2章30話『名を失った日』
「幻の……街?」
俺は目の前の異型を見ながらティリタの言葉を繰り返す。
その額から一筋の汗が流れた。
「あぁ……この街は、もう何百年も前に滅んでいる。ここに存在するわけがないんだ」
ティリタによると、かつてここにあった都市は地下の鉱物や虚数空間の切れ目から溢れ出る幻素の力を駆使し、今のアーカム以上の巨大な都市を生み出した。
しかし、アトランティス大陸の内陸部ということもあってすぐに水不足に陥る。そしてそのまま廃れていき、最後には滅んだとのことだ。
「確かにこの辺りは川が少ない。……だけど、湧き水を汲み上げるとか、そもそも川から水を運ぶ手段なんていくらでもあったはずだろ?」
「……ディエスミルさんは、とある『大災害』がこの辺りの水を一気に枯らしたと言っていたよ」
「大災害?なんだそれ?」
ティリタはタルデの質問に答えることが出来なかった。
彼もディエスミルさんにその答えを求めたが、教えて貰えなかったからだ。
「まぁどっちにしろ、アイツらは敵なんだよな?」
タルデは剣を抜く。キラリと輝く刃は恐ろしくも美しい。そしてそれは、タルデの瞳も同じだった。
敵を前にした彼はもはや殺人マシーンだ。真剣さ半分、楽しさ半分の剣が敵を切り刻む。
「うぉぉお!!!」
タルデは3人の人間を相手に剣を振り回す。
3人の首目掛けて横一線に振った剣はキレイな角度で敵の肉を裂く――――
はずだった。
剣はブォンッ!と大きな音を立ててヤツらを通り過ぎる。そのまま勢い余ったタルデは数歩よろけて倒れそうになる。
「やっぱり、アイツらには物理攻撃が通らないみたいね」
ゼロは悔しそうにギリリリッと音を立てて奥歯を鳴らす。彼女の職業は武闘家。物理戦闘職だ。銃はおろか、予備プランの格闘も無効化されてしまうとなると、彼女の出る幕はない。
「だが、どうやら魔法攻撃は通るようだぜ」
さっきヤツらにバーニングを放ったが、見事命中し一瞬怯ませることができた。
完全に攻撃手段がないわけではない。
「ここからは俺のターンだ」
俺は手袋を深くはめ、目の前の人間を睨んだ。
「ダークネス!」
まずはダークネス。詠唱から発動までタイムラグが発生する。俺はそのタイムラグを利用し、魔法を追いかけるように走り出した。
そしてそのまま大きく飛び、回転しながらバーニングを放つ。ダークネスの発動終了と同時に俺のバーニングが発動。
敵へのダメージは計り知れなかった。
「ぐぉぉぉ!!!」
「きぁぁぁ!!!」
「ぐはぁぁ!!!」
俺の攻撃を食らうと目の前の異型の体は上の方からみるみる薄くなり、苦しみながら消えていった。
「…………まるで幽霊だな」
俺がそう言って後頭部を掻くと
「そうだ。幽霊だ」
3重に重なった低い声が俺の後ろから聞こえた。
そこに居たのは黒い服を着た男。フードを深く被り、その隙間から伸びた髭をちらつかせている。
「この街にいる人間は皆亡霊。いや…………この言い方だと語弊がある」
俺は睨みながら首を傾げる。
「《この街そのものが全て亡霊》。かつて繁栄したこの街は一夜にして亡霊と化したのさ」
この街そのものが亡霊…………か。
確かに、昼間はここは広大な砂漠だったが、夜目を覚ますとこの街が出来上がっていた。
男の意見にも納得が行く。
タルデが少し警戒しながらも男に問う。
「なんでこの街は亡霊になったんだ?」
男は空に輝く月を見て言った。
「私はかつてこの街の王だったのさ」
今でこそモンスターの巣窟となっているアトランティス大陸だが、以前はレムリア大陸ほどに栄えた大陸だったそうだ。
しかし、連年水不足に悩まされ周辺の都市はみるみるうちに衰退。だが、この街は類まれな技術力があったため、水不足に陥ることはなかった。
