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2章38話『一筋』

 ドアノブを掴んだ俺は一気にその扉を開いた。

 扉の先は、青空や花畑が描かれた壁紙やうさぎのぬいぐるみ、積み木、スケッチブックとクレヨン。

 子供部屋と言われて真っ先に思い浮かべるような子供部屋だった。


 その中心にいた1人の少女。

 空色の長髪は色素が落ちて、青空にかかる雲のような印象を受けた。

 病的に白い肌、少し痩せた体つき、何より、虚ろな目でボーッと立ち尽くしている。


 間違いない、彼女がナーダだ。


「あなたは……だぁれ?」


 ナーダは俺の方を見て首を傾げた。その動きは彼女の父、ペルディダと非常によく似ていた。


「…………はじめまして」


 ナーダは礼儀正しく一礼をした。それが逆に不気味だった。

 そしてその俺の嫌な予感は見事に的中した。


「――――――我をその目で見たことを誇りに思え」


 ナーダは一瞬のうちにもう1つの人格を発現させた。まるで正反対の性格だった。


「ティリタ…………これも『EVOカプセル』の影響なのか?」


 ティリタは数秒溜めて頷いた。


「『EVOカプセル』は生命の進化を促す薬。一気に投与すれば、体は進化に対応できず、大きくSANが減少する」


 ナーダはそこで発狂してしまったというわけか。


「見ての通り、発狂のタイプは『多重人格』だ。表と裏が交互に入れ替わる」


「ま、どうであれ私達の目的は変わらないわ」


 ゼロは髪をファサッと揺らし、銃をレッグホルダーから抜いてクルクルッと回した。


「あぁ。もうひと勝負だぜ!」


 タルデも剣の峰をなぞるように撫で、構えた。


「あいつと…………ペルディダと約束しちまったからな」


 ナーダは俺達が止める、と。

 ペルディダはそれに「すまない」と返して文字通り蒸発した。

 あいつは『EVOカプセル』を開発し、罪のないニグラスの人々を傷つけた極悪人だ。あいつを生かすつもりはなかった。


 だが、今俺は『EVOカプセル』の研究者としてではなく娘を思う1人の父親として見ることにした。

 そいつが最後に残した遺産は、俺達が責任を持って処理させてもらう。

 これがナーダの為であり、ニグラスの為であり、そしてペルディダの為であった。


「………………………………」


「………………………………」


 お互い睨み合っている。

 どちらが先に動くか、相手が先に動いた場合どう対処するか、それとも相手の隙を見てこちらから攻めるか…………双方、先の先まで読みすぎた故に動けなくなっていた。


 だが、ここで先に攻められたらどんなに有利だっただろうか。


「アハハッ!引っかかったね!」


 その声と同時に警戒態勢に入った俺達は、反射的に武器を前方に構える。


 ナーダの背中から、赤い翼が生えてきた。


「うっ…………!」


 ゼロが軽く頭を抱える。無理もない。

 彼女にとってあの羽はトラウマとして本人も自覚し得ない場所に居座っている。


「あれは…………アルコンの翼だ!」


 タカ型モンスター・アルコン。ナーダはその翼を背中から生やしていた。


 それだけじゃない。

 ナーダの腕から鋭利な刃が姿を現した。銀色に輝くそれはタルデの剣に勝るとも劣らない。


「マティスの鎌……?」


 ゼロがそう言うと、俺の頭の中で画像が繋がった。確かにあの刃はカマキリ型モンスター・マティスのもので間違いない。


 さらにナーダの後ろの首からうねうねうねと蛇が伸びてきた。

 ヘビ型モンスター・セルピエンテだ。


 足の指の間には半透明の白い水掻きが生まれた。ワニ型モンスター・ココドリーロだ。


「よっ!」


 ナーダは手を伸ばして俺達に向かって糸を放ってきた。

 俺はバーニング、ゼロは回避、ティリタは射程外に下がる、タルデは空中でそれを斬るなどして各々その糸を回避した。


「アラーナ……!」


 この糸攻撃はクモ型モンスター・アラーナだった。


「愚かな人間だ…………貴様らが睨み合ってばかりで攻めて来ないから、我の体に『EVOカプセル』が回った。自ら我の時間稼ぎに手を貸したとはな」


 チッ…………!


