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3章21話『1割』

 廊下の調査をしていたみんなが俺の元に集まってきた。


「グレン!どうだった?」


 俺は無言で、手に持った魔導書を見せる。


「それは…………!」


「『セラエノ断章』。クトゥグアが俺に授けた、火の魔導書だ」


 アオイさんは『セラエノ断章』をよく観察し、顎に手を当てた。


「『セラエノ断章』…………完成していたとは」


 正確には、完成していたというよりたった今完成したという感じだがな。まぁそれを言っても話がややこしくなるだけなので言わないことにしておいた。


「この魔導書にはナイアーラトテップに対して有効な魔法が記されている。来たるナイアーラトテップ戦、切り札になるのはこれだ」


 俺はそう言って『セラエノ断章』の表紙をポンと叩く。赤い革で包まれた本が僅かに反応したような気がした。


「ナイアーラトテップ襲来まであと14日…………《ブエノスディアス》の精鋭部隊やマスターズギルドからの傭兵、他ギルドからの応援部隊もほぼ完成しています。あとは…………」


 あとは、アイツらを何とかするだけだ。


「『血塗られた舌』…………」


 ティリタがボソッとそう言った。


「そろそろ『血塗られた舌』も最後の仕上げに入る頃です。そうなる前に始末しなければ、私達の準備も全て水の泡となってしまいます」


『血塗られた舌』は襲来に備えてナイアーラトテップに関する話を民衆に広め続けているという。

 そうすれば、いざナイアーラトテップが襲来した時に人々がそれをナイアーラトテップだと理解してしまい、狂気に陥る。その間にヤツが世界を支配してしまう。

 それが『血塗られた舌』達が思い描く最高のシナリオであり、俺達が予想できる最悪の展開である。


「『血塗られた舌』の本拠地自体は特定可能です。一般人が『血塗られた舌』のメンバーについて行っている様子が各地で目撃されています。ですが…………問題はその人数です」


『血塗られた舌』は1人でも多くのメンバーを欲している。

 そりゃそうだ、敵は《アスタ・ラ・ビスタ》、《ブエノスディアス》、《ビエンベニードス》…………その他無所属の冒険者やマスターズギルド、他の大陸のギルド全てだ。

 100人や200人なんかで足りるわけがない。


 頭ではそう理解していた。だが、アオイさんは俺が高く設けたハードルを軽々と越えるような数字を言った。


「その数は4()0()()()。レムリア大陸の約1割の人口が既に『血塗られた舌』に堕ちています」


「……そんな!」


 いくらなんでも多すぎる。

 一体どうやってそんなに大勢の民衆を味方につけたんだ!?


「『血塗られた舌』はナイアーラトテップへの恐怖心もを利用したのです。見ただけで発狂してしまうような絶対的な存在が近々ニグラスに襲来する…………そんな状況なら、救いを求めたくなるのは当たり前です」


 日頃からモンスターや人間との戦闘になれている冒険者ならまだしも、普段は平和に暮らしている一般人がそんな話を突然されれば恐怖におののくのも無理はない。


「彼らはこう言うんです。

『私達は這い寄る混沌の協力者。だから、もし這い寄る混沌が世界を支配したとしても、私達を殺すようなことはしない』と。

 そう言った後に一般人を勧誘すれば、簡単にメンバーに加えることができるでしょう。人は自分の命の為ならどんなものでも投げ捨てられますからね」


 たとえそれが彼らの中にある『正義』だとしても。とアオイさんは残酷にも言い放った。


「もちろん、心の底からナイアーラトテップを信仰している者もいるようです。そう言った者たち、いわゆる『信仰組』は最近になって入ってきた『救済組』とは仲が悪いようですが」


 それでも目指す先は同じだから共に手を取り合っているという訳だ。

 俺達としては仲間割れして潰し合ってくれた方が楽なんだがな。


「どちらにせよ、両者が手を結んでいる今私達に勝ち目はありません。40万なんていう現実味のない数字を突きつけられたら、途方に暮れてしまいますからね」


 それでクトゥグアとの契約の方を優先したのか。

 とはいえ、いくらクトゥグアと契約したからとはいえそもそも俺自身魔法使いとしては弱い。

 今まで戦ってきた相手に勝ってきたのはティリタのマジックアップやゼロ、タルデの協力のおかげ。

 それにLv差や運なんかも絡んできていた。


 もしそれが全て無い状況で戦えば、俺は魔法使いと名乗ることはできないだろう。


 俺のLvなら、他の魔法使い達はとっくに上級職の《魔術師》になっている頃だし、最上級魔法だって使えるようになってるはずだからな。


「40万もの大軍を14日以内に全滅させる方法…………そんなもの、存在するのかな?」


 ティリタは頭を抱えながら唸っている。いや、ティリタだけじゃない。その場にいた全員がその方法を模索している。

 正直、かなり無謀だ。言うまでもない。

 アオイさんがさっき羅列した味方も、合計して15万人いるかどうか。単純に突っ込むだけだと、俺達1人ひとりが『血塗られた舌』のメンバーを2人以上倒さなくてはならない。


「せめて人数がもっと少なければな……」


 タルデがそう言って後頭部を掻く。

 確かに、20万人くらいだったら時間はかかるだろうが制圧できるだろう。なんなら《アスタ・ラ・ビスタ》と《ブエノスディアス》だけで十分なくらいだ。


 そうだ、何かしらの方法で『血塗られた舌』のメンバー数を減らす考えで行こう。そっちの方が遥かに効率的だ。


 俺はこの旨をみんなに伝え、その方向で行くことにした。


「…………まぁだとしても難しいことに変わりはないわね」


「そうだな……」


 40万が20万に変わっただけだ。どちらにせよほぼ不可能だろう。

 何か……何かいい方法はないのか……!?

 考えろ……!

 考えろ……グレン……!!


 ………………………………………………………………。


 ………………………………。


 …………。


 その時、今までの会話がフラッシュバッグのように頭に一斉に流れ込んできた。

 それらの光は星のように輝き、星座のように繋がり、1つの絵を完成させた。


「そうだ…………!」


 俺は無自覚にそう呟いた。


「何か思いついたのですか?」


「はい。もし『救済組』の連中が本当に救済を求めて『血塗られた舌』にいるのだったら…………この方法は間違いなく通用します」


 アオイさんは「ほぅ…………」と顎に手を当て、少し笑って見せた。


「『血塗られた舌』の本拠地の特定をお願いします。そこに俺が単騎で乗り込み、『血塗られた舌』のメンバーを減らしてきます」


「なっ…………単騎で!?」


 タルデが乗り出して叫んだ。


「グレン……忘れてない?あなたは私達がいないと弱いのよ」


 ゼロは髪をいじりながらそう言った。


「確かに、俺は戦闘面ではみんなに頼らないと弱い…………だが、それが()()()()()()なら、俺は最強なんだよ」


「ある別の分野…………と言いますと?」


「まぁ見ててください。必ず成功を収めますから」


 こんなに自信に満ち溢れているのは久しぶりだ。アドレナリンが全身に染み渡る。


「明日、すぐに向かいます。なのでその間に制圧の為の冒険者達を動員してください。俺に出来るのはあくまで数を減らすことですから」


 今までも似たようなことはしてきたが、本格的に意気込んでやるのはいつぶりだろうか。


 さぁ、『仕事』だ。

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