3章10話『暗闇の先』
西第3武器庫。その名の通り《ビエンベニードス》の本拠地から見て西に存在する5つの武器庫の内の1つだ。
人通りの少ない場所だし警備員もいるため襲撃されるどころか物音1つしないような場所だった。
今では、シャッターがこじ開けられ中で数名が武器を漁る無法地帯と化していた。幸い警備員は転生者だったがそれでも犠牲者であることに変わりはない。ディエスミルは嫌悪感を頭に募らせていった。
ディエスミルは中から聞こえてくる犯人たちの会話に耳を澄ませた。ハッキリとは聞こえないが聞き取れなかった部分を想像で補えば意味を理解することはできた。
「もっと手軽な武器を探せ」
「もうケースに入らないぞ」
「魔道具なんて使えるわけないだろ」
犯人たちは手当り次第に武器を盗っている訳ではなさそうだ。少なくとも転売目的の襲撃ではないだろう。
そうなると自分達が使うための武器を探しているのだろう。会話の内容からもそれは読み取れた。
そこまで判断したディエスミルはついに武器庫に突入した。
これ以上の情報は拷問して吐かせればいい。商品となる武器にキズや汚れがついたら客に失礼だ。ディエスミルは頭に被った王冠の中に手を入れ、そこからスナイパーライフルを取り出し弾丸を装填した。
ディエスミルの王冠は無限容量バッグの仕組みを利用したもの。バッグと同じように所持品をしまっておける。敵もまさか王冠の中に武器を仕舞っているとは思わないだろう。
それと、《ビエンベニードス》製の武器の一部は無限容量バッグと相性が良く、バッグの中に仕舞うことが可能だ。
ディエスミルが今手にしているスナイパーライフルやゼロの持つアサルトライフルもその1つである。
ディエスミルは銃口を下に向けたまま慎重に射程内に入る。跳弾を利用して撃ち殺すことは可能だが音でバレてしまう。ディエスミルは敵がディエスミルの一直線上に位置する場所まで移動し、満を持して銃を上げた。
スコープの中は真っ暗だ。武器庫の電気が付けられていないから当然のことだが。それでもディエスミルはスコープの中で敵の頭を探し、赤い十字架をそこに合わせた。
そして人差し指にグッと力を込め、トリガーを引く。
スンッ………………!
とても銃声とは思えない音だった。いや、むしろ音と呼べるかすら分からない。
これはディエスミルが特注した専用スナイパーライフル。一応やろうと思えば大量生産は可能だが、全く音が出ないこのライフルは犯罪を防止するためにあえて販売していない。
それほど強力な銃だ。
「うっ…………!」
そう言って犯人の1人が息絶えた。どうやら転生者のようだったが、マスターズギルドの転生管理課が転生先を牢獄に設定しているだろう。教会ですらマスターズギルドの範疇なのだ。
死体は地面に着くまもなく一瞬で消えたため他の犯人達は仲間の死に気づいていない。そのまま散策を続ける。
もちろんディエスミルもそのまま暗殺を続ける。1人、また1人…………彼女の小さな手の中で6つもの命が終わりを迎えた。
「なぁ……そっちに短剣なかったか?…………おい、どうした?なぜ誰も返事をしない?」
最後に取り残された1人が気づいた。
いつの間にか仲間が全員死んでいたことに。
ディエスミルはスナイパーライフルを王冠に仕舞い、アサルトライフルを取り出した。
小柄な体を活かして隠れながら犯人の背後に回り、背中にゆっくり銃口を当てた。
「大人しくせぇ。さもなくばお主も他の者達と同じ運命を辿るぞよ」
「…………!」
犯人はゆっくりと両手を上げた。身長や声からして男性であることは間違いなかった。
「お主、名を何と申す?」
「…………レパティア」
「そうか…………では、レパティアよ。今からいくつか質問を――――」
ディエスミルが拷問を開始しようとした時、背中に当てていた銃が上に大きく上がった。
そのまま両者距離を取り、暗闇の中で睨み合う。
「仲間を殺したのはお前か……?」
「あぁそうじゃ。わらわがこの手で殺めた」
「クソッ…………!よくも!」
「ところで、なぜお主は武器を盗みに来た?転売して銭を稼ごうってわけじゃないのじゃろ?」
レパティアが答えてくれるかは怪しかったが、彼は親切に、かつ自信満々に回答した。
「この世界を混沌に陥れるためだ」
ディエスミルは眉をピクッと動かした。
「仲間が一般人を発狂させ、その一般人に武器を配ったらどうなると思う?発狂した人間は無差別に人を殺しまくる。いずれそれはマスターズギルドや《ブエノスディアス》、《アスタ・ラ・ビスタ》を巻き込んだ大戦争に発展する!そうして時間を稼いでいる内に我々の神が降臨して世界を終わらせるんだ!」
ディエスミルは歯を強く噛み締めて言った。
「お主はそれをしても何も感じぬのか?」
「混沌に犠牲は付き物だ。我が神の生贄になれたと思えば、むしろ嬉しいはずだ」
ディエスミルはレパティアがそう言い切ってから数秒開けて頷き、微笑した。
コイツが例の『血塗られた舌』であることは間違いない。同時に彼らの崇めている神がナイアーラトテップであることも確定した。
「混沌のための犠牲…………神の生贄…………なるほど、興味深い考えじゃな」
ディエスミルは引きつった笑顔でアサルトライフルをレパティアに向ける。
「ならばお主が生贄になっても文句はないんじゃな?」
ディエスミルはアサルトライフルのトリガーを強く押し込んだ。
ガガガガガガガガガガガガッ!
弾丸が一斉に飛び、レパティアの元へ向かった。
しかし、
ギンギンギンギンッ!
その全てはレパティアの持つ盾に弾かれた。
「それは…………」
レパティアが手にしていたのは《ビエンベニードス》製の盾。彼もまたバッグに盾を忍ばせていざという時に備えていたのだ。
「どうだ?自分の作った武器が自分に牙を向いた気分は」
ディエスミルはレパティアに底知れぬ怒りを覚えたが、それよりも気になることが1つあった。
「お主…………わらわを知っているのか?」
レパティアは『自分の作った武器』と言った。それはディエスミルが《ビエンベニードス》の人間であることを知っている何よりの証拠。
ならば、彼はどこまで自分を知っているのか。ディエスミルは探りを入れた。
答えはシンプルだった。
「俺達の仲間に、マスターズギルドから情報を抜き出すことに成功した天才がいるんだ。アイツらもバカだよな、未だに情報を抜き取られたことに気づいてないんだぜ?」
「……どこまで知っている」
ディエスミルは一言そう言った。
「そうだな…………お前がどこの誰かということと、《なぜお前が銃を使っているか》ってとこくらいまで知っている」
「何じゃと……?」
ディエスミルは半信半疑だった。ただの戯言の可能性も捨てきれない。
「ならば言うてみよ。わらわがなぜ銃を使うているのか」
レパティアはディエスミルを指さし、自信ありげにこう言った。
「お前が銃を使っている理由、それはお前の『デメリット』にある」
ディエスミルは生唾を飲み込んだ。
マスターズギルドは転生者の『デメリット』をも管理している。誰がどんなデメリットを持っていて、それにどう配慮すればいいかを日々考えている。
それ故に、ディエスミルの『デメリット』はレパティアにバレてしまった。
「《ビエンベニードス》ギルドマスター・ディエスミル。お前のデメリットは…………」
レパティアは1発で正答を導き出した。
「Lvが5から上がらない、だ」




