2章36話『時間制限』
「人間の……『EVOカプセル』だと……!?」
俺は反射的にそう聞き返した。
「確かに我々にも人間の遺伝子を使って『EVOカプセル』を作ろうなんて発想はなかった。あまりにも非人道的すぎるからな」
やっていることは人間でのクローン実験のようなもの。いや、人間を道具として使っている以上そんな生易しい行為ではない。
「あの装置にうちのメンバーを入れたのは君だろう?監視カメラにバッチリと映っていた。つまり君は私ですら思いつかない未知への扉を蹴破ってくれた訳だ。感謝するよ」
「…………ッ!テメェ!」
俺は右手の拳を強く強く握った。
自然と手の中が熱くなり始めた。俺の心の高鳴りに『彗星』が共鳴しているのか。
「人間は……道具じゃねぇ!」
俺はそう叫び、バーニングを放った。バチバチと音を立てて飛んでいくバーニングはその形を揺らがせながら前方に飛んでゆく。
しかし、
「口ではなんとでも言える」
ペルディダはそれを左手を薙ぎ払っただけでかき消した。一瞬で、最初からバーニングなんてなかったかのように。
「…………ならばそれを証明してみるといい」
ペルディダは一際大きな装置に近付く。
ガラスのケースを拳で叩き割り、その中にあったボタンを押した。次の瞬間、ブーッ!ブーッ!と警告音が鳴った。
「…………何をした!」
「このボタンは、奥の部屋のナーダに究極の『EVOカプセル』を投与するボタン。15分の猶予の後に、彼女にはこの世の全ての遺伝子を合成した『EVOカプセル』が注射される」
ペルディダは装置から離れ、白衣を脱ぎ捨てた。
「防ぎたければ私を止めてみろ。それが出来ないなら、君達は世界があるべき姿に戻るのを指を咥えて見ているといい」
ペルディダは指をポキポキと鳴らした。
「…………あぁ、やってやる」
ここまで来たら引き下がれなかった。
「みんな、行くぞ!ペルディダを止めるんだ!」
俺が背後の3人にそう声をかけると、気合いのこもった返事が3つ返ってきた。
俺達はそのまま、戦闘に入った。
まず仕掛けたのはゼロだった。
ゼロはアサルトライフルをペルディダの頭目掛けて乱射する。ガガガガガガガガガガッ!と爆音が連続で鳴り響いた。
だがペルディダはそれを素手で受け止める。表情1つ変えることなく。
「人間の『EVOカプセル』を人間に投与した場合…………対象はステータスが格段に上がる。そしてそれは『装甲』も同じだ」
装甲。
一般的に防御ステータスはHPやGRD、SLDが主だが、一部のモンスターは『装甲』といってダメージを根本から軽減するステータスを持っている。
俺の魔法やタルデの剣だけでなくゼロの銃のダメージすら軽減、ないしは無効化されてしまう。
厄介な相手だ。
「だが、全くダメージが通らない訳じゃねぇだろ!?」
タルデは剣を横に構えてペルディダを突き刺そうと突進する。が、剣はいとも簡単にペルディダに掴まれてしまった。
刃を握っているのに彼の手からは一切の血が流れず、それどころか更に力を込めてタルデの剣を折ろうとしてきた。
タルデはとっさの判断でペルディダの手を振り切り、後ろに下がった。
「アイツのパワー…………バカに出来ねぇぜ」
「……あぁ、分かってる」
相手は『EVOカプセル』を使った、半ば反則的な方法で俺達を始末しようとしている。
いわばドーピングみたいなものだ。
それに比べて俺のパワーは絶望的だ。
POWは平均値より大幅に低いし、その他の数値も高い訳では無い。俺とペルディダとの力量差を表すには圧倒的という言葉すら相応しくない。
「だが…………やるしかねぇ」
俺はウィンドを体内に放った。体が慣れてきたのか、さっきより早く風の鎧を纏うことができた。