しかし、ある決定的な出来事がこの街……いや、この大陸を一気に破滅させたという。
「この街に、神が現れたのさ」
と男は言う。しかし、それ以上は語らなかった。
どうしても思い出したくない出来事のようだ。
そうして街は亡霊と化し、《無名都市》というダンジョンになった…………というわけか。
と、思っていた。
「私はこの街を守りたかった…………だから」
時間を止めることにした。
男はそう言った。
「時間を止める……だと?」
「偉大なる旧支配者・ヨグ=ソトース。私は彼の声を聞き、この街の地下の洞窟に潜った」
するとどうだ。洞窟の奥深くに人工的な部屋を見つけた。そこには1つの水晶玉と分厚い本が1冊あった。
見たことのない言語で書かれた本は不思議とスラスラと読めた。本に書かれていたのはこの街を救うたった一つの方法だった。
「水晶玉を街の真下に置き、そこに生贄を捧げる…………そうすれば、この街は亡霊と化し、これ以上栄えることも、これ以上滅びることもなくなる。そう書いてあった」
男は自らを生贄に捧げ、街を亡霊へと変えたのだ。
「お前が……この街を亡霊にした張本人!」
俺は右手を強く握った。
そこにゼロが割り込む。
「もう1つ聞きたいことがある…………私はさっき亡霊に襲われかけた。これは一体どういうことかしら?」
確かに街をそのまま亡霊化しただけなら、この街の亡霊はただの一般市民。
いくら外部の人間とはいえ、ゼロをいきなり襲うなんてことするわけがない。
「この街は時間が止まっている。亡霊になった瞬間に飢えていた者は永遠に飢え続けたままだ。その捕食対象がたまたま君だっただけだ」
何がそんなに不思議なんだ?と言わんばかりの顔をする男に腹が立った。
同時に、男の真の顔に気づいた。
「なぜこの街に飢えた人がいる?」
それも3人もだ。言い訳ができる数ではない。
男はこの街に飢えた人……いわゆる貧民層がいることを知りながら何も対策をしなかった。
俺はそう考えている。
「お前が愛しているのはこの街じゃねぇ…………《この街の長である自分》だ」
男は呆れたようにため息をつき、俺達を指さした。
「行け、我が市民よ」
男がそう言うと、彼の背後からぞろぞろと亡霊が現れた。パッと見ただけでも30体近く。
「…………チッ!」
俺はバーニングを放って迎え撃ち、亡霊を対処する。
コイツ、この街の亡霊を支配できるのか?
男は俺達を嘲笑うこともせず、真顔で俺達を見下した。
「どうだ?私の市民に手も足も出ないだろう?」
「…………調子に乗りやがって!」
亡霊には物理攻撃が通らない。今戦えるのは魔法攻撃を使う俺だけだ。
だが、亡霊は俺1人で相手できるほど生易しい数じゃない。倒せる倒せない以前に俺のMPが切れてしまう。
そうなれば俺らはコイツらに喰い殺されて終わりだ。
このままじゃ…………マズい。
そう思ったその時だった。
――――貴様は器になり得る。
俺の脳内に、確かにそう聞こえた。
何だ?今の声は。気にはなったが俺は考えないようにして亡霊退治に戻る。
するとどうだろう。
俺の手から放たれた炎はゴォォッ!!と一気に周囲に広がり、無数の亡霊を一気に焼き尽くした。
その光景は、俺の記憶の中にあった地獄の獄炎を引きずり出した。
「ぐっ…………!」
反動で体に負荷がかかり、その場にしゃがみ込む。周りは俺の魔法に目を丸くしていたが、1番驚いているのは俺自身だ。
今のは何だ?なぜ、俺はあんな強い魔法を放てた?
俺が右手をじっと眺めていると
「貴様……なかなか美味そうじゃないか」
男はフードの中でニヤリと笑い、それを脱ぎ捨てた。
「私は亡霊王アルハザード。貴様はここで我が一部となるのだ」




