3章12話『幻想の剣』
レパティアはディエスミルから距離を取った。
両者睨み合い、相手の出方を伺う。ディエスミルの手には銃があるのに対し、レパティアは盾も落とされたため丸腰だ。
まずは何か武器を手にしなければ。レパティアはそう思って辺りを見渡した。
壁や棚に収納されている数多くの武器。強盗に入った時になぜ気づかなかったのか不思議で仕方がない。
あの時は急いでいたし、周りをじっくり見る余裕なんてなかったからだ。と自分の中で決定した。
ディエスミルは銃口をこちらに向けている。今発砲すれば確実にレパティアの頭を撃ち抜くことができる。
しかし、少し力を入れてトリガーを引けば勝利できるというのにディエスミルはそれをしない。
レパティアに対して拷問を行うつもりだからだ。
レパティアも勘づいてはいたが、確信は出来なかった。暗闇の奥に見えるピストルに怯えてしまっていたからだ。
彼女は撃ってこない。頭の中ではそう思ってもいざ銃口を目の前にすると死が近づいているのを感じてしまう。
ならば、やる事は1つ。
「先手必勝だ!」
レパティアは壁にかけられていたアサルトライフルを手に取り、下の棚にあった弾倉を装填してディエスミルに発泡した。ガガガガガガッ!と銃声がこだまする。反動で自分もバランスを崩しそうになるが、なんとか足を踏ん張って耐え忍んだ。
自分でも数え切れないほどの弾薬を一斉にディエスミルへ叩き込んだ。
だが、おかしな事が起きた。
ディエスミルに向けられた弾丸は1発たりとも彼女に命中することなく彼女の体の中に消えていった。
「何ッ……!?」
そう声を漏らすことしか出来なかった。目の前で起きた事象を理解することが出来なかった。
「今、わらわに何かしたか?」
ディエスミルは心底不思議そうな表情で首を傾げる。レパティアは奥歯をギリリッと鳴らした。
ふと、ディエスミルの持つ本が目に入った。
黒い革で包まれた本は、一般人が持つようなただの読本ではない。あれは魔導書、それもかなり強力なものだと本能が感じ取った。
そういえば、以前こんな話を聞いた。《アスタ・ラ・ビスタ》のギルドマスターは瞬間移動ができる。
もしディエスミルにもそれが使えるとしたら今の現象にも納得が行く。目にも止まらぬ速さで弾丸を避け、また同じ場所に戻ってきている。
そう考えれば、消えた弾丸の謎も解ける。
「ならば……!」
レパティアは再び弾倉を込めた。そしてアサルトライフルのトリガーを引き、ブレる銃口を制御しながらディエスミルの体を撃ち抜く。
だが、今回は先程とは少し違う。ある程度時間を開けて銃を撃つのだ。
レパティアは、銃が当たらないのはディエスミルが瞬間移動をしているからと仮定した。
なら、その魔法を連続で使用している以上いつかMPが尽きる。そこが彼女の運の尽きだ。
ディエスミルはLvが5以上にならない。従ってPOWも、それに比例するMPも一定の数値から上がることは無い。
少々ゴリ押し的な戦い方だが、彼にはこれしか思いつかなかった。
「…………お主、一体何を狙っているのじゃ?」
ディエスミルは銃撃をモロにくらいながらゆっくりとレパティアに歩み寄ってゆく。それに合わせてレパティアも数歩後ずさりして下がっていく。
「まだか…………まだなのか!?」
ディエスミルの顔には焦りが見えなかった。
自分でもMPが切れれば銃撃を食らうことを理解しているはずだ。それでも、彼女は表情1つ変えず一歩一歩地面をしっかりと蹴って進んできた。
「コイツ…………一体どれほどのMPを持っているんだ!」
ついにレパティアは壁にたどり着いた。背中を襲う冷たい感覚が自分の終わりを告げていた。
弾薬ももう底をついている。いよいよ、対抗策が無くなった。
「それにしても……お主も謎じゃな。なぜそうまでして、世界を混沌に陥れようとしておるのじゃ?」
「……反逆だ」
反逆、という単語にディエスミルはまた首を傾げた。
