり、とある書物に内部の見取り図が載せられていました」
その見取り図はここに来る前に既に配られている。俺は改めてそれを見た。
ちゃんとした入り口は1つしかないが、非常用脱出扉が各方角に1つあるらしい。そこから突入するのだ。
中に入ると、一階には小さな部屋がいくつかと大きな部屋が1つ。その中央には2階、3階への階段がある。
が、ここも『血塗られた舌』によって守られていると考えられている。手榴弾等で不意を打つといい、とアオイさんは言っていた。
「『血塗られた舌』の長は3階からまた少し上がった4階にいると推測されています。もちろん多くの護衛がついていることでしょう。十分警戒して行動してください。
特に、『血塗られた舌』は銃火器等の武器を頻繁に使用していると見られます。銃の固定ダメージは《GRD》や《SID》は何とかなるものではありません。一応支給した防弾チョッキを着用していれば大事には至りませんが、それでも過信は厳禁です」
『アティエンタス』は最終的に『信仰組』の勝利という形で幕を閉じた。『信仰組』がいち早く銃火器、魔法武器に手を出した事が勝因となったのだ。
『血塗られた舌』はまだ銃火器に頼るだろう。それが一番安定して、なおかつ強いのだから。
「最後になりますが」
アオイさんが目の色を変えた。
今まで淡々と作戦の説明をしていた冷静な目から、優しくも強く燃える情熱の目に変わった。
「たとえどんなに大きな犠牲を払ったとしても、正義に適う悪は存在しません。我々の正義を、この世界に突き付けましょう」
アオイさんはそう言うと一礼してステージから退場した。
ホールは勇気と覚悟で満たされていた。アオイさんの一言が冒険者達に勇気を与えた。
俺達はその熱を胸に閉じ込めたまま、砦跡へ向かった。
「C班、これより突入を開始します」
エスクードさんは突入命令を出すと同時に展開式の盾と鎧を広げ、俺達より遥かに前を歩いた。
「よし、俺達も行くぞ」
俺は3人の顔を見る。全員、真剣な表情で首を縦に振った。
今回俺達は砲兵の対処を任されている。サポート役のティリタを除き、全員が近距離、もしくは中距離向きの戦闘スタイルだからだ。
ティリタは望遠鏡を使って前方の大砲の数を数える。
「大砲は全部で30門。1機につき2人の砲兵が見える。そのうち僕達が対処するのは左から11〜20門目だ。
真ん中の方を担当するから、注目を浴びやすい。砲兵も武器……おそらく銃火器類を持っている事だろうから十分な警戒が必要だ」
「合計20人か…………一筋縄では行かねーだろうな」
「あぁ、それに一門一門の間も25mほど離れている」
「一気に倒すってのも難しそうね」
「それにあの砲弾、化学エネルギー弾だ。弾そのものの殺傷能力に特化したものではなく、着弾後に爆発して周囲に被害をもたらす。その被害が具体的にどういうものかは分からないが、砲弾の着弾点付近には近づかないように」
ティリタが今まさにそう説明している時、砲弾が1発ずつ、合わせて30発発射された。
「まずい、少し下がろう!」
ティリタがそう促し、俺達は数歩後ろに下がる。それを見ていた周りの冒険者も俺達と同じように後退する。
しかしエスクードさん含む半数程の冒険者は既に進軍を開始しており、今更引き下がっても遅かった。
幸いにも砲弾そのものに当たった者はいなかったが、ティリタが言った通り砲弾は着弾後中から液体を撒き散らした。
おそらく毒液だ。かなり離れているはずなのに液体の禍々しい臭いが鼻から脳に直接流し込まれているように感じる。
それを吸ってしまったが故、前方の冒険者はみんな動きが鈍り出した。おそらく今より多く吸ってしまったら死に至るだろう。
さらに畳み掛けるようにティリタが言った。
「大変だ…………。あの毒、引火性が強い!グレンの火属性魔法はもちろん、ゼロの銃やタルデの剣が何かと接触した時に出る火花でこの一帯は火の海になる!そうなれば僕達はタダじゃ済まない!」
ティリタ曰く、あの毒の薄い朱色と強烈な臭いはマティス駆除に使われる物で間違いないらしい。
マティスは炎が苦手だ。毒の中を生き残ったマティスを一網打尽にするためにあえて引火性にしているらしい。
一度引火すればガスすらも燃えて消えるという優れものだ。
「…………辺り一面火の海、か」
俺は手袋をした右手をグッと握りしめる。
そして数歩前に出てこう言った。
「運がいい」
俺は右手を真っ直ぐに伸ばし、バーニングを放った。これまたティリタが言った通り、毒液はバーニングで引火して一気に炎が燃え広がった。
「なっ…………!なんてバカなことを!」
ティリタは叫びながら慌てふためく。確かにこのまま炎が広がれば前方にいるエスクードさん達は間違いなく死ぬ。
炎が広がれば。
ゼロはティリタの肩を叩き、目の前を指さす。
「待って…………炎が全く広がっていない」
そう、俺達の目の前に広がる炎は拡大する様子を見せなかった。
「それどころか…………動いてすらない!」
ティリタが俺に、その謎を説明してくれと言わんばかりに近づいてくる。
だが、その途中で俺の空いた左手を見ておおよその検討がついたみたいだ。
俺は、右手は延々と伸ばしたままだ。しかし、左手には本を……『セラエノ断章』を握っていた。
「まさか……その魔導書に書かれている特殊な魔法って!」
ああ。ここに書かれている魔法は『ネクロノミコン』の幻覚魔法や『イステの歌』の転移魔法と比べると確かに見劣りする。
だが、シンプル故に強く、俺と見事にマッチした魔法だった。
「『セラエノ断章』の魔法は…………!」
俺は息を大きく吸い、それを言うと同時に炎を1つに集結。そのまま均等に8つに分けて砲兵の頭上まで移動させた。
「『炎を操る能力』だッ!」
俺が右手をスッと下げると、砲兵の頭上の炎は真下に落下し、大きな爆発を起こした。
「…………すげぇ」
タルデの感動の一言のみを残し、俺は仕事をまず一つ終えた。




