3章16話『剣士と魔法使い』
タルデの目は強かった。
いつものタルデの、明るくて、笑顔で、俺達の暗い気分だって吹っ飛ばしてくれるような優しい目ではなかった。
彼は怒りと覚悟を綺麗に混ぜた強い心を手に入れた。それがPOWとなり、風の鎧となり、タルデの力となった。
女は口元を擦り、また本を撫でる。だが、その動きはどこかぎこちない。間違いなく焦っている。
対してタルデは余裕そうだ。いや、風格を放っているとでも言おうか。下手な小細工は使わず、ただ堂々と女に近づいていく。風はタルデの周りを駆け巡る。あたかも彼の従者になったかのように。
「…………アトラクション!」
女は先程より大きな声で魔法を放った。紫色の幻素がタルデの体を掴もうと魔導書から伸びる。
しかし、
バチンッ!
幻素は風に弾かれ、明後日の方向へ飛んで行った。そのままタルデは加速し、女に向かって横一直線に剣を振るう。
女は自分の剣でそれを受ける。魔法がなくても彼女は強い。剣の専門職であるタルデを上回る程の腕前を持っている。
これは才能か、はたまた努力の成果か。
どちらにせよ、それがタルデの前に水の泡と化すのは時間の問題だろう。
女はタルデの剣を弾き、もう一度アトラクションを放つ。今度は風を纏っていない部分を狙った。
紫の幻素は奇跡的にタルデの肩を掴んだが、すぐに風がそこに集結してそれを剥がした。
そのままタルデは剣での追撃を行う。
ガンッ!ガキンッ!キィン!
剣と剣がぶつかり合う騒音の中、俺はただ1人座っていた。俺も魔法で加勢したい所だが、凍った血液を見てそれがいかに無謀かという事を痛感する。
単発で撃つことくらいなら出来そうだったから、とりあえず来た道の扉の繋ぎ目を溶かし、敵の増援を阻むことにした。
今の俺に出来るのはこれくらいだ。
あとは彼を信じるしかない。
あいつは確かにゼロやティリタと比べると仲間になって日は浅い。
だが、あいつは俺達にはない勇気と純粋な心から来る強い信念を内に秘めている。世界を混沌に落とす、なんてくだらない野望しかない連中にはそう簡単に負けない。
「おらっ!うぉらあっ!」
一撃一撃、段々と女を押していくタルデ。
攻撃を繰り返す度にその剣の重さが増していく。女の防御の限界も近かった。
「なぜ…………なぜアンタはいきなり強くなったんだ?」
「……んなもん、分かんねぇよ!俺はただグレンを守りたいって思っただけだ!」
ギリ…………ギリリ…………。
女とタルデの剣が交わり合い、お互いの刀身を削り合う。僅かにタルデが押しているようにも見えたし、少しだけ女が勝っているようにも見えた。
11秒後、答えは明らかになった。
タルデは女の剣を強く弾き飛ばした。左の地面に突き刺さる剣を女はただ眺めるだけだった。なにせ目の前には覚悟と殺意を剣に込めたタルデがいるのだから。
「これで決着だ……!」
タルデは剣を持った右手を大きく引き、そのまま勢いよく女の胸に突き刺した。
「ギィィアアアアアッッッ!!!!」
女の悲痛な断末魔が部屋中に響き渡った。
あの位置なら間違いなく心臓に刺さっている。女の死は確定しただろう。
「…………はぁ……はぁ……」
タルデは息を切らしながら、突き刺さった剣に力を入れて引き抜こうとする。緊張の糸が解けたからか、なかなか力が入らず剣は抜けなかった。
「やるじゃねぇかタルデ!」
俺はそう声をかけたが…………何か様子がおかしかった。
タルデは一向に剣を引き抜く気配がない。力が抜けているって訳でも、深く突き刺さってるって訳でも、もちろんふざけてる様子でもなかった。
俺はふと女の方を見てみる。
女の胸からは大量の血と…………緑色の粘液が溢れ出していた。
「残念だったね」
女はタルデの腹を強く蹴った。
「ぐあぁっ!」
大きく後ろへ下がったタルデだったが、俺もタルデもそんな些細なこと気にしていられなかった。
タルデの剣は確かに心臓を貫いたはずだ。にも関わらず女は生きている。それも、かろうじて生きているとかそんなんじゃない。
少なくともタルデを蹴り飛ばせる程には活力が残っている。しかも女の胸には依然タルデの刃が刺さったままだ。
「私達『血塗られた舌』の一部のメンバーはカリアド化と言って体にナイアーラトテップ様の従者の細胞を植え付けてある。即死じゃない限り体に空いた穴や傷はこの粘液が埋めてくれるの。君の一撃で心臓に傷がついたけど、今じゃ心臓なんてただの重りね」
タルデの剣を一緒にくっつけたまま体を粘液で修復したというわけか…………。
これは厄介な相手だ。
だが、風の鎧がある以上まだ女には近づける。
だからまだ俺達にチャンスはある。何とかして剣をアイツの体から抜くことさえ出来れば…………!
