2章34話『新型』
辺りに転がる死体をどけ、俺達は持ち場についた。俺達は西側を警備することになっている。
ふと胸ポケットを見た。黒いトランシーバーが異様な存在感を放ってそこにある。どうしても注目してしまう。
今回の作戦では全員にトランシーバーが配布される。重要な情報や通達はこのトランシーバーを使って全員に行き渡る。
早速、俺のトランシーバーから声が出た。
「西、400m先に研究会と見られる武装集団を確認。目標は4名、全員アサルトライフル、防弾チョッキ、ヘルメットを装着。西の警戒に当たっている者は速やかに対処せよ」
いきなり俺達の仕事か。
派手にぶっ飛ばしてやるぜ。
各ギルドの情報系の役員達はマスターズギルドの一角を借りて周辺の敵を探知している。その情報が俺達に流れてきたという訳だ。
「3人とも、今の情報は聞いたな?」
「あぁ。防弾チョッキとヘルメットか…………なかなか厄介な相手だ。ゼロの銃が通らない」
いや、それだけじゃない。
ゼロの銃が通らないということは、俺の魔法やタルデの剣もそう簡単に通してはくれないだろう。それに敵はアサルトライフル持ち。固定ダメージを絶え間なく撃ち込んでくる。
「気を引き締めていくぞ」
俺は右手に手袋をはめた。
そしていつも通り、右手に力を込めて幻素を集中させた。魔法を放つことなく。
手の内側が段々と熱くなっていく。幻素が溜まっている証拠だ。
できるかわからないけど、やってみるだけやってみるか。
しばらくすると、トランシーバーから聞こえた通りアサルトライフルを持った男4人が見えた。どうやら別の場所で息を潜めていたが、本拠地が突入されたということで出てきたらしい。
男達は腰を少し低く下ろし、銃口をこちらに向けた。射程には入っていないはずなので、おそらく威嚇射撃だろう。
だが、俺にも1つ策がある。
俺は右手を自分の心臓に突きつけ、魔法を放った。
「ウィンド!」
俺の体内に風魔法が放たれた。
体を幻素が駆け巡る感覚が体感できた。
以前から気になっていた。
俺は『プリズム』という特異体質で、全ての属性の幻素を体内に溜め込むことなく排出することができる。
ならば自分から体内に幻素を流し込んだら、一体どうなるのだろう。
魔法として手から放出されるだろうか?確かにその説もあるが、俺は別の説を推したい。いや、その説を信じてみたい。
「ぐっ…………うぉぉぉお!!!」
足に力を込める。既に銃弾はすぐそこまで迫ってきているが、これならギリギリ間に合うかもしれない。
そもそも、実際にそれができるかどうかはわからない。だが、これが出来れば戦略の幅が広がる。
「うぉぉらぁぁああああ!!!」
後ろに背中を曲げて体内で暴れる幻素に耐える。もう少しで…………もう少しで!
