3章13話『呼びかけ』
「《ビエンベニードス》の武器庫が襲撃された?」
ゼロが夕飯のカレーを口に運びながら俺にそう問いかける。
「あぁ、昨日の夜にな。『血塗られた舌』の犯行らしい」
「また『血塗られた舌』か……こないだの集団発狂事件といい、最近彼らは活発に活動しているね」
ティリタは顎に手を当てて唸る。
「あぁ。ヤツの襲来は近い。アイツらもそれに備えて色々準備してるんだろ」
「一刻も早くグレンが聞いた声の正体を突き止めないと、だな」
タルデはコップの水を一気飲みする。
彼の言う通りだ。俺が聞いた声が旧支配者の声である以上、それが誰の声なのかを突き止める必要がある。
そしてその旧支配者と自由に意思疎通が出来れば、もしかしたらナイアーラトテップに対抗できるかも知れない。
余談だが公の場でナイアーラトテップを話をする時は『ヤツ』とか『アイツ』とか、名前を出さないようにしている。
ナイアーラトテップの存在は極秘情報だ。名前を小耳に挟んだだけでも、勉強熱心な人はその名前を徹底的に調べ上げてしまうかもしれない。そうしてその人がナイアーラトテップの真実にたどり着き、それが他の人へ広がっていけば、人々は次から次へと発狂していく。
まるでウイルスが伝染するように。
「そもそも、旧支配者って他にどんなのがいるんだ?」
タルデがそういうと、ティリタは「ちょっと待ってね」と言って手帳を操作した。
ティリタが見せてきた画面には、聞いたことの無い名前の数々が羅列していた。
「以前、《グラシアス》の本拠地に行った時にダゴンさんに詳しく聞いたんだ。旧支配者について」
ティリタのメモ帳の画面には、イグ、ハスター、チャグナル・ファウグン、ツァトゥグァ、アイホート…………その他様々な名前が記されている。この中の1人が俺に呼びかけてきたようだ。
だが、旧支配者達の眠る場所へ片っ端から足を運ぶとなると骨が折れる。
他になにかいい方法があればいいんだが。
本当ならエスクードさん経由でアオイさんに相談したい所だが、アオイさんは今ギルドマスター達の会議に出席しているためそれは叶わなかった。そうじゃなかったとしても彼女は忙しいだろうし、頻繁に協力を煽るのもよくない。
声の主を特定する方法…………何かないのか?
………………。
そういえば《グラシアス》の本拠地に行った時、俺は滝を浴びさせられたんだよな。確かあの水は旧支配者のクトゥルフと交信する効力があるとか言ってたな……。
もしかして、他の旧支配者にもそれは当てはまるんじゃないか?
ふと思い立った俺は寮を出た。本当は外の練習場へ入ってみようかと思ったが、夜間は立ち入り禁止なので仕方なく近くの草原へ向かった。
まず土の精・ツァトゥグァと交信するために、手袋をはめたまま地面に手をつけて精神を集中させる。土幻素が体内に蓄積される感覚がどこか心地よかった。
そのまま5分程じーっと待ってみたが…………
「……ダメだな」
特にこれといった声は聞こえなかった。
次は風の精・ハスターを試してみよう。といっても、今夜は無風だから手袋に風幻素を蓄積させてそれを胸に当ててみようと思う。
当てる部位はどこでもいいが、何となく胸が1番それっぽい気がした。
俺は右手に神経を集中させ、風の力を貯める。腕の周りに小さな竜巻が発生するくらいに風幻素を貯めた所で、胸に右手を当ててみた。
心臓を刺激する強い力が、同時に俺の脳にじわじわと何かを送り込む。
何か新しい力に目覚めそうだ。そんな感覚に陥った。
だが…………
「これもダメか……」
旧支配者と交信することは出来なかった。
しかしここで転機が訪れる。
俺が風幻素を発散しようとすると、一部の幻素が腕にまとわりついたまま残ってしまった。
これはまずい。いくら魔法使いだからといって幻素をずっと体内に残すのは危険だ。
俺は腕を振って風幻素を引き剥がそうとするが、どうにも上手くいかない。
「…………そうだ、幻素を上書きしてしまえばいいんだ」
そう思いついた俺は、俺が1番扱いやすい火幻素を腕に集め始める。
すると、ここで予想外のことが起きた。
――――――我を呼んだか?
