2章32話『ゲリラ放送』
「よくぞ戻った。感謝するぞよ」
レムリア大陸に戻ってきた俺達は調査報告書を提出しに、《ビエンベニードス》本拠地を訪れた。
彼女は調査報告書をじーっと見つめ、何度か頷く。
「《無名都市》…………マスターズギルドも観測できなかった亡霊の街。よくぞ攻略してくれた」
俺は少し誇らしくなり、胸を張る。
「これでお主らは3つのダンジョンを攻略したことになる。この偉業を成し遂げた者はなかなかいない。それも、転生からわずか数ヶ月でとは。わらわも驚愕している」
ダンジョンというのは基本大人数で挑むもの。
先の《クン=ヤン》のような攻略法が正規だ。俺達がたった4人で《無名都市》を攻略したのは異例中の異例だそうだ。
これらの戦闘を通して、俺達は格段に強くなっている。全員、平均してLv50前後。
Lvの上限は恐らくベルダーの999だからまだまだ先は長いが、以前と比べて大幅に上がっているのは事実だ。
ダンジョンのボスは強敵だが、その分得られる経験値は多い。
「あ、そういえば」
ティリタが思い出したようにバッグを漁る。
そして中から1冊の黒い本を取り出し、それをディエスミルさんに渡した。
「これは……?」
「亡霊王アルハザードが所持していた魔導書『ネクロノミコン』です」
ディエスミルさんは目の色を変えた。
「『ネクロノミコン』……!?まだ原本が残っていたのか!」
あれ、そんなに凄い魔導書なのか?
確かにあの魔導書から放たれた闇魔法は恐ろしい威力だったけども。
「これを解析すれば、さらに強力な魔導書を開発できる……!お主ら、礼を言うぞよ!」
ディエスミルさんは奥の部屋に入り、『ネクロノミコン』を置いて戻ってきた。
「今回は色々とお主らに助けられた。アオイにも、いい報告をしておこう」
ディエスミルさんはそう言った後俺達に報酬金を渡す。
「え…………」
その数字を見た俺は驚愕した。
0が多すぎる。桁間違ってないか?
「……こんなに貰っていいんですか?」
ゼロが警戒交じりにそう問いかける。
ディエスミルさんは優しい笑顔で首を縦に振った。
「本来の目的である砂漠の調査、《無名都市》の攻略、『ネクロノミコン』の回収…………それら全てを考えれば、これでもまだ少ないくらいじゃぞ?」
《ビエンベニードス》の長であるディエスミルさんからすれば、この額は驚くほどでもないのかもしれない。
だが、俺の手帳に振り込まれた報酬金は75万G。
普段はどれだけ良くても1人3〜4万Gだという事実を念頭に置けば、この数字がいかに破格かがよく分かるだろう。
「価値のある物には相応の対価を支払う。当然のことじゃ」
《ビエンベニードス》は武器の値下げ交渉に応じることは全くない。例えそれがギルドマスターやマスターズギルド役員であろうと。
しかし逆に、ぼったくりをするようなギルドでもない。
武具の価値をしっかりと見極め、販売地域や需要をよく考えて値段を設定する。
ディエスミルさんの一言は、彼女の高いプライドを物語っていた。
「とにかく、お主らの働きには感謝している。これからも、よろしく頼むぞよ」
俺達は彼女のその言葉にお辞儀で返し、《ビエンベニードス》本拠地を後にした。
「……にしてもエラい額だな」
「だよなぁ〜!何でも買えるじゃねぇか!」
ちなみにアオイさんの方にも報酬金が行っているらしい。つまり、この75万Gは1Gたりともギルドに回収されない。
「とりあえず、ラーメン食べて帰ろう?」
ゼロが俺の顔を覗き込むように言った。
俺が「そうだな、そうするか」と言おうとしたその時。
俺の手帳が鳴った。
エスクードさんからの電話だ。
「はい、グレンで――――」
「グレン君!今どこにいる!?」
エスクードさんは焦りを隠さなかった。
どこかを駆け回っているのか、息切れしている。
「……もう少しで寮に着くところです。何かあったんですか?」
