3章15話『やるべき事』
ただ制服を着ているだけという簡素な変装なのに誰にも不審がられず地下1階まで上がってこれた。
メンバー間の交流が浅いのか、それとも一人一人を把握出来ないほど大きな組織なのか…………おそらくどっちもだな。
「ここからもう少し進んだところに出口がある。急ごう」
タルデは地図を持ちながらそう言う。俺はタルデに頷き、出口までの道を急いだ。
走ると音が出るから気づかれる、とは思ったが、こんな適当な変装を見破れないような連中が走る音程度で警戒するとは思えない。
そんな侮辱と過信を混ぜた気持ちで俺達は廊下を駆け抜けた。
「この部屋を抜ければ、出口はすぐそこだ」
タルデは鉄製の扉を開き、部屋に入る。俺もそれに続いて扉をくぐった。
その部屋は魔法訓練所だった。
なぜ出入口のすぐ側にこんな部屋を作ったかは分からないが、万が一侵入者が入ってきた時に戦える人がすぐ対応できた方がいいからか?
とか雑に理由をつけて思考を終わらせた。
それよりも気になる事がある。
ここは魔法訓練所だと言うのに、女が1人椅子に座って本を読んでいる。
一体何をしているんだ?
が、ここは堂々と通り抜けるのが正解だ。変に警戒したら逆に怪しい。俺とタルデはその女の前を、さも当たり前かのように通り抜ける。
すると、パタンと本が閉じる音がした。
「アンタら待ちな」
思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
「フード、取ってよ」
…………まずい。バレたか?
いや、単純にカマをかけてきているだけかも知れない。これで素直に取らなかったら怪しまれる。
俺達はアイコンタクトを交わし、素直にフードを外す事にした。
あらわになった俺達の頭を見て、女は低い声でこう言った。
「アンタら、ウチのメンバーじゃないね?」
何っ!?今度こそバレたか!?
「ウチのメンバーはこういう時両手を上げろって教えられている。それをしなかったアンタらは侵入者って訳だ」
……チッ!そういうとこはしっかりしてるのか。
「それにその赤髪!アンタ、さっき連れてこられたグレンとかいう魔法使いだろ?アンタが逃げ出そうとする事くらい予想できたよ。なにせ《エンセスター》と『アンティゴ研究会』を破滅させた魔法使いなんだからね」
俺の行動まで読まれてたわけか。気分悪いな。
俺は女にバレないように手袋をはめる。
「なに、私達は何も君を殺そうって訳じゃない。ちょっといくつか我々の研究に協力してくれれば――――――」
俺は一瞬で振り返り、右手を前に突き出した。
「バーニング!」
右手から放たれる火炎弾が女に向かって一直線に飛んでいった。
「なるほど、平和的解決は望めなそうだね」
女は閉じた本を再び開き、それを俺のバーニングに向けた。バーニングが本に衝突すると、女は片手で本を閉じる。バーニングなんて最初からなかったかのように、熱い炎は本に吸い込まれた。
「へぇ。そのLvでのバーニング《上級魔法》にしては魔法の威力が弱いね」
「…………くっ!」
いつもはティリタにマジックアップを使ってもらっていたからまだ人並みの火力が出ていたが、今はそうもいかない。
俺がダメージソースになることは無さそうだ。ここは彼に頼ろう。
「タルデ!」
タルデは「おうよ!」と叫び、俺の影から飛び出した。タルデは女との距離を一気に詰め、上から振り下ろすように縦に切りつけた。
「おらぁ!」
しかし、その刃は女の体まで届かなかった。
ガキィンッ!!!
