2章31話『remember』
亡霊王アルハザード。
ついに男の名が明かされた瞬間だった。
フードの向こう側のアルハザードは、顔全体に血塗れの包帯を巻き付け、口元だけが露出している状態だった。
目に当たる部分は深い穴になっている。そしてその周りには傷…………。
目玉をくり抜かれたと考えるのが自然だろう。
「私の姿を見て、驚いているね?」
見透かされたようにそう言われて腹が立った。だが、俺のSANが大きく減少したのは事実だ。
「無理もない。絶対的な力を前にした時、人は恐怖を覚える。私を見て恐れおののくのは普通のことさ」
いちいち腹が立つ言動を繰り返しやがる。
ベルダーを思い出す喋り方だ。
「みんな、下がってろ」
俺はゼロ、ティリタ、タルデの3人にそう告げた。これもまた、ベルダーとの最終決戦を思い出す一言だった。
「大丈夫なのか?グレン」
タルデが心配そうにこっちを見る。
俺は少しだけ振り返ってフッと笑った。
「なに、心配いらねぇよ」
赤い手袋をギュッと奥まで押し込み、アルハザードを睨みつける。相手は全身から青白い粒子を放っている。それはおそらく、この街が放っているそれと同じだ。
この現象とアイツの発言から察するに、アルハザードも亡霊。まぁ亡霊王と名乗っているくらいだから当たり前か。
要するに、俺の魔法攻撃しか通らない。
俺以外だと、ゼロとタルデは物理攻撃。ティリタはサポート。
今戦えるのは俺だけだ。
「たった1人で、私に勝とうと言うのか?」
「調子乗んな。テメェ如き、俺1人で十分だ」
アルハザードはフン、と呆れたように声を出し、言った。
「時に、君たちが倒した亡霊達はどうなったか知りたくないか?」
俺達が倒した亡霊…………。
確か亡霊を倒した後、ヤツらは苦しみながら粒子となって消えていったよな。
粒子……?
「まさか!」
「そうだ。君達が倒した亡霊は全て私の一部となっている」
亡霊の体は様々な属性の幻素で出来ている。そこに強力な魔法攻撃を加えることで幻素の配列が変化し、幻素が体を保てなくなる。
そうして幻素は粒に戻って、亡霊は分解されるという訳だ。
その分解された全ての幻素は、今アルハザードの中にある。
俺をビビらせるためのハッタリの可能性もなくはないが、とてもそうは思えない。
「さっき亡霊を一斉に仕向けたのもそれが狙いか……!」
「そういうことだ。あの攻撃で死んでくれてもよかったんだが、市民を倒してくれるならそれでいい」
アルハザードの手に、1冊の魔導書が現れた。
禍々しい見た目のその本を、アルハザードは愛おしそうに撫で回している。
「これは『ネクロノミコン』…………私が作った魔導書さ」
ネクロノミコンに、紫色の幻素が溜まっていく。
あれは間違いなく闇属性魔法だ。
「ローザ・ネグラ」
いとも簡単に放たれた黒色の魔法。それは今までに見たことも聞いたこともない魔法だった。
最初に楕円形の黒い塊が放たれる。まるで海の中を猪突猛進に泳ぐマグロのように。
そしてそれはある1点で停止し、回転しながら拡張していった。その光景はブラックホールが生まれる瞬間、もしくは蕾が開いて黒いバラが開花する瞬間と例えられる。
そしてその黒バラは濁りきった波動を俺にぶつけた。ただの波動なのに、頭がガンガンと痛む。
ダークネスはおろか、ディスペアーですら比べ物にならない威力だ。
「クソッ…………!」
この魔法、波動だけで終わりじゃない……。バラがだんだんと膨らんできている。
この中に幻素が蓄積されているんだ……いつ破裂してもおかしくない。
「ティリタ……!2人を守れ!」
「でも……君は!」
「どっちにしろこの至近距離じゃ防御魔法なんて意味ねぇ!俺のことは気にするな!」
ティリタは唇を強く噛み締め、防御魔法を展開した。
「シールド!」
ティリタが魔法を発動すると、五角形がいくつも重なった膜が3人を包み、守る。
シールドは1度だけ魔法攻撃を無効化する魔法。MPの消費は激しいが強力な魔法だ。
次の瞬間、ついにバラが爆発した。
ありとあらゆる光が消え去ったように空間が黒く塗りつぶされる。そしてその黒色一つ一つが俺の体を貫通し、外側だけでなく内臓まで黒く汚した。