「よかった!そのまま急いで寮まで戻ってきて!」
そこで電話は切れた。
俺はその旨を3人に伝え、急いで寮に帰った。
久しぶりの帰宅だったが、今は懐かしさに浸っている場合では無さそうだ。寮内の空気は妙に重く、ギルドメンバーの話し声が聞こえまくっていた。
「……あ!グレン!みんな!」
仲のいいギルドメンバーが俺を指さして叫ぶ。
その声に釣られて数人のメンバーが集まってきた。
「ゼロちゃん!おかえり!大丈夫!?」
「…………えぇ。私は大丈夫だけど……」
「なぁ、な〜んでこんなに騒がしいんだ?」
タルデが俺達の後ろから顔を出して聞いた。
「荷物置いて食堂に来てみろ!」
そう言ってそのメンバーも食堂に向かった。
俺達は各々の部屋に荷物を置いて食堂へ向かった。
既にほとんどのメンバーが食堂で立ち尽くしている。彼らの視線の先にあったのは、天井からぶら下がっているテレビだった。
画面は薄暗い部屋を写している。
左下に小さな電灯があるだけだが、その光は中心にいる男と少女の顔をハッキリと表した。
そしてその顔は、俺には見覚えがある。
「ペルディダ…………!」
少し前にムー大陸行きの船で見た白衣の男とその手を握る白い肌の少女。
男の方の名はペルディダ。少女はナーダ。
そしてペルディダは、『アンティゴ研究会』のトップに立つ男だ。
「宣言する」
ペルディダはテレビの前でそう言い、腕を広げた。
「本日より我々『アンティゴ研究会』は、世界のリセットを開始する!」
世界のリセット…………。
あの日も、似たようなことを言っていた。進化を繰り返すことで原点へと回帰する、と。
「この世界は人の手によって汚された…………進みすぎた技術や魔法はこのニグラスの地を破滅へと導く」
辺りのギルドメンバーは固唾を飲んでテレビを見ていた。どうやらこの動画は俺達が寮に帰ってくる前に公開された画像で、同じ映像がループしているらしい。
「私は、瞬く間に幾千もの時を超えて進化を遂げる方法を知っている。何十もの生物を1つに融合する方法を知っている。これが何を意味するか、分かるか?」
『EVOカプセル』…………。
幾千もの時を超えて進化を遂げる方法とやらはそれだろう。
だが、何十もの生物を1つに融合する方法とは何だ?
俺が考えていた時、ティリタが俺の腕をつついた。
「グレン……生物を融合する方法、それは複数の『EVOカプセル』を同一個体に投与することなんじゃないかな?」
「…………確かにそれが上手く行けば、大量のモンスターの遺伝子が融合する。だが、そんな過剰な進化に耐えられるほど丈夫なモンスターいるのか?」
人間じゃまず間違いなく体が耐えられずに死ぬだろうから、対象がモンスターなのは分かりきったことだ。
そう思っていた。
「私は、娘のナーダにその秘術を使用する」
なっ…………!
「アイツ……自分の娘を実験台にするつもりか!?」
俺の怒りはテレビに映るペルディダに届く訳もなく、彼は更に話し続けた。
「私の秘術を受けたナーダは、この世界の新しい神となる!地下深くに眠っている過去の時代の支配者達が目覚める暇も与えず、この世界はあるべき姿を取り戻す」
そしてペルディダは最後にこう言った。
「これはただの戯言ではない」
強く、何故か説得力を感じさせる一言だった。
ちょうどその時、食堂の扉が開いた。
そこにいたのは、ゼェゼェと息を切らせて扉の前に立つ金髪の女性だった。
「エスクードさん!」
ギルドメンバー達は一斉に彼女に群がる。
「緊急招集だ!グレン、ゼロ、ティリタ、タルデ。以上の4名は《アスタ・ラ・ビスタ》本部のギルドマスター室に集合!」
…………ディエスミルさんは、俺らの活躍をアオイさんに伝えると言っていた。
それもあって、俺達が呼ばれたのだろう。
呼ばれた理由は言われなくてもわかる。
俺達は『アンティゴ研究会』殲滅作戦のメンバーに選ばれたのだ。




