3章14話『盗み聞き』
石の部屋から出た俺達は、慎重に周囲を見回し、敵が居ないことを確認した。
「それで、出口はどっちにあるんだ?」
「あぁ、俺もあのテーブルにくっついて移動してきただけだから詳しくは分からないけど、多分こっちだ!」
タルデは右側の通路を指差す。
多分、っていうのが若干不安だが他に道をはっきりさせる方法もないしタルデを信じてみることにした。
床は大理石か何かで出来ているのか、歩く度にコツ……コツ……と音がする。この音で気づかれないかが不安だ。
しばらく歩いていると、男同士の話し声が聞こえてきた。
「誰かいる」
どうやら曲がり角の向こう側の部屋に男が2人いるようだ。
俺はタルデを壁の影に隠し、自分は少し乗り出して聞き耳を立てて会話を聞いてみた。
「そういえばあの小僧、脱走したりしてないだろうな?」
いきなりドキッとした。
いや、バレているはずがない。タルデが俺と一緒にいるとは思わないだろうし、だとしたら他に脱出する方法もないと考えるだろう。
実際、あのタイミングでタルデが来ていなかったら今もあの部屋に1人きりだった。
「なに、あれだけ腕をぐるぐるに縛ればそう簡単には逃げられない」
あぁ。本当にキツく縛ってあったよ。
「それで、なんであの小僧をとっ捕まえたんだ?」
「あの小僧、以前の本拠地に行ったらしいんだ」
「《グラシアス》って…………クトゥルフ教の?」
「あぁ。何でもあの小僧、旧支配者の声を聞いたらしいんだよ。それでクトゥルフが小僧に声をかけた旧支配者じゃないかと考えて《グラシアス》を訪れたらしいんだが…………違ったようだ」
後に分かったことだが、《グラシアス》の中にナイアーラトテップへ忠誠を誓う、いわば『血塗られた舌』のスパイのような人物がいたらしい。
その人物が『血塗られた舌』に情報を流していた、との事だ。
「違ったのに、なんで捕らえたんだ?」
「クトゥルフが声をかけていないとなると、クトゥルフ以外の旧支配者が奴に呼び声を送ったことになる。そしてその旧支配者は…………我々にとって一番厄介な奴だったのさ」
一瞬重い空気が流れ、それを打ち破るように男がこう言った。
「『クトゥグア』…………」
クトゥグア。それが俺に呼びかけてきた旧支配者の名か。
俺は更に続けて情報を盗み聞きする。
「クトゥグアは炎の精だ。太古、クトゥグアはナイアーラトテップ様の持つンガイの森をその炎で焼き付くし、ナイアーラトテップ様を地球から追い出した。
今でもクトゥグアはナイアーラトテップ様の天敵だ。ナイアーラトテップ様が再臨するとなればそれを阻止してくるとは思っていたが、まさか1人の冒険者に呼び声という形で干渉してくるとは…………」
つまり……俺がクトゥグアとより深くコンタクトを取れば、ナイアーラトテップに対抗する力を手に入れられる……もしくは、クトゥグア本人にナイアーラトテップと戦ってもらうことが出来るというわけか!?
これは重大な情報を得てしまったぞ。
「我々としては何としてでもクトゥグアを阻止せねばならない。そのためには我々も早くカリアド化しなくては……」
カリアド化……?
単語だけでどういう物なのか想像はつくが、一応聞いておこう。
「確かこの教会の最深部だったか。早くそこに行けるようになりたいものだな」
「あぁ。今のままでは我々は水晶玉に触れることさえできないからな」
水晶玉?
そういえば《無名都市》のアルハザードが街を亡霊化しようとした時と水晶玉を使ったとか言ってたな。
「あの水晶玉には旧支配者の力を蓄積、移動させる力がある。ここの地下にはカリアドから得たナイアーラトテップ様の幻素が込められている。その幻素を少し貰えば、我々もカリアドに成り果てるというわけさ」
…………やけに説明口調だな。
「知りたい情報はそれだけか?脱走犯さん」
「…………ッ!」
気づかれてたかッ……!
「タルデ、一気に詰めるぞ!」
「おう!」
俺は一気に部屋に突入し、出会い頭にバーニングを放った。
タルデはそれに続いて1人の首を突き刺す。
「あががががが…………」
首から紅色の液が溢れ出る。
タルデは刃を抜くと、もう1人の方に標的を変えた。
「うぉぉおおおらぁ!」
縦一直線に男を切り裂こうとするが、男はそれをバックステップで回避する。そのまま置いてあったガラスの花瓶を破壊してタルデの剣は止まった。
「チィッ!」
タルデは更に横に剣を振る。
男はこれも避け、ポケットからナイフを展開してタルデに詰め寄る。
この狭い空間だと、大きな剣は小さいナイフより不利になる。かといって今バーニングを放つとタルデまで巻き込んでしまう。
男は素早いナイフでタルデを押している。タルデの方も何とか応戦は出来ているが、逆に言えば何とか応戦できている程度の余裕しかない。
今何かアクションを起こせるのは俺だけだ。
とりあえず、男をタルデから引き剥がすのが最優先だ。俺は右手に風幻素を集中させ、一気に放った。
ブォォンッ!!!
その風魔法はいつもより強力に感じた。
男は大きくノックバックし、背後の本棚に衝突した。大量の本に押しつぶされた男はまるで身動きが取れなくなっている。
それでも手放してしまったナイフを掴もうと、本の下から手を伸ばしている。
俺はそのナイフをひょいっと拾った。
「へぇ、なかなか悪くないナイフ持ってるじゃねぇか。《ビエンベニードス》製か?」
俺はそう言ってナイフの先端をツンツンと触る。そしてそれをタルデに渡した。
「うぉらぁ!」
引き戻すこともままならなかった伸ばされた男の手に、タルデは容赦なくナイフを突き立てた。
「ぐぁぁぁあああああ!!!」
傷口からじわじわと血液が流れ出す。
「俺はもう一本、もっとぶっとい刃を持ってるぜ」
タルデは血にまみれた剣を男の前に突きつける。男はそれを血眼を大きく開いて刮目した。
「ところで俺達ここから出たいんだけどさ、地図とかないか?」
「…………引き出しだ。入口の近くのタンスの引き出し、上から2番目に入ってる」
タルデにアイコンタクトを送って確認させる。本当に地図はその場所にあった。
「協力してくれて助かった。本当はお前を殺したい所だが、特別だ」
俺はナイフが突き刺さった男の手を握り、思いっきりバーニングを放った。
男の悲鳴と共に男の左腕は消し飛び、そこにはグロテスクな腕の断面図と血溜まりだけが残った。
「血が無くなる前に助けが来るといいな」
俺はそう言って、タルデを引き連れて外へ出た。
俺は場所を見計らって服を着替えた。
タルデは察しがいい。アイコンタクト1つで地図の回収と『血塗られた舌』の制服の回収を両方行ってくれた。
さすがにあれだけ大きな音を連続で立てていれば仲間が様子を見に来るだろう。そうなった時に変装しているといないとではだいぶ話が変わってくるはずだ。
俺達は悪趣味なコートを身にまとい、フードを深く被った。
真っ黒いその姿で堂々と道を歩けば、意外と俺達を不審に思う奴らはいなそうだった。
「地図を見た感じ、ここは地下4階だ。このまま地上まで上がってしまえばすぐ出口に着くぜ」
タルデはそう言った。
俺は改めて気合いを入れ直し、出口への道を急いだ。