「ところでその魔法の鎧、強すぎだよね。ちょっと不平等じゃない?」
女は魔導書のページを数回捲り、今度は無色の幻素をタルデに飛ばした。
「マジックダウン」
ブンッと一瞬空間が重くなったように感じた。次の瞬間、タルデの風の鎧は空間に分散して消えてしまった。
「…………そんな!」
そうか、あの風の鎧はあくまで魔法。タルデのPOWが下がれば自動的に剥がれてしまう。
これで形勢逆転。タルデは完全に不利になった。
「……ちくしょう!」
タルデは剣を持たないまま、鎧も剥がれているのに女に素手で殴りかかった。
「レディーをグーで殴るとは感心しないね」
女は魔法を駆使してタルデの拳を寸前で止めている。彼女は剣の技術も魔法の技術もピカイチのようだ。
「でも、なんでそう必死になってまで私を殺そうとするの?言っちゃ悪いけど、勝てないこと分かってるでしょ?」
「…………何度も言ってるだろ、俺はグレンを守ると決めたんだ!たとえ俺が負けても、グレンならお前に勝てる!だから俺はあいつの盾になるんだ!」
俺なら……アイツに勝てる。その言葉を聞いてハッとした。
そうだ。今回の戦闘、俺はタルデに頼りすぎていた。タルデが何とかしてくれる、タルデなら何とかなる。そういった信頼とも人任せとも取れる思いが俺の心の片隅にはあった。
俺が動かないといけない。
前世でも、俺はどんなに憎い相手だろうと殺し屋を雇うことはしなかった。俺が自分の手で殺す。そうするのが俺のポリシーだった。
確かに今の俺はまともに戦えない。だが、だとしても出来ることはある。俺は右手を強く握り、突き出した。
「タルデ、一度下がれ。俺が撃つ魔法を追うようにアイツに攻め込むんだ」
「…………?なんでだ――――――」
タルデは水幻素が溢れだしている俺の手を見て全てを察してくれたようだ。
「よっしゃ、行くぜ!」
タルデは鼻をこすり、走り出した。同時に俺も魔法を放つ。
「アクア!」
俺の放った水魔法は平べったくなりながら女の方向へ進んでいく。タルデの走る速さはそれと全く同じだった。
「?一体この行動になんの意味が…………」
女はまだ気づいていない。
今気づいていないなら、気づく頃にはもう遅い。
俺の水魔法は段々とその形を完成させ、そのまま固体へとなり始める。
平べったく、冷たく、触ると指に傷がつく。
俺は水魔法を利用して氷の剣を作り出した。
「何っ!?」
タルデは的確にその剣の柄の部分を掴む。その頃には女は目と鼻の先だった。
「うぉぉぉらあああっ!!!」
タルデは女の首目掛けて横一直線に剣を振る。
女は断末魔を叫ぶことも出来ず、首から血と粘液を溢れ出させながら息絶えた。
「あとはここから出るだけだ」
女から取り戻した剣をよく布で吹いたあと、タルデは出口を指差しながら言った。
そのまま脱出しようとするタルデを、俺は「待ってくれ」と引き止めた。
「どうした?」
「いや、今回の戦闘の礼を言いたかっただけだ。ありがとな、タルデ」
「おうよ!これでちょっとはお前に近づけたかな!」
「……俺に近づいてもいい事なんてないぞ」
俺達は『血塗られた舌』の拠点を脱出した。




