3章5話『悪い癖』
両者は睨み合う。
弓使いがいつ弓を引いてきてもおかしくはないし、暗殺者がいつナイフを飛ばしてきてもおかしくはない。
だが、両者ともそれをしない。お互いがお互いを警戒し、動かなかった。
しかしその緊張は長く続かなかった。
先に仕掛けたのはタルデだった。
タルデは敵に気づかれないようにこっそり閃光弾を取り出し、一瞬で投擲する。俺もそれを知らなかったから閃光弾の餌食となったが、投げた本人は既に敵に迫っていた。
ギラギラと輝く剣がタルデの殺意と好奇心を表しているようで恐ろしかった。
「おらぁ!」
タルデはいつもと同じように縦一直線に剣を振る。タルデ曰く、これが一番扱いやすく威力もあるとのことだ。
「フンッ!」
暗殺者の男はナイフでそれをギリギリいなす。その背後で弓使いの男が弓を引く。
タルデの後を追っていた俺は咄嗟にダークネスを放った。
「ダークネス!」
ダークネスの長い射程を活かして男の弓矢攻撃を防ぐ。それに気づいたタルデは、振り返りながら斜めに振り上げるように剣を振る。
空中に留まった暗闇を斬り裂いた先に弓使いはいなかった。
「すごいすごい!今の、僕じゃなきゃ死んでたよー!」
「……クソォ!」
タルデは弓使いの煽りに乗っかってしまった。タルデは敵意を全て弓使いに向けている。だが今先に処理すべきは暗殺者の方だ。
弓使いは遠距離武器を持っているため遠くの敵に対応しやすいが、逆に遠距離以外の敵は対応しづらい。
逆に暗殺者の方はナイフを投げられると分かった以上近〜中距離に対応できるのは火を見るより明らかだ。しかもナイフは動きが軽い。
厄介な敵は先に始末するべきだ。少しずつでも相手の有利な状況を削っていくのが殺しってもんだ。
「タルデ、気持ちはわかるが冷静になれ。先に処理すべきは暗殺者の方だ」
「……でも、コイツはどうするんだよ!」
タルデは弓使いを指さして言う。
俺はタルデの目をじっと見る。そして少し微笑み、腕で「ついてこい」と指示した。
今送ったアイコンタクト。
「ソイツの始末は俺がする」。タルデはそれを呑んでくれた。タルデは真っ直ぐな性格だから、ああいうヤツにムカついて、ぶっ殺してやりたいと心の底から思っているはずだ。
それを俺に任せてくれたということは、俺を信じてくれている証拠だ。
タルデの為にもこの作戦は完璧に遂行する。
「まずはあれを試してみるか」
俺は右手を強く握る。
いつもは熱くなる手のひらはだんだんと冷たくなっていき、次第に小さな氷の粒が生まれ出した。
俺は満を持してそれを放った。
「アクア!」
俺初めての魔法、アクア。水属性の魔法だ。さっき滝行している時に習得したが、まさかこんなに早く使うことになるとは。
俺の手から放たれた水の塊は弓使いの両手両足に向けて4つに分裂し、そのまま着弾した。
水魔法は威力こそ低いが着弾前に幻素の蓄積を偏らせることでホーミングと分裂を行える。
「うわぁっ!」
弓使いは手と足を水で封じられた。
それだけではない。その水はミキミキと鳴きながら液体から固体へと変化していき、自分の体と弓使いの手足をその場に固定した。
「しばらくそこにいろ」
俺はそう言い放ち、暗殺者の方に集中することにした。手も凍らせてしまえば弓が飛んでくる心配もない。
初めて使う魔法の割には驚くほど上手くいって自分でも恐ろしい。
「タルデ!挟み撃ちにするぞ!」
「おう!」
俺は右、タルデは左に向かって進んだ。
言った通り、ちょうど男を挟み撃ちにする位置だ。暗殺者の男はナイフを持って俺達2人を交互に見る。ナイフを持つ手は全くブレていなかったがそれでもヤツが警戒、ないしは恐怖しているのは見てわかった。
