2章37話『父親』
ペルディダは乱れた白衣を整えて、ふうっとため息をついた。
「『EVOカプセル』なしでこの威力か…………精神力の上昇を考えたら、まぁ妥当か」
そういって白衣のポケットに手を突っ込む。
「クソッ…………!」
時間が無い。
ペルディダは倒れる様子もなく、逆に俺達はじわじわと追い込まれていく。ゼロも弾丸をかなりの量浪費した。俺のMPもあとバーニングを3〜4回撃てるかどうか。タルデの剣の切れ味やティリタのMPも限界に近い。
それらを考慮すると、ある絶望的な真実が現れる。
それは、俺達に与えられたチャンスは1回のみだということ。
その1回でペルディダを殺さなければならない。
「グレン、気づいたことがある」
ティリタは俺の肩を叩いた。
「ペルディダの『装甲』は確かに固い。でもさっきグレンが彼の腹にバーニングを叩き込んだ時…………彼のHPは大幅に減少した」
「……というと?」
「ヤツの『装甲』は、一定以上のダメージを一度に加えると意味を成さなくなる」
なるほど…………。
さっきと同じ……いや、それ以上の火力でペルディダを攻撃すれば、勝機はある。ということか。
「一瞬で……今まで以上の高火力を出す方法」
なにか……いい方法はないのか……!
考えろ…………!
考えろ、グレン……!
その時、ゼロがこう言った。
「私がDEXを上げて銃を乱射しても意味がないって事ね。ウィンドの食らい損だわ」
ゼロは何気なく銃をクルクルと回し、レッグホルダーに納めた。
DEXを上げて…………魔法の食らい損…………。
この2つのワードが俺の中で繋がった。
「…………これしかねぇか」
かなり運要素が絡む作戦だった。
ペルディダが気づいてしまえばそれまでだし、少しでもタイミングがズレれば失敗に終わり、魔法の火力も限界まで引き上げなければならない。
だがこれ以外に方法はない。
強いて言うなら、ティリタのマジックアップで俺の体がぶっ壊れるまでPOWを上げて、そこから至近距離でバーニングを放つ方法もある。
そんな方法を実行すれば、俺はタダじゃ済まない。
スマート且つ効率よくアイツを仕留めるには、これしか方法がない。
「ティリタ……俺のDEXを限界まで上げてくれ」
「何か策があるんだね?」
俺は静かに頷いた。
「分かった。君に託す」
ティリタはそう言ってスピードアップを俺にかけた。
「スピードアップか…………時間が無いのは分かるが、それで私に勝てるか?」
ペルディダは呆れ半分不可解半分の眼差しで俺を見た。その目は妙に腹立たしかった。
だからこそ、俺のPOWは上昇する。
「時間がねぇのはどっちだろうな」
俺はペルディダを指さし、叫んだ。
「ゲームオーバーだ!」
俺は右手にこもっていた強い熱を解き放ち、全速力でペルディダに向かって走った。
約30mはあったであろう距離をわずか2秒で走り切り、俺はこの作戦の成功を確信した。
「確かに速い…………だが、DEXなど私の前では無意味。私の『装甲』は生半可な攻撃じゃ避けれない」
分かってるさ。最初から生半可な攻撃なんてするつもりは無い。俺は足に力を込め、ペルディダの頭を飛び越えるように高くジャンプした。
「女の真似事か…………?」
いいや、違う。
俺はゼロの真似をすることは出来ないし、ゼロも俺の真似をすることは出来ない。
俺はスタッと音を立ててペルディダの裏に立ち、バーニングのチャージを開始した。
散々ナメやがった罰だ。俺のMP、全部くれてやるよ。
ペルディダは俺を目で追い、呆れたようにため息をついた。
「背後から撃とうと、結果は同じだ。私の『装甲』に防がれ――――――」
そこまで言って表情が変わった。
ペルディダはもう1つの魔法の存在に気づいたからだ。
ペルディダの前方からバーニングが接近する。
それも、高濃度の火幻素を蓄えた高火力のバーニングだ。
「火属性魔法だと……!?だが、魔法を使えるのはお前だけのはず……」
ペルディダは俺達の職業を把握していたようだ。それだけの能がありながらなぜ答えに辿り着けないのか。
「よく分かってるじゃねぇか。このパーティで魔法を使えるのは俺だけだ」
「………………まさか!」
ペルディダの表情に焦りが見えた。
ようやく俺の作戦に気づいたようだな。だがもうタイムアップだ。
「死ぬ準備を始めろ」
俺は最高まで蓄積したバーニングを保ったまま腕を横にした。
これが俺の作戦だ。
ティリタに俺のDEXを上げてもらい、突っ込む前にバーニングを放つ。そしてそのバーニングを追い抜くように全速力で走ってペルディダの背後に立つ。
そうして前方と後方の両サイドから同時に高火力バーニングを放つことで『装甲』を突破し、ペルディダを殺す。
我ながらなかなか悪くない作戦だった。
「だが、私の『装甲』は少しでもタイミングがズレれば突破できない。君はこの不可能を可能に出来るか?」
ペルディダは不安を煽るようにそう言ったが、その程度の言葉は俺には効かない。
俺はフッと鼻で笑っていった。
「俺は『紅蓮』だ。不可能を可能にする以前に、俺に不可能はねぇ」
俺はそう言って、飛んできたバーニングと完璧に一緒のタイミングでペルディダの背中にバーニングを放った。
「グァァァアアアアアッッッ!!!!」
ペルディダの体は表面から蒸気となって溶け、みるみる小さくなっていった。
真っ白い霧に包まれた室内。
俺がひとり勝利を噛み締めていると…………
「…………ハァ……ハァ……」
煙の中から、彼は姿を現した。
「ペルディダ…………!」
彼の体は完全には溶けていなかった。微妙に火力が足りていなかったのだ。
と同時に、赤いライトが爆音と共に部屋を照らした。
ブーッ!ブーッ!