そうして更に力を込めると、俺を中心に大きな爆風が発生した。
…………どうやら、運命の女神は俺に少しだけ手を貸してくれたようだ。
「ハァ…………ハァ…………どうだぁ!」
俺の体には緑色の風がまとわりついている。
それは、俺が少し触ろうとしただけで俺の手を弾いてしまう程の、小さくも強い風だった。
俺は風魔法を体に纏って鎧状にすることに成功したのだ。
これで銃弾なんてものともせず相手を殲滅できる。
「タルデ、準備できてるか?」
「もちろんだ!」
と、サムズアップする。
「ゼロ、今回はちょっと休んでろ」
「…………2人に任せっきりってのは気に入らないけど、弾代もったいないしお言葉に甘えるわ」
今ゼロが突っ込んでいっても有効なダメージにはなり得ないからな。
「ティリタ、なんかあったら頼むぞ」
「もちろん。僕は僕に出来ることをするまでだ」
ざっくりとした頼みを受け入れてくれたティリタに頷き、俺はニヤッと笑った。
「ゲームオーバーだ!」
俺は研究会メンバーの下に突っ込む。俺の0.3秒後から、タルデも走ってきた。
「バーニング!」
まず一発目のバーニング。
まっすぐに敵めがけて飛んでいく火球は強い熱と光を放つ。
そしてそれを追いかけるように、今度はダークネスを放った。
「ダークネス!」
バーニングとダークネスは発動時間に差がある。このくらいのスパンで撃つと、だいたい2連撃になる。
敵はそれに怯みつつも的確に避け、銃撃を続けた。だが、俺の風の鎧は案外強力だった。飛んでくる銃弾を全て跳ね返す。
強いていえば、何かを跳ね返す度にMPが消費されてしまうのが難点だ。物がぶつかって削れた分の幻素を補充しているのだろう。
「おっらぁぁあ!!!」
俺の少し後ろから、爆煙を突き破って敵に突っ込んでいったのはタルデだ。
敵はタルデに向かって一斉にアサルトライフルを連射するが、タルデはそれを1発もくらわない。
彼は抜群の動体視力で敵の弾丸を見切り、回避ないしは真っ二つに斬り捨てている。
そのまま、タルデは敵の肩に刃を噛ませ一気に振り下ろす。敵は血やらなんやらをぶちまけて青白い粒子と化した。
「……転生者か」
一応、ベルダーの時のようにわざわざ教会の接続を切らなくてもマスターズギルドが悪徳な転生者の転生先を強制的に変更、そのまま逮捕、収監を行っているため心配することはない。
マスターズギルドはありとあらゆる仕事を担っている。
「ほぉらよっ!」
タルデは足払いをして敵を転ばし、下から薙ぎ払うように首を斬り飛ばした。ソイツも同じように小さな粒子となっている。
「『アンティゴ研究会』は転生者のメンバーも多いのか……」
確かに現世にも似たような新興宗教がわんさかあったな。そういうのが転生してここに来ているのか?
そんなことを考えながら、俺はタルデに気を取られて俺を見ていなかった敵の頭を掴んだ。
「バーニング」
俺の手の中で小爆発を起こした後、手を開いた。さっきまで生きていたソイツは力なくバタリと倒れ、頭から血を流した。
コイツは現地人みたいだな。
「よっし!あと1人だ!」
タルデは2回ジャンプする。
敵は俺とタルデを同時にアサルトライフルで撃ち抜こうとするが、両方ともそれを完全に無効化した。そう簡単に死にたくねぇからな。
タルデはまるでミュージカルを踊るように銃弾を斬り壊しながら敵に迫り、ハイキックで相手のアサルトライフルを叩き落とす。
タルデはアサルトライフルを踏み、それを拾おうと屈んだ敵の目の前に剣を突きつけた。
「勝負あったな」
タルデがそう言った。俺も既にタルデの勝利を確信していたため悠長にMPポーションを飲んでいた。
そのコルクの蓋をガラスの瓶に押し込んだ辺りで、研究会メンバーがこう言った。
「いいさ。私の命など『アンティゴ研究会』に置いて何の価値もない。…………いや、私は死ぬ事で価値を見出すと言った方が正解か」
「…………つまり、自分は囮だと?」
「私だけじゃない。本拠地の周りから攻めてくる研究会のメンバーは全員囮だ。全ては我が父の偉大なる計画のため…………」
周りから来る奴らが全員囮?それは嘘だ。
もし本当に全員が囮としての役割しかないのなら、本拠地内の研究会メンバーは3ギルドの精鋭部隊と正面衝突することになる。
銃に頼ることしか出来ない研究会メンバーが勝てるわけが無い。
だが、そこまで考えてあることに気がついた。
「そういえばお前、『EVOカプセル』はどうした?」
男はフッと笑い、言った。
「私に配られたのは旧型。新型に比べればただのゴミに過ぎない」
新型…………?
一瞬訪れた静寂を破ったのは、トランシーバーの音だった。
「突入隊、退却します!」
なっ………………!
あの絶対的な戦闘力を誇る突入隊が退却だと!?
「くそっ!」
タルデは怒りに任せて男の首を飛ばし、俺を見た。
俺達は大急ぎでティリタ達の下に戻った。