「…………!」
旧支配者の声だった。
間違いない。今のは今までに何度か聞いた声だ。俺に語りかけてきていた旧支配者は火の精の旧支配者だった。
火の精…………火の旧支配者…………ティリタのメモ帳をそのまま写した俺の手帳のメモ帳を見ながら声の主に目星をつける。
だが、ここで更に予想外のことが起きた。
ガバッ!
俺の視界が唐突に黒く塗りつぶされた。何者かが俺の目に腕を当てているらしい。
「テメェ!誰だ!離しやがれ!」
俺は藻掻いて腕を離させようとするが、デメリットのせいで思うようにそれができない。
この場合、俺のSTRは『武器』として認識されるようだ。
そのまま口に睡眠薬か何かを投与され、俺は敵の腕の中で眠ってしまった。
目を覚ますと、俺は十字架に縛られていた。ちょうど磔のような状態だった。
弱い照明が1つだけのその空間をよく観察すると、この部屋が石で出来ていることが分かった。そのせいか、とても寒い。かといって乾燥しているわけではなくジメジメしていて気持ち悪い。
「誘拐されたってわけか…………」
もしそうなら、犯人は『血塗られた舌』だろう。旧支配者の声を聞こうとしていた時に誘拐されたのだから、そう考えるのが自然だ。
俺は縛られた腕を数回ガシガシと動かしてみる。が、腕を縛るロープは太く、かつガッチリと締められているのでまるで解ける様子がない。
足も同じだった。
だんだん、腹も減ってきた。喉も乾いてくる。
意図せずとも焦りが俺の中に広がってきたという事だ。
ちょうどその時、部屋の正面の扉が開いた。
俺を誘拐した奴らの仲間らしき人間が、ローラー付きのテーブルでコップの水と注射器を持ってきた。
「おら、飯だ」
その男は注射器を手に持ち、俺の腕にそれを注射する。どうやら毒だとか薬物だとかそういう訳ではなくただの栄養剤のようだ。
男はその後俺に水を飲ませ、テーブルを転がして外に出た。
拷問等があると思っていた俺は呆気に取られたが、誤って殺してしまえば転生して逃げられるから慎重になっているのだろう。
俺は落胆して、ため息をつく。
すると、物陰からゴソッと音がした。
反射的にそっちを振り向くと、キラリと何かが光った気がした。
俺は恐怖心を押し殺し、目を凝らしてそれが何かを確認する。
それを突き止めた俺はその正体に驚いた。
「よぉ、大丈夫か?グレン」
気さくな笑顔を見せたその男は、
「タルデ…………!」
紛れもない、俺の仲間だった。
「どうしてここに?」
「今朝、グレンが誘拐されたって騒ぎになったんだ。俺とゼロとタルデはギルドメンバーとか街の人とかに聞き込みをして、ここを突き止めたんだ。あぁ、ここはキングスポートの北にある教会だ。『血塗られた舌』の拠点の1つらしい」
そんな遠くまで連れてこられたのか。
「ゼロとティリタが突入方法を考えてる間、俺はさっきみたいに物資に張り付いて侵入したんだ。それで運良くここまで来たって訳だ」
へぇ、結構行動力あるんだな。
「とりあえず、脱出しよう。縄切ってやるよ」
タルデは長い剣で俺の体の縄を切って解放してくれた。
「ありがとな、助かったぜ」
俺がそういうとタルデは頷き、サムズアップした。
そのまま、俺とタルデは出口を目指して進行し始めた。