「ぐぁぁぁあああ!!!」
大きく後ろにノックバックした俺は、全身を強く打った。HPも残り少ない。
だが……問題はそこではない。
「ぁ…………あぁ……」
俺の目の前に、何かが映る。
「これは………………」
思い出したくなかった。
時々頭にはチラつくものの、無理やり封じ込んでいた記憶が一斉に頭に流れ込む。
繊細に、かつ大胆に、記憶は俺の脳内を巡回する。
「ローザ・ネグラは闇属性の最強魔法…………ネクロノミコンを所持する私だけが使える魔法だ」
そして…………
「その効果は、命中した相手のトラウマを呼び起こす事。今、彼は自分の中の絶望と戦っている……」
その声がだんだんと薄れていく。
視界も濁り、五感が溶けていく。
…………だが。
「…………へぇ」
俺は立つしか無かった。
「蘇らせたのは、本当にトラウマだけか?」
久しぶりにこの感覚に陥った。
前世の俺の、もうひとつの名前。今の俺の名前の由来。俺にこの世界への切符を手渡した男…………。
今までとは訳が違う。
力の一端を思い出していただけのかつての俺とは違う。
今の俺は、正真正銘『紅蓮』だった。
「助かった……お前が思い出させてくれたおかげで、俺のリミッターが外れたぜ」
俺はゆっくりとアルハザードに近づいていく。
「大口を叩けるのも今のうちだ」
アルハザードはもう一度、ネクロノミコンに黒いエネルギーを蓄積し出す。
「ローザ・ネグラ」
また楕円形の闇幻素が俺目掛けて飛んできた。
だが、そんなもの取るに足らない。
ドンッ!
俺はタイミングを見計らってジャンプし、回し蹴りを決める。ローザ・ネグラの蕾は一撃で散り、消滅した。
「STRなら、俺は誰にも負けねぇ」
パンチやキックを『道具』として使う限り、デメリット効果は発動しない。
物理攻撃が『道具』である以上、俺は最強だ。
「…………ッ!我が市民!行け!」
アルハザードの背後から無数の亡霊が現れる。
さっきほどではないが、その数はかなりのものだった。
だが俺は『紅蓮』だ。
死をもたらす殺人鬼に、生への執着を捨てられない亡霊が勝てるわけが無い。
亡霊は俺の身を貪ろうと群がってくるが、俺は回転しながらバーニングを放ってそれを退ける。
一気に詰め寄ってきたらウィンドで距離をとり、近づいてこなかったらダークネスで仕留め、集団で攻撃してきたらバーニングで一気に焼き尽くす。
「…………ゲームオーバーだ」
俺がそう呟くと、アルハザードはネクロノミコンにエネルギーを蓄積させる。小規模のエネルギー弾を俺の首目掛けて発射してきたが、俺はそれをヒラリとかわし、右手をアルハザードの内側に突っ込んだ。
「ぐっ…………ぐぁぁああ!!」
「亡霊は幻素の塊……。それは、お前にも当てはまる」
俺は『彗星』の力をフル稼働させた。
「なら、俺が幻素を全て食らいつくせばいい」
俺の力は加速する。
危険だとか、無謀だとか、そんな低次元の話ではない。
「きっ……貴様、この街を全て吸収するつもりか!!?そんなことして体が持つわけが無い!」
「…………俺のPOWは限界まで上がっている。こんなちっぽけな街1つ、簡単に平らげてやるよ」
アルハザードは苦しみ出す。
首を掻きむしり、目をギョロッと動かし、俺を睨みつけた。
「なぜ…………お前のPOWはそこまで上がった……?」
薄くなり始めたアルハザードは最後の力を振り絞ってそう俺に聞いた。
「はぁ?」
俺は睨み返し、ボソリと言った。
「思い出させたのはテメェだろ」
――――――――――ドゴォォン!!!
巨大な爆発音を立て、アルハザードは《無名都市》ごと消滅した。
「…………これでもう大丈夫だろ」
俺はネクロノミコンに手を触れ、幻素を体内から排出する。
「グレン…………お前……!」
タルデがプルプルしながら俺の方へ歩み寄る。
「やっぱカッケェ〜〜〜!!!!」
と、タルデは抱きついてきた。
「あんな戦い方初めて見たぜ!本当に強いなグレンは!」
俺は苦笑いを浮かべた。
強い…………か。
あの日の俺が今くらい強かったらな。
アルハザードの野郎、余計なこと思い出させやがって。