「グレン……分かってるね?」


「あぁ……これ以上、『EVOカプセル』を回す訳にはいかねぇ!」


 俺はまずダークネスを放ち、その後に続く形でバーニングを2連発した。

 同時に大きく接近し追撃に備える。

 それにゼロ、タルデも加わり、三角形を作った。


「…………これはなんだ?」


 ナーダは右手の鎌で起爆する前のダークネスを斬り裂いた。さらに続けて飛んできたバーニング2発もスッと一瞬で斬り捨て、首をコキッコキッと数回傾けた。


「……あぁ、これが人間がよく使う『魔法』とやらか」


 鎌を擦り合わせて不快音を立てるナーダ。

 悪意があろうとなかろうと、俺達を見下していることに変わりはなかった。


 同時に、ゼロがナーダの側面に立った。彼女は太ももから銃を取り出し、その銃口をナーダに向けた。

 そしてトリガーの部分を人差し指だけで支え、ゼロが少し力を加えると銃が回転し始めた。


 ダダダダダダダダダダッ!


 ゼロは『アクセル』を使い、大量の弾丸を一度にねじ込んだ。あそこまで連続で撃っているのに反動を抑えきれているのが凄い。

 だが、ナーダは目にも止まらぬ速さで糸を放ち、それを布のように展開してゼロが放った弾丸を全て止めてきた。


 いや、それどころか――――


「面白い技術だ。だが、それが自分の首を絞めることになる」


 ナーダは糸に繋がった手をビタンッとムチのように揺らし、糸に止められた何十発もの銃弾を全てゼロに跳ね返した。


「アアァッッ!!!」


 無数の鉛がゼロの体を貫く。彼女の至る所から血が流れ出した。幸い急所には当たらなかったが、彼女のHPは3割を切っていた。


「ゼロ!一旦下がれ!ティリタはゼロの回復を!」


 俺は2人にそう指示した後、タルデの方を見る。


「タルデ、ゼロが回復するまで時間稼ぐぞ!」


「おっしゃ!なんならこのままぶっ飛ばしてやるぜ!」


 俺は正面から、タルデは右から攻撃を仕掛けた。

 俺はナーダにできるだけ接近し、バーニングを放つ。接近中にバーニングを溜めておいたから威力は十分だ。


「バーニング!」


 大きな炎の球がナーダのすぐ近くで生まれ、すぐに着弾した。これには流石のナーダもガード出来なかったようで、体を少し後ろに仰け反らせ、すぐに戻った。


「うぉぉぉおおおお!!!」


 タルデは飛び上がってナーダを縦に斬ろうとする。その目には強固な覚悟が見えた。

 ナーダは鎌で剣を受け止めた。一刹那に火花が飛び散り、そのままタルデとナーダのパワー勝負となった。


 制したのはナーダだった。

 ナーダは鎌を振り抜いてタルデを押し切る。タルデは背後の壁に叩きつけられた。


「ダメだ…………強すぎる!」


 俺は顔をしかめた。

 5体ものモンスターの遺伝子を受け継いだ神。俺達が戦っているのはそれだ。ただの人間の俺達が勝利するにはどうすればいい?


 俺が考え始めるよりも先に、ティリタは答えを提示した。


「グレン…………攻略法を思いついた」


 ティリタは重い表情で俺を見る。


「今彼女を支配しているのは、彼女が発狂したことで現れた『多重人格』。では、彼女のもう1つの人格はどんな人格だと思う?」


「…………ナーダの元の人格は人を襲うような奴じゃない……そう信じたい」


 ティリタは同意するように…………いや、同情するように頷いた。


「もし僕達の考えが正しいなら、発狂前のナーダは話の通じない相手ではない。つまり…………」


 俺は俺の中で一筋の希望の道が見え、目を見開いた。


「ナーダを倒す必要すらない…………!」


 そう気づいた時、俄然やる気が出てきた。


「目標変更だ。ナーダを倒すのは最終手段。今の俺達の目標は『ナーダを正気に戻す』ことだ」


 俺はそう宣言した。

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