3章4話『1人じゃない』
街の人の悲鳴が聞こえる。
無理もない。ナイフを持った男が人を襲っているのを見れば誰だって叫びたくなる。
「みんな、街の人を避難させてくれ。激しい戦闘になったら流れ弾が当たらないとも言いきれない」
3人は了承して、周囲の人々を避難させに行った。
そうして男と2人っきりになった所で、俺は問う。
「テメェの目的はなんだ」
「お前みてぇなザコに言う筋合いはねぇ」
男はヘラヘラしながら、舌を突き出してナイフを振り回す。その行為にイラついたがぐっと堪え、静かに右手に力を込めた。
「なら、無理やりにでも吐いてもらうまでだ」
俺は男に正面から挑んだ。
男は迎撃するようにナイフを前に突き出す。俺は右足を軸に回転してそれを回避し、男の側面から炎を叩き込んだ。
「バーニング!」
至近距離で放たれたバーニングを男は体を屈めて避け、そのままナイフを横に薙ぎ払った。
俺は一歩下がって攻撃を避けた。ブンッと空気を斬る音が聞こえた。
そのままバーニングをもう1発放つ。これはさっきより近接ではないが当たればいいダメージが入るだろう。
「ぐぼあぁ!」
よし、命中した!男はバーニングが命中した胸あたりを押さえ、数歩後ろに下がった。
俺は畳み掛けるようにもう一撃準備し始める。このまま押し切れれば俺の勝ちだ。
そう思っていた矢先、
「なーんてな!」
と言って狂気的な笑顔を浮かべると同時に手に持ったナイフを俺に向けて投げてきた。
「……ぐっ!」
急所には当たるまいと両手で受け止めたが、それでもナイフは深々と刺さり、手のひらから猛烈な量の血が流れ出た。
今の一撃でHPもなかなか削れてしまった。
男は右腕をフッと引く。ナイフは俺の手から抜け、俺の血を纏ったまま男の下へと帰っていった。糸かなにかを予めつけておいたのだろう。
「油断したなぁ、ザコの魔法使いが」
そう言って刃物に付いた血を指で払う。
男への苛立ちが加速すると共に、ある疑問が沸いた。
「俺の事を知っているのか?」
俺は冷静にそう問いただした。
まだ焦りを見せる時ではない。ここで困惑を見せたら、その時点でナメられる。
男は相変わらず腹立たしい態度で俺を嘲笑う。
「有名だよ。なんでも、ステータスが物理特化なのに魔法使いに就職したらしいなぁ。それでPOWが足りねぇって言って無駄な労力使ってるって?」
男は舌を出して俺を煽る。
「…………確かに俺は、STRに全振りしたのに魔法使いに就職した愚かな魔法使いだ。そこに関しては否定しない。だがな」
今度は逆に俺が相手を煽って、相手の心を揺さぶってみることにした。
「無駄な労力ってのは、ちょっと違うな」
俺はコツ……コツ……コツ……と1歩ずつ男に接近していく。男はそんな俺を迎撃しようと、もう一度ナイフを投げる構えをとった。
その一瞬のモーションを俺は見逃さなかった。
「おらよぉ!」
男はナイフを投げてきた。軌道、速さ、威力、全てがさっきと同じだった。
つまり、このナイフには糸が付いているという点も同じのはずだ。
パシッ!
俺は空中で飛ぶナイフの柄を的確に握り自分の方に引き寄せた。
「俺は殺人鬼なんだ。俺に無駄なんて1つたりともねぇ」
俺はナイフの尻の部分をぐっと掴む。案の定、透明の糸がナイフに繋がっていた。
俺はそれを掴んだまま、思いっきり振り回した。
「何っ!?」
俺に引っ張られたナイフは糸を引っ張り、その糸は男を引っ張った。そのまま男は空中に浮かぶ。
「俺のSTRはこういう時の為にある」
空中に浮いた男に向けてバーニングを放つ。
さすがにこればかりは避けようがなかったのだろう。そのバーニングは見事に命中した。
「ぐぁあああっ!!!」
男は悲鳴を上げるが、その声のどこかに笑いが隠れていることに気づいた。
コイツ、まだ余裕がある。
俺はもう1発、今度はウィンドを放った。高く上空にノックバックした男は、まだニヤニヤと笑っている。
だが、その高さは目で見た感じ50m。そして地面はコンクリートだ。落ちたらひとたまりもない。
それなのに余裕を見せている……。
裏にまだ仕掛けがある事を感じ取るには十分だった。
「…………バカだな!」
男は上空で腕を後ろに向けて引っ張った。
すると、俺の体が上に引き上げられ始めた。
「この糸は巻き取り式だ!そしてこの糸は頑丈だぜ…………お前を持ち上げられるくらいにはなぁ!」
まずい!
