3章17話『再侵入』
新鮮な外の空気を吸ったのは何時間ぶりだろう。肺がいつもより心地よく動いているのを感じた。
タルデと一緒に地上の教会の外に出ると、そこにはゼロとティリタがいた。
「グレン…………!それにタルデ!」
ティリタが俺達の名前を呼んだのに反応してゼロがチラリとこちらを見る。そしてすぐに視線を戻し、髪をくるくるといじり始めた。
「よかった…………!2人とも無事だったんだ!」
2人とも、って事はタルデはゼロとティリタに何にも言わずに俺を助けに来たって訳か。それはそれでダメな気もするが、それで俺は助かった訳だし結果オーライか。
「心配かけたな、みんな」
ティリタは安心したように笑顔を見せ、タルデは誇らしげに笑顔を見せる。
そんな中、ゼロだけは無表情のまま木に寄りかかって髪をいじり続ける。
「…………ほんとに心配したよ、全く」
ゼロは小声でそう言う。
怒らせちまったか…………?後でなんか奢るか。
「まぁいいわ。グレンもタルデも帰ってきた訳だし、1度帰ってエスクードさんにこの事を報告しましょう」
ゼロはそう提案する。ティリタ、タルデ共にそれに異存はないようだった。
だが、俺はその決定に異存がある。
「待った」
ゼロはこれまた無表情のまま首を傾げる。
「俺はもう少しここに残りたい」
「…………!」
ゼロは目を見開き、口を開けた。そして一気に俺に歩み寄り、肩を揺さぶった。
「まさか……『血塗られた舌』に洗脳されたの?」
「いいや違う。ここに残りたいってのは、そういう理由じゃない」
ゼロはゆっくり俺の肩から手を離し、そのまま2歩下がった。ティリタとタルデは逆に俺に近づく。だいたいゼロと同じくらいの距離感だ。
「脱出する時、『血塗られた舌』のメンバー同士の会話を聞いたんだ。なんでも、ここの最深部には旧支配者の力を移動、蓄積する水晶玉があるらしい。おそらくアルハザードが《無名都市》を形成した際に使った物と同じだ」
そこまで言って、俺は重要な事を言っていない事に気がついた。
「そうだ、俺に語りかけてきた旧支配者の名前まだ言ってなかったな」
「判明したんだ……!よかった……」
俺は「あぁ」とティリタに頷き、話を続ける。
「俺に呼びかけて来ていた旧支配者は『クトゥグア』。ナイアーラトテップの天敵とされる旧支配者だ」
「ナイアーラトテップの天敵…………グレンがもしそのクトゥグアとかいう旧支配者とコンタクトを取れれば、私達はかなり有利になるってわけね」
「その通り。だから俺は『血塗られた舌』が所有する水晶玉を奪取してそこにクトゥグアの力を貯め、ナイアーラトテップ襲来に備えようと思っている」
実際のところ水晶玉に力を貯めた所で恩恵が受けられるとは限らないだろう。だが、その力を有力な魔導師が使えばナイアーラトテップに対する力へなり得る。
タルデには脱出の途中でその話をしてあるし、既に了承は得ている。
だが、ゼロとティリタがそれに頷いてくれるかは分からない。正直、不安だった。
「…………僕は賛成だ。僕達の行動で世界がナイアーラトテップの恐怖から1歩でも遠ざかるなら、その行動に価値はある」
ティリタはそう言ってくれた。まぁ、ティリタならこう言ってくれるだろうとは思っていた。
さて、ゼロはどうだろう。
「………………全くもう」
ゼロは髪をいじりながらツカツカと迫ってくる。…………いや、そのまま俺を通り過ぎた。
俺達が唖然としていると、ゼロは振り返って首を傾げた。
「何してるの?さっさと片付けるわよ」
そう言ってゼロは地下に向かう。
これは了承と取っていい…………と信じたい。
俺達はゼロを追うように地下に向かった。
とは言っても、その道のりは非常に簡単だった。
次々と出てくる『血塗られた舌』のメンバーはゼロの前に倒れる。彼女は的確に敵の頭を撃ち抜き、即死させる。カリアドを移植しているメンバーもいただろうが、死があまりにも早すぎて補うのが間に合わなかったようだ。
そのため、本当にあっという間に最深部へ辿り着いた。呆気なさすぎて、何か罠にはめられているのではないかと疑うほどに。
