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3章20話『クトゥグア』

 ムー大陸中心の砂漠。大昔からここだけはどういう訳か植物が育たないらしい。

 ある日の夜明け前、俺達はその砂漠にいた。砂漠の夜はとても寒い。冬みたいだ。


 見渡す限り砂ばかり。オアシスみたいなものもないし、人工物も見えない。地平線の向こうまで延々と肌色が続いていた。


「本当にここであってるの?」


 ゼロが俺にそう問う。

 確かにクトゥグアは俺に「ムー大陸の中心へ来い」と言った。だが、ここまで何もないと不安になってくる。


「合ってるはずなんだがな……」


 と頭をかいて誤魔化した。それを見たゼロはため息をついて髪をいじり始める。

 そこにアオイさんが割り込んできた。


「いいえ、ここで間違いありません」


 アオイさんは目を閉じ、両手を広げながらそう言った。彼女が転移魔法の準備をしていることはすぐに分かった。


 俺は少し離れた場所で辺りを見渡していたティリタとタルデを呼び、俺達4人はアオイさんの周りに集まった。


「行きますよ」


 アオイさんがそう言うと、間もなく目の前の風景が変わった。

 黒いレンガの壁と茶色の床。壁には松明がかけられていて、薄暗いながらも周囲の状況を把握するには十分だった。

 俺は黒く細い廊下の先を眺めながら言った。


「ここ……どこですか?」


 ティリタが目を丸くしたままアオイさんにそう聞く。


「ここはムー大陸の中心、その地下にある神殿です」


「地下?」


「えぇ。地図ではここには何もありませんでしたが、それはあくまで地上のみ。地下にはこのような人工的な空間が広がっていたのです」


 アオイさんは地上で僅かな幻素の流れを確認。昨日から地下に何かあるのではないかと推測はしていたため、相対座標を感じ取り転移魔法で俺達をここまで運んでくれたのだ。


「マスターズギルドも地下の調査はしていましたが…………ここは地下2000mの場所。見つからなくても不思議ではありませんね」


 そんなに深いところなのか。

 酸素とか大丈夫なのか?地熱とかもあるだろうし。


「では、向かいましょう。この廊下の先から強い幻素の流れを感じます」


 アオイさんは長年ニグラスにいるからか、幻素の流れに人一倍敏感だ。俺も幻素を少し感じるが、方向までは分からない。

 とりあえずアオイさんの感覚を信じ、廊下の先まで歩いていくことにした。壁にかけられた松明は弱まることなくメラメラと燃えている。それに、今も俺は不自由なく呼吸が出来ている。

 どこかに通気口でもあるのだろうか?