「……『EVOカプセル』投与完了の合図だ。やはり、時間切れになったのは君達の方だったな」
俺達に深い絶望が流れると同時に、俺はペルディダに歩み寄った。
…………ここから先は、俺が『紅蓮』なら絶対に有り得ない事だ。
「あの攻撃を食らったお前の体はもう長くない。幻素がお前の体を蝕み、崩壊させる」
ペルディダはそれも本望だ、といった顔で俺を見る。
「冥土の土産だ。死ぬまでの間俺の話聞いていけよ」
ペルディダは今度は不思議そうな顔で口をぽかんと開け、首を傾げる。
「お前の娘は……《ナーダは既に死んでいる》。そうだろ?」
「なっ…………!」
ティリタが後ろで声を上げた。
俺も初めてエスクードさんから聞いた時は驚いた。彼女は俺だけにそれを伝えてくれた。
それが何故かは分からない。
「…………あぁ。ナーダはもう何年も前にカオス教の教徒に殺されている。毒殺だ」
カオス教という単語が気になったが深くは追求しないことにした。
「…………でも、公開された映像にはナーダが映っていた!あの時の彼女はしっかり人として生きていたじゃないか!」
ティリタは慌てた様子でそう言ったが、
「死人を動かす方法。お前も知ってるだろ?」
そう言って俺は真横にある『EVOカプセル』製造機を指さした。中に囚われているのは俺達もよく知るモンスターだ。
「カダベル……!」
「そうだ。ペルディダ、お前は自分にとって深いショックとなった娘の死を忘れるために研究に没頭した。その時、『EVOカプセル』の開発と同時にそれを使えばモンスターに自我を与えられることに気づいた」
そこでカダベルに『EVOカプセル』を投与して自我を与え、それを毒を抜いた娘の死体に寄生させる。
そのまま脳を乗っ取ったカダベルを教育し、自分の娘を生き返らせた。……と思い込んだんだ。
「ナーダを神にする目的は世界をリセットすることじゃない。もう二度とナーダが死なないようにすることだ」
違うか?と俺が問いかけると、ペルディダは静かに頷いた。
「私は娘を失ったショックと同時に、娘を殺した毒……もとい化学を憎んだ。世界をリセットする目的も、もちろんあったさ」
だが、とペルディダは続ける。
「そんなこと、ナーダが望んでいる訳が無いよな」
ペルディダは自分に呆れたように笑った。
その目に涙を浮かべて。
「最初から気づいてはいた。これはナーダのためにはならない、と。それでも私はナーダを生き返らせたかった。そうやって足掻いた結果がこれだ」
ペルディダは目を擦る。
「君に倒されて目が覚めたが、同時に自分のやった事の恐ろしさに気づいたよ。責任を取ろうにも、もう私は長くない。最後の最後までナーダに迷惑をかけてしまうとは、私は父親失格だ」
ペルディダの体は水蒸気へと変わりだした。火幻素が体内で暴れだしたのだ。
「…………安心しろ、てめぇの後始末は俺達が引き受ける」
ペルディダはゆっくりと顔を上げた。
「ナーダは、俺達が止める」
俺は拳を握り、ペルディダの目を強く見つめた。
「すまない……………………」
そう言って、ペルディダは空中に消えて無くなり、そこには何も残らなかった。
「行くぞ、みんな。もうひと仕事だ」
俺はMPポーションを一気飲みし、その空き瓶を投げ捨てた。
口を拭い、奥の部屋へと続く扉に手をかける。
最後の最後まで娘を愛したお前が、父親失格なわけあるか。
俺は息を深く吸い、扉を開けた。