最深部にあったのは祭壇だ。黄金色に包まれた祭壇が眩しいくらいに輝いている。その中心に1つの水晶玉がある。パッと見何の変哲もないただの水晶玉だったが、その色は無色透明ではない。透き通った緑色だ。
「既にナイアーラトテップの力が蓄積されているというわけね」
「そのようだな。ティリタ、あの力の蓄積を解除する方法はあるか?」
「うーん…………僕には思いつかない。でも、もしあの力が幻素の1種だとしたらグレンが上手く吸い出せるんじゃないかな?」
ナイアーラトテップの力を吸い出す、か。
やってみるだけやってみようか。
俺は土の地面を踏み、祭壇に近づく。
そして水晶玉に手をかざし、じっと目を見開いて力を込めた。
その時だった。
ぐちゃ…………。
俺の足元でそんな音が鳴った。
俺は特に警戒しているわけではないが、反射的にそっちを見る。
俺の足元の土は、明らかに周りより湿っていた。
それにその部分の土は薄く緑色に染まっている。
「…………まさかっ!」
俺は自分でも驚くほどの速さで飛ぶようにその場を離れる。案の定、先程まで俺がいた場所には緑の粘液の柱が立っていた。
「…………ふふふ」
粘液はさらに地面から溢れ出る。
そして段々と人の形を形成し出し、色も変わり、俺達と同じような人間の姿になった。
「脱走したかと思えば、すぐに戻ってきてここにたどり着く…………なかなか面白いことをしてくれるじゃないか」
その男はカリアドと一体化しているように見えた。体の形状は本当にカリアドそのものだ。色と形が人間なだけでそれ以外は人間の定義を留めていない。
コイツはどうやら液状の体を活かして土の地面の中に隠れ、俺達を待ち伏せしていたようだ。
「…………テメェは何者だ」
「なに、私はただの『血塗られた舌』のメンバーだ。…………まぁ、その中でも上位に立ってはいるがね」
「へぇ…………まぁいいさ。俺達、その水晶玉が欲しくてここに来たんだ。俺達も何もお前を殺したい訳じゃない。水晶玉さえくれれば平和的解決になる」
もちろん、そんなの嘘だ。
コイツらは放置しておいたら何をしでかすか分からない。それは以前の集団発狂や武器庫襲撃で明らかになっている。
もし素直に渡してきたとしても受け取る隙をついて魔法をゼロ距離でぶっぱなす。
「ふ……ふふふっ」
男はそれを聞いて不敵に笑っている。
「自分が私より上だと言わんばかりの言い草だな?」
なるほど、たとえ4vs1だとしてもまだ自分の方が強い。そう思っているのか。
そう解釈したが、予想外のことが起きた。
「君達はここに入った時点で負けているんだよ」
男がそう言った次の瞬間、俺達の足元に緑色の粘液が発生した。粘液は俺達の足をしっかり絡め取り、そのまま硬質化する。
「なっ…………!くっそぉ!」
タルデが剣を振るってそれを剥がそうとするが、破片の一つも飛び散らず剣が弾かれる。
俺も試しに魔法を撃ったりナイフで切りつけたりしてみたが、傷1つつかないどころか逆にナイフの方が折れた。
俺は魔法を撃って男に攻撃したが、渾身のバーニングを食らわせたにも関わらず男は痛くも痒くもないといった表情だ。
ゼロが銃を撃とうとするが、ゼロに関しては太ももの辺りまで粘液が進行していてレッグホルダーにしまわれているハンドガンをも固定されていた。
アサルトライフルを使うという選択肢もあるが、足を固定された状態でアサルトライフルの反動をモロに受けるのは危険だし、そもそも制御できるかすら怪しい。
完全に八方塞がりだった。
「ふふふ…………いい気味だ。これから君達をどう料理していこうか……」
男がそう言って背中から触手のような粘液をうねらせた。
その時だった。
ヒュンッ…………。
彼女は光と共に現れた。
「ぐはっ!」
男の背後から光魔法を放つ彼女は、清楚で優雅なその出で立ちを俺達に見せつけた。
「間に合ったみたいで良かったです。ティリタさん、座標の送信ありがとうございました」
ティリタは彼女に向けてお辞儀をした。
彼女は魔導書を持っている。その魔導書には光幻素が蓄積されていく。
そうだ、そういえば俺達は彼女が戦っているのを見たことがない。
「ここは私にお任せ下さい」
《アスタ・ラ・ビスタ》ギルドマスター・アオイ。
彼女の光が今、俺達の記憶に刻み込まれようとしていた。




