1章9話『隠しエリア』
燃え落ちた宝石店。
周囲はざわつき、辺りに煙の残りが立ち昇る。
しかし、俺達はそんな些細なことよりも、目の前にある隠し階段に釘付けだった。
「単純に倉庫じゃねぇか?宝石とか売上金とか隠しとくのにいるだろ」
「…………いや、そうとも限らない」
ティリタは階段を1歩歩き、何かを拾い上げた。
「間違いない。これはアラーナの毛だ」
その一言は、非常に重かった。
「ここに毛がある以上、最初の1体以外のアラーナはこの下から現れたことになる」
「つまり……アラーナがこの下に巣を作っているってこと?」
ゼロがそう問う。俺も同じ予想を立てていた。
「…………多分、そんな生易しいものじゃない」
ティリタは1人で階段を駆け下りた。
その後を追うように、俺達2人も階段を下りた。
「やっぱり…………」
下りた先にあったのは、蹴破られた鉄の扉。
いや、蹴破られたというよりかは噛み破られたといったところか。
扉の奥は真っ暗で、一寸先も見えない。
それでも、俺達はその先に向かう必要があった。
なぜなら…………
「うぅ……えぐっ……うっうはははっ!」
明らかに正常じゃない何かがそこにいるからだ。
「敵の可能性もある。僕が電気のスイッチを探すから2人はいつでも攻撃できるようにしておいてくれ」
俺達は頷き、武器を構えた。
ティリタは案外すぐにスイッチを発見し、部屋は明るくなった。
と同時に、自分達以外の何かが姿を明らかにした。
俺達はそれに武器を向けるが、
「うぅ…………ひっぐ……」
すぐにそれを納めた。
そこにいたのは1人の少女。全身に火傷のような痕があり、両手両足は鎖で繋がれ、頭に取り付けられた機械は隣の大きな機械に繋げられていた。
そしてもう1つ、電気がついたことで明らかになったことがある。
「なんだ……この部屋」
部屋の壁はガラス張りにされた小部屋。その中には1部屋1匹アラーナがいた。
それぞれの部屋の中には宝石の欠片や動物の骨、布なども散らばっていてとても清潔とは言えなかった。
「ここから、アラーナが脱走したってわけね」
ゼロは部屋の隅の、ガラスが割れたいくつかの小部屋を見ながら言った。
「それより、この子を開放してあげないと!」
ティリタは少女の鎖を解き放ち、頭の機械も外した。
「この子…………正気度がほぼ0だ!早くここから出して精神分析してあげないと……!」
さっきの奇声はこの子のものだったのか。
精神分析はSANを回復する方法の1つ。
メジャーなものではあるが、実際に行える人間は少ないらしい。
「ティリタ、その子は任せた」
俺がそう言うと、ティリタが頷き、少女を地上へ運ぼうとする。
しかし、少女はそれを拒んだ。
「やめて…………マダムが来る……!」
マダム……?
「あらら、ダメじゃないの逃げちゃ」
そう言いながら階段を下りてきた女がいた。
小太りで、髪飾りやドレスで着飾った女性だ。
「マダム…………!!!」
少女は大暴れしてマダムと呼ばれるこの女性から逃げようとする。
「…………そういうことか」
俺は全てを理解した。
「お前が、今回のクエストの依頼人だな」
俺はマダムを睨んだ。
「そうよ、アタクシこそがあなた達に依頼をよこしたマダム・ゴルペアンよ」
「お前が地上の宝石店で売っている宝石…………それはアラーナの肝に生成される石だ。お前はこの部屋でアラーナを人工的に養殖し、それを地上で販売している。違うか?」
ティリタによると、アラーナは土や石、その他の動物を食べたときでもその中に含まれる小さな宝石の欠片を溶解して肝に蓄積するため、不可能な話ではないようだ。
そこまで言うと、ゼロが割り込んだ。
「そういえば、アラーナを養殖している以上、アラーナを交配させる必要があるはずだけど……」
ティリタが付け加える。
「……アラーナの母親は、アラーナである必要がないんだ」
追い打ちをかけるように、ゼロが言う。
「それに……アラーナの小部屋の中に落ちていたのは動物の骨や布……いや、あれは服かな」
これでトドメだ。
「この子、なんでここに閉じ込められてたんだ?」
マダムは冷や汗をかき、手を後ろに回す。
「そういうことなんだろ?」
俺達が睨みつけながらそう言うと、
「うぁぁああああ!!!!!」
マダムは叫んで、小さな赤いカプセルを飲み込んだ。
まるで薬を服薬するように。
すると、マダムの体はみるみる変化していき、最後にはマダムの上半身がアラーナの頭の上にくっついたに化物の姿になってしまった。
「アラーナの美しい宝石に比べれば……こんな小娘、爪垢ほどの価値もないわ!それを有効活用してやってるんだから感謝しなさいよ!」
「…………テメェだけは許さねぇ」
俺とゼロは改めて武器を構えた。
「ティリタ!その子を逃がせ!」
ティリタは少女を連れて階段を駆けのぼった。
「フン!あんなゴミいらないわよ!……それよりも!」
マダムは口から糸を吐き、俺を壁に貼り付けた。
「あなたたち…………よくもアタクシの店を焼いてくれたわねぇえええ!!!」
「クソッ…………!」
糸が全然取れない。
むしろ動けば動くほど糸が絡まる。
「罪は償ってもらうわよ……あなた達をアラーナ達のエサにしてねぇええええ!!!」
マダムはゼロに向かって足を叩きつける。
しかしゼロはそれを避けることをしなかった。
「ゼロ!」
俺がそう叫ぶと同時に、爆音が響いた。
「キャァアアアアア!!!!」
彼女は大声で痛みを叫ぶ。
「…………余裕ぶっこいてるからそうなるのよ」
彼女は指をまっすぐ伸ばし、そう言った。
「今…………アタクシに何をした!」
マダムの問いに対し、ゼロは答えなかった。
さっき、ゼロはマダムの足が自分に当たる寸前にマダムの足の根本めがけて発砲し、足をもいでみせた。
あまりに一瞬の出来事だったため、マダムはそれを理解できなかったのだ。
ゼロは姿勢を正し、怯んでいるマダムに対して一礼した。
「これより、死刑を執行します」
ゼロは姿勢を低くし、マダムに飛びかかった。
「こ、小癪なぁぁあああ!!!」
マダムは残り7本の足でゼロを捕らえようとする。しかし、ゼロはその足を全て回避し、逆にもぎ取っていった。
マダムの真後ろに立ったゼロはマダムの両肩を何発か撃ち、蹴り落とした。
「くるきゃああああ!!!!」
マダムの声にならない叫びは俺達の耳をしびれさせた。
「アタクシの腕を…………!許さないわぁ!」
マダムはゼロに向かって糸を吐く。
糸はゼロの手にピッタリとくっつき、彼女の腕を縛り上げた。
いや…………。
「最高のタイミングね」
違う、ゼロが自分の意志で糸を掴んでるんだ。
ゼロは糸をカウボーイがロープを回すようにグルグルと振り回し、それをマダムの頭めがけて投げた。
糸はマダムの目を完全に覆うように頭に巻きつけられた。
ゼロはマダムの頭に拳銃を突きつけ、
「最後に言い残したことはある?」
マダムはもがきながら怒りを爆発させる。
「離しなさい!アタクシはマダム・ゴルペアンよ!アタクシにこんなマネして許されるわけないわ!」
「…………遺言はそれで終わり?」
ゼロはその質問に対する答えを聞く前に、マダムの頭に弾丸を撃ち込んだ。