タルデはいなされる前提で暗殺者に縦一直線で斬りつける。体勢さえ崩せれば俺がどうとでもできるからだ。
暗殺者は包丁の半分もないような小さなナイフでタルデの頑丈かつ巨大な剣を真横に押す。ガキィンッ!と音を立てて弾かれた剣。
「ぐっ!」
どういうわけかさっきの何倍もの力を感じさせる男のパワーに、逆にタルデが体勢を崩した。
「油断したなぁ!お前らがあいつを封じ込めている間にSTR増加ポーションを飲んだのさ!」
STR増加ポーション。
一時的にSTRが大幅に上昇するが、その後大きな反動が体を襲う。存在は知っていたしPOWを上げる種類のものもあるが、その危険性を考えて使わずにいた。
この男は強い覚悟、もしくはイカれた頭のどちらかを持っている。どちらでも、敵に回したくないことに変わりはない。
「うぉらよっ!」
男はナイフをグォンッ!と投げた。言うまでもないがその先にいたのはタルデだ。
タルデは剣で体を守ろうとするが僅かに間に合わず、腹に一撃鋭いナイフを食らってしまった。
微量の血を吐くタルデ。だが、暗殺者はタルデに集中していて背後ががら空きだ。俺は暗殺者の頭にバーニングを叩き込むために男に近づいた。
「甘いっ!」
暗殺者はタルデの腹からナイフを抜き、真後ろに投げてきた。これも言うまでもないがその先端は俺を突き刺さんと向かってくる。
「…………ゲームオーバーだ!」
この時の俺の頭の回転速度は凄かった。
たった0.3秒でアイツを殺す手立てを構築し終わった。『紅蓮』が少し降りてきていたのかも知れない。
俺は飛んできたナイフにバーニングをぶつけ、威力を弱める。そして炎で炙られて地面に落ちそうになったナイフに向かってもう1発魔法を放った。
「ウィンド!」
この魔法のノックバックは使い方次第ではなんでも出来る。
例えば、バーニングで熱くなったナイフをノックバックしてそのまま跳ね返す、とか。
ナイフの鉄の部分が赤くなったままナイフは暗殺者の下に帰っていく。
だが暗殺者もバカではない。ナイフと繋がるヒモを少し横に引っ張り、ナイフの軌道を変えてきた。
だが、この暗殺者には致命的なクセがある。
『2人が同時に襲ってくる時、片方にしか集中できない』というものだ。
男はナイフに集中しすぎて背後のタルデに気づけなかった。タルデの剣は血に飢えている。まるで剣がタルデを操っているかのように見える動きで暗殺者の首を狩ろうと横に振る。
暗殺者は辛うじてそれを回避した。
力みすぎたタルデはそのまま横に持っていかれ、暗殺者はタルデの足を思いっきり蹴って転ばせた。
またしても、この男の悪い癖が出た。
俺は目の前で喜んでいる男の頭を鷲掴みにする。そのまま手のひらに熱を集中させ、こう言った。
「バーニング」
暗殺者の脳は焼き焦げ、炭と化した。
俺は弓使いの方に近付く。
そしてその首に優しく手を置き、弓使いの顔に俺の顔を近づけた。
「今の死に方見てただろ?」
弓使いは怖気づきながら頷く。
「あぁなりたくなければ俺の質問に答えろ」
俺は弓使いの眼球を指で弾く。まぶたに遮られたが、その感覚は指先に残った。
この弓使いは子供のような性格をしている。ちょっとの脅しと絶望で支配することは可能だ。
「まず、お前らの目的はなんだ?」
「な…………ナイアーラトテップ様が世界を支配するのを手伝うこと……………………」
俺は思わず目を見開いた。
まさかこんな所でナイアーラトテップという名を聞くとは。
「お前ら、団体だろ?名前教えてくれよ」
俺は手のひらに熱を込めながら聞いた。弓使いは親切に団体名を教えてくれた。
「……………………『血塗られた舌』」
「そうか」
俺はそれだけ聞いて弓使いの首を焼き捨てた。