 そんな事を考えている内に、廊下の果てに辿り着いた。


「あれ……行き止まりですね」


 ふとそう呟いてしまった。アオイさんは壁に手を当て、目を閉じる。


「間違いありません、この先に莫大な量の幻素が流れています」


 とはいえ、ここは行き止まり。どこかで脇道を見落としてしまったのだろう。

 俺達はそう考え、来た道を戻ることにした。


 その時。



 ――――炎を放て。



 クトゥグアの声が聞こえた。


「クトゥグアだ……!」


 俺がそう言うと、全員一斉に最後尾の俺を振り返った。


「で、なんて言ってたんだ?」


「炎を放てって…………」


「炎か…………」


 ティリタは付近の松明を触ってみる。とはいえこれといった仕掛けは無さそうだ。



 ――――壁に炎を放つのだ。それが出来た者を我が祭壇に招く。



 クトゥグアが俺を導いている。


「みんな、クトゥグアに会う方法が分かった」


 一同、驚きの声を上げる。


「だが、その方法を行えるのは俺だけだ。だからみんなはここで待っていてくれ」


 俺はそう言うと壁を見つめ、右手に炎幻素を蓄積する。そしてそのまま壁に手を付け、叫んだ。


「バーニング!」


 俺が魔法を放ったと同時に、また目の前の風景が変わった。

 目の前には赤や金で装飾された豪華な祭壇。周囲はさっきまでの廊下と同じ黒いレンガだ。


 その中でも一際目を引いたのは、祭壇の奥にある巨大な炎だ。いくつもの炎が1つになったと言い表せばいいだろうか。

 目の前の炎は絶対的な存在感を放つ。生きているかのように微妙に動くその炎をじっと見つめて気がついた。


 この炎こそがクトゥグアだ。


 そう思うと、何だか気分が悪くなった。頭の中を渦巻きが駆け巡り、俺を弄ぶ。

 俺は息を荒らげながらも何とか耐え忍び、炎を見つめ直した。


「我を見ても発狂しないか。強い精神の産物か、たまたま運が良かっただけか…………」


 そのクトゥグアの声は、今までのような脳に直接語りかけてくるものではなかった。完全に「音」として声が聞こえた。


「さて、ここに来たという事は我の呼び掛けに応じたと言うことだな?」


「…………えぇ」


 俺はクトゥグアに頷く。


「地上ではナイアーラトテップの奴が襲来すると陰で騒ぎになっているらしいな」


「はい。そのために、ナイアーラトテップの天敵であるクトゥグア様と契約を結びに参りました」


 出来る限り敬語を使う。相手が未知の存在である以上、下手に神経を逆撫でしないようにしなければ。


「アイツも懲りぬな。2億年前にここを追放したと思えば、何とかこの地を取り返そうと必死になっておる。300年前にも、1度会ったな」


「ここを追放した……といいますと?」


「以前、人間が生まれるより遥かに前、ここにはンガイの森という森林があって、ナイアーラトテップはそこを住処としていた。我がその森を焼き尽くすまではな」


 話によると、ナイアーラトテップは以前もニグラスを支配しようと暗躍したそうで、その時にクトゥグアは住処であるンガイの森を灰すら残さないほど激しく燃やしたとの事だ。

 そのため、ンガイの森があったこの場所だけキレイに砂漠と化しているのだ。


 この砂漠にそんな裏話があったとは。クトゥグアが全て焼き払ったとすれば、何も残っていない点にも納得がいく。旧支配者が森1つを全力で焼き焦がして何かが残る方がおかしい。


「本来なら我が直々にヤツを捻りに行きたいところだが…………ここは貴様ら人間に任せてみよう。そう思って、我は貴様に呼びかけた」


 クトゥグアがそこまで言うと、バッグにしまっていた水晶玉が熱を帯び始めた。

 俺は咄嗟にそれを取り出し、クトゥグアの方へ向ける。


「それを手に入れていたか。ならちょうどいい。貴様にこれを授けよう」


 俺の手の上の水晶玉は、段々と形を変えた。

 うねり、ねじ曲がり、平たくなった水晶玉は、赤い本へと変化した。


「その水晶玉に我の力を注入し、それを完成させた」


 俺の手には分厚い1冊の魔導書が残った。

 その姿は以前見た『ネクロノミコン』やアオイさんの持つ『イステの歌』に非常によく似ていた。


「ナイアーラトテップ…………人間が相手をするとなるとなかなか骨のあるヤツだ。だが、その魔導書が完成した今、お前にはヤツを撃退する力がある」


 そう言うクトゥグアの声は少し高かった。

 俺への期待か、それとも嘲笑か。


「300年振りの宴だ。面白いものを見させてくれよ」


 クトゥグアの炎はどこか笑っているようだった。

 俺はクトゥグアに「はい」とだけ返すと、その後すぐに元いた場所に転送された。


 夢かと疑うくらい、曖昧な記憶だ。だがそれは夢ではないと俺は言い切れる。


 俺の手に残ったクトゥグアの力。

 ナイアーラトテップを撃退する力。

 世界を守る力…………。


 俺は魔導書の表紙に書かれた文字を読んだ。


 セラエノ断章。

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