「ゼロ、ちょっと手伝え」
俺はゼロを呼び寄せ、作戦を説明した。
「…………あれ結構痛いんだけどなぁ。まぁ仕方ないわね」
ゼロはそう言って俺の作戦に乗ってくれた。
ティリタ、タルデにも同じ作戦を説明し、それぞれ武器を構えた。
「じゃあ行くぜ、ゼロ」
俺がそう言って姿勢を低くすると、ゼロはふてぶてしく笑ってアサルトライフルを構えた。
そしてゼロはペルディダの方へ走り出す。
「私に銃は聞かない。君達はそれを学んだはずだ」
百の承知だ。
俺は走り込むゼロの背後から、力いっぱいの魔法を放った。
「ウィンド!」
緑色の旋風がゼロを追いかけるように飛んでいく。
「まさか、女の攻撃に続くように魔法を……?」
ペルディダは独り言のようにそう呟いた。
おおむね計画通りに事が進んでいる証拠だ。
「だが、愚かだな」
ペルディダは余裕そうにそう言った。
「女の足はウィンドの弾速より遅い」
そう、ウィンドは俺が使える魔法の中でも弾速がトップクラスに速い。むしろこの魔法から逃げ切れる方がおかしいのだ。
だが、作戦は順調に進んでいる。
ペルディダは、『ゼロがこの魔法から逃げきれないからこの作戦は破綻する』と考えている。
しかしそうではない。
『ゼロがこの魔法から逃げきれないからこそ作戦は進行していく』のだ。
ついにゼロに激突したウィンド。彼女のHPは多少なりとも減った。
そしてそれに見合っていない程のリターンが俺達に訪れた。
「何……?」
ペルディダは冷静沈着だが、内心焦っているはずだ。指先が不自然に動いている。
ゼロはウィンドを食らった。だが、それでいい。ゼロは被弾直後急激に前進し、ペルディダの意表を突いた。
そのままゼロの猛攻が始まる。
「はぁっ!」
ゼロは寸前でアサルトライフルを捨て、二丁拳銃に切り替えた。アサルトライフルは中距離向けの武器。相手がこの作戦に気づく確率を少しでも下げるためにゼロには最初にアサルトライフルを握ってもらった。
ゼロは殴りつけるようにフックをかけて至近距離で銃を撃つ。さらにハイキックで一瞬の隙を作りそこに短めの『アクセル』をねじ込む。
彼女のその戦い方は限りなく武闘家に近かった。
これが俺の作戦だ。
ウィンドに限らず風魔法全般は命中した相手を大きく吹き飛ばす。そしてそれは、当たり前のことだが敵味方なんて細かい違いを検知しない。
そのウィンドを背後からゼロに当てたら、彼女はどうなるだろうか。
案の定、DEXを超えた大幅な加速を実現させることが出来た。
「タルデ!俺達も行くぞ!」
「あぁ!」
タルデはサムズアップして俺と同時に駆け出した。その後ろからティリタも近付いてくる。
「『装甲』はあくまでダメージを軽減するだけ。全ての攻撃を無効化することはできない!」
「OK!このまま地獄まで叩き落としてやるよ!」
俺はバーニングを放つ。そのバーニングが命中すると同時にゼロが側面から銃を放つ。さらに薄くなった爆煙の奥からタルデが一直線にペルディダを切りつける。
「これで終わりだ……!」
俺はペルディダの腹部に手を当て、限界まで幻素を蓄積させた。膨大な熱量を保ったまま、叫んだ。
「バーニング!」
ペルディダは腹に強力な火属性魔法を食らい、後ろに大きく飛ばされた。灰色の煙の中、ガシャンッ!と金属のような音が鳴る。
「…………どうだ?」
俺は煙の中を凝視する。
…………現実はそんなに甘くないようだ。
「今のは危なかった。あと少しで死んでいた」
ペルディダは皮肉を込めてそう言い、割れたメガネのレンズを服の裾で拭いた。
「なかなかやるな、君達」
まだ…………生きてやがる。
俺はふと装置のディスプレイを見た。そこに書いてあった数字は俺達の焦りを加速させた。
残り時間は6分。