鉄と鉄がぶつかり合う音が響いた。
女は本を持つ手とは反対の右手で剣を持ち、タルデの重い一撃を軽く受け止めていた。
いや、それどころか女は片手だけでタルデの剣を弾き飛ばした。それがどれほど凄いことかは言うまでもない。
「そっちの君はなかなかいい強さしてるじゃん。ウチのメンバーにも見習って欲しいね」
タルデは剣のぶつかり合った箇所を眺め破損の確認をした上で、すぐに剣を持ち直した。
彼の表情から察するに、かなり焦っているだろう。
「コイツ…………《剣士》か」
焦りを悟られないように冷静を保つ。
が、それは無意味だった。
「…………さぁ、どうかしらね?」
女は本を開き、そのページを撫でる。
その本から紫色の幻素が溢れ出してきて、うねうねと波を作っていた。
「…………コイツまさか!」
女はニヤリと笑い、本……もとい魔導書から出た幻素を手に貯めて俺に向けた。
「アトラクション」
女がそう言うと、紫色の幻素は俺を掴んだ。そのまま引き寄せられるようにぐんっと女の方へ体が勝手に動いた。
女はそのまま俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけた。
「残念。私は《旅人》よ」
女はそのまま剣で俺の腹を貫いた。
「ぐぼぁあ……!」
未だかつてないほど吐血した俺はフラフラになりながらも女から距離を取る。女はヘラヘラと笑って俺を見ていた。
「グレン!大丈夫か!?」
「大丈夫…………だと信じたいな」
正直、かなりヤバい。
腹からも口からも大量に出血している。内臓も間違いなくグチャグチャだろう。肺とか心臓とか、生命維持に直接関わる器官が無事なようだったからまだマシだが。
俺が転生者じゃなかったら死んでいたところだ。
「アクア」
俺は腹にアクアを撃って血を凍らせ、とりあえず止血した。
「テメェ…………よくもグレンを!」
タルデは怒りに任せて女に突撃しに行った。
女はまたもや本を撫でている。また引き寄せ魔法を使うつもりだ。
タルデまで攻撃されたら、俺達に勝ち目はない!
女を遠ざけないと!
一瞬でそういった思考を巡らせた俺は女に向かって風魔法を放った。
精神が崖っぷちまで絞られているからか、風魔法の威力は凄まじかった。方向も完璧だ。まっすぐ女の方へ向かっている。
しかし、
「そう来たか」
女はタルデに引き寄せ魔法を放った。
そしてタルデを捕らえ、彼を少し右に動かした。そう、ちょうど魔法が命中する位置に。
「何っ!」
俺の風魔法は見事にタルデの背中に命中した。どういう訳か奇跡的にノックバックは発生しなかったが、それでもタルデは地面に膝を着いた。
「くっ…………ぐぅっ……!」
タルデは動くのもままならないほど幻素に侵されている。そこに女は近づいた。
「あの男、グレンと言ったか…………彼は酷い奴ね。こうなることを少しも予想せず、なんの躊躇いもなく風魔法を放った」
女はそう言ってタルデに回復魔法を放つ。
「でも、私達ならそんな事はしない。それに、君が我々『血塗られた舌』に入れば、すぐに最強の力を手に入れられる。世界の1つや2つ、簡単に滅ぼせるよ」
女は手を差し伸べる。
「どう?私達の仲間にならない?」
なっ…………!
コイツ、タルデを勧誘してきただと!?
なるほど……こうやってメンバーを増やしてきたのか……!
タルデはうつむいたまま、言った。
「俺……バカだからさ。世界が壊れるとか、旧支配者だとか、ナイアーラトテップだとか…………複雑なことはよく分かんねぇんだ…………」
タルデは女に手を伸ばす。
タルデ…………勧誘を受ける気なのか?
「だがよ!」
タルデは女の手を叩いた。
「今俺がやるべき事くらいは分かる!今俺は……グレンを守らなきゃいけねぇ!俺はバカだが、何も出来ない訳じゃない!友達1人守るくらいやり遂げてやるよ!」
タルデがそう叫ぶと…………
ビュオオオッ!
「…………あれは」
一筋の風が吹いた。
「これは…………風の鎧?」
タルデが不思議そうに見ているそれは、風属性の上級魔法を体に纏った風の鎧。
俺はどこかしらのタイミングでストームを習得していて、それがさっきタルデの体に当たって、タルデの決意が固くなった今、彼のPOWが上昇して発現した…………。
そういうことになるだろう。
タルデは鋭い目で女を睨みつけた。
「守ってやる……グレンも、世界も!」