完全に勝ったと思い込んでしまった……!
まだ油断するには早すぎたか!
俺の体は男と共に高く天空に上る。男とほぼ同じ高さまで来た所で、俺はやっとナイフを手放した。上るスピードが早すぎたのと、不意を打たれて動きが鈍ってしまったのだ。
「チッ!」
男は空中でも俺にナイフを当てようとしてくる。地面がなくて踏ん張れない俺は思うように体を動かせず、避けるのもままならなかった。
「手をケガしているのにここまでやったことは褒めてやるよ………………だがなぁ!」
俺が下に頭を下げるようにして避けた瞬間、男は俺の肩を掴んだ。
「このまま死ぬのはお前だけだ!」
男は俺の上に馬乗りになった。俺をクッションにして生き残るつもりだ。
……やむを得ない。
「ウィンド!」
俺は地面に向かってウィンドを放つ。
地上まであと15mも無い。ギリギリのチキンレースだった。
「まさか地面を攻撃して掘って時間を稼ぐつもりじゃねぇだろうなぁ!?」
男はそう言って煽ってくる。かなり緊張している状態の時にそう言われるのは非常に腹立たしかった。
だが、俺はそのチキンレースに勝利した。
地面に放ったウィンドはコンクリートを突破することができず、そのまま跳ね返ってきた。
そして微弱な風魔法が、弱いノックバックが俺を包み込んだ。
そうして落下の速度をノックバックで中和して安全に着地し、俺は男と距離をとった。
「へぇ…………ちったぁ頭使えるんだな」
その言葉に返さなかった俺は隠すようにバーニングを溜め始める。あまりチャージ攻撃ばかりしていると体への負担が大きいが、そんなこと気にしてられない。
俺はバーニングを放とうと1歩下がり、左足を踏ん張って右腕に勢いをつけた。
その時。
ストンッ!
側面から来た1本の矢が俺の腕の前を通過した。
反射的にそっちに魔法を放つ。大きな爆煙の奥から1人の弓使いが姿を現した。
「おぉ〜!僕の弓矢を避けるなんてすごいじゃないか!」
そう言って弓使いは拍手する。
「チッ!」
敵は1人じゃなかった。
考えれば容易に想定できた事だと言うのに!
「でも、甘いね」
ヒュンッ………………。
矢とは違う、だが聞き覚えのある音が俺の足元で鳴った。一瞬冷たいと感じた後一気に熱くなるその部分を見てみると、そこにはナイフがあった。
「…………クソッ!」
男……おそらく職業・暗殺者の男は俺の足に的確にナイフを突き刺した。
これでは次弓矢が飛んできたら避けられない。
「僕達は1人じゃないんだ!油断したねザコ魔法使い!」
弓使いが弓から手を離す瞬間を見てしまった。
俺は恐怖のあまり目をつぶって攻撃に備えた。
だが………………
バギッ!
という音と共に矢は真っ二つに折れて地面に叩きつけられた。
矢と共に落ちてきた男が自然と目に入る。
尖った緑色の髪の男は長い剣を持ち上げ、鞘に収めた。
「俺達だって1人じゃねぇぞ!」
そう言って笑うその姿は何者よりも頼もしかった。
「タルデ…………!」
彼は俺の足に不器用に包帯を巻いた。
「ゼロとティリタは一般人が近づかないよう見張ってる。俺はグレンを援護しようと戻ってきたけど…………危なかったな」
タルデは満面の笑みを見せる。俺が無事であることと、自分がギリギリ間に合ったことの両方を喜ぶように。
「…………助かったぜ」
俺は足の痛みを堪えながら立ち上がる。
これで2vs2。
ここからが本番だ。