「俺は前世も強盗犯だったんだ。貧しい人を見れば強盗をして金を稼ぎ、その金を配る…………ねずみ小僧みたいだな、なんて言われたこともあったよ」
「ほぅ……それがどうして反逆に繋がるのじゃ?」
そもそも、一体誰に反逆すると言うのだろうか。
自分や他のギルドマスターか、マスターズギルドか、はたまた旧支配者か…………。
反旗を翻すほどの上の立場の人間はそれくらいしか思いつかなかった。
しかしレパティアはそんなディエスミルの想像を遥かに上回る回答をした。
「なのに閻魔大王は俺をここにぶち込んだ」
ディエスミルは耳を疑った。レパティアは閻魔大王に反逆しようとしているのだ。
ナイアーラトテップを援助して世界の破滅を早めれば、ニグラスを作った閻魔大王は確かにこの世界に干渉してくるだろう。
「俺はそれが許せなかった…………正義を行っていたのに、閻魔大王は『善でも悪でもない』とか抜かしやがった!だから、この世界をメチャクチャに壊す!それが俺の生きるための道しるべだ!」
レパティアは彼の右に置かれていた剣を手に取った。切れ味の良さそうな大きな剣は、振ればビュオンッ!と空を切る音を鳴らす。
レパティアはそれに希望を見出した。
レパティアは決死の覚悟でディエスミルに突進してゆく。ディエスミルはそれをひらりひらりとかわし、レパティアに語りかける。
「なるほどのぅ…………それが主らの目標か」
「俺らの、って訳じゃない。『血塗られた舌』の大半は本当に意味もなく世界の破滅を望んでいるイカれた奴らばっかりさ。だが、俺はそいつらとは違う」
ディエスミルは地面の武器に足をつまづかせ、一瞬動きが止まった。レパティアはそれを見逃さなかった。
「俺は俺のやりたいことをやる!閻魔大王に縛られた現実を、俺が破壊するんだ!」
ディエスミルの頭目掛けて大剣は縦に振り下ろされた。レパティアは自分の勝利を信じて疑わなかった。ここから負ける方法があるなら教えて欲しいとすら思っていた。
現実はそれを丁寧に教えた。
剣はディエスミルの体の中に消えた。いや……ディエスミルの体を通り抜けたと表現する方が正しいだろう。
「な、何……!?」
そのまま勢い余ってディエスミルに覆い被さるようになったレパティア。
「戯言を抜かすな」
ディエスミルはがら空きになったその腹に弾丸を3発撃ち込んだ。
「……ぐぼぉぉああっ……!」
腹を抑えながら吐血し、そのまま尻もちをつくレパティア。
「…………瞬間移動を使ったのか……?」
「瞬間移動?……愚かよのう、それを使えるのは《アスタ・ラ・ビスタ》ギルドマスターだけじゃよ」
「何だと……?」
「わらわの魔導書は『ネクロノミコン』。《無名都市》を生み出した魔導書じゃ」
そして、この『ネクロノミコン』には1つ他の魔導書には使えない魔法が使える。
「『ネクロノミコン』は闇幻素を集中させて幻を生み出すことが出来る」
幻を実体化するか否かは闇幻素の濃度次第。
ディエスミルは閃光弾を使った時点でこの武器庫に大量の幻を生み出していた。
銃や弾倉は実体化するが、弾薬は実体化させない。剣の柄の部分は実体化するが、刃は実体化しない。そういった微調整を一瞬で行い、レパティアの隙を狙っていたのだ。
「全く……何が『閻魔大王に縛られた現実』じゃ」
ディエスミルは動けないレパティアを見下しながら、『ネクロノミコン』に幻素を集中させていく。
「現実と幻の区別もつかぬようなやつが現実を語るでない」
充填された幻素は蕾の形に変わり、レパティアに向かって飛んで行った。
コイツは死が確定した。拷問しても何も吐かないだろう。逃がしてもらえる可能性が僅かにあるならまだしも、どちらにせよ死んで転生後に捕えられるなら敵に情報を吐く訳には行かない。
少なくともディエスミルならそうしただろう。
だからこそ、ディエスミルはレパティアを殺害すると決めた。
「ローザ・ネグラ」
黒薔薇の闇魔法はレパティアを中心に爆発した。
レパティアはトラウマを思い出す余裕すら与えて貰えず、そのまま一度人生の幕を閉じた。




