2章29話『名もなき』
盗賊と呪術師を倒した俺達は来た道を戻り、改めて砂漠へと出発した。
森を抜けてからはまっすぐ草原を走るだけだったため、最初と比べるとだいぶ楽だった。それでも2時間近くずっと馬に乗っているのは辛い。
しばらくすると、ティリタが遠くを指さして叫んだ。
「あ!砂漠だ!見えてきたよ!」
ティリタは相変わらず目がいい。
俺はよーく目を凝らして視線の先を見る。確かにそこには濃い肌色をした砂の大地が辺り一面に広がっていた。
あれがディエスミルさんの言っていた砂漠か。
今回の依頼はこの砂漠の調査。
確か、ここで街を見たって言う人が後を絶たないって話だったな。
俺達は馬を停め、辺りを詳しく調べることにした。ティリタは調査報告書を手に持ちながら、砂の手触りを確認している。
俺は周りに落ちている植物の種や動物の骨なんかを漁ってみる。二グラスの生態系には詳しくないが、前世の知識を用いれば多少の情報は手に入るだろう。
ゼロとタルデは周辺警戒に当たっている。
2人は難しい事は苦手なタイプだから、順当な役割分担だろう。
「これは……ゴブリンか何かの骨か?」
俺が拾った肋骨は形、大きさ共に人間の物とよく似ていた。恐らく人型のモンスター……ゴブリンやオークのものだろう。
あとは木の実のような物も見つけた。ここが砂漠になる前に生えていた木が落とした実だろう。
その2つをティリタの下に持っていき、調査報告書に記してもらった。
「人型モンスターの骨、それと木の実か。なかなか興味深いね」
ティリタは紙にペンを走らせる。
こういう重要な書類は、手帳を使わず紙に書くのが《ビエンベニードス》の流儀らしい。
「ここの砂、特にこれといって特異な点はないね。ただ…………」
ティリタが顎に手を置く。
「この砂の下。そこから、何か大きな力が働いている気がするんだ」
「大きな力?何だそれ」
「僕にもよく分からない。でも、少なくとも僕達ごときが解決できるほど小さなものではないと思う」
なるほどなぁ……。俺達には理解し得ない、そして手の出しようがない何かがここの地下にある、と。
俺は手袋をはめて地面に手をつけてみた。
確かに、微弱ながら何か波を感じた。
「この下で地盤がズレているとか、地下水が湧き上がってるとか、そんな感じか?」
「どうだろうか……僕には全く検討もつかない」
ティリタはその事も細かく調査報告書に書き記した。
その後、近くの開けた場所にテントを立て、少し仮眠をとることにした。ここまで来るのに長かったし、予期せぬ連戦続きでヘトヘトだった。
俺はテントの中に寝っ転がると、一瞬のうちに眠ってしまった。
しばらくして目が覚めた。
どうやらかなり長いこと眠っていたらしく、手帳の時計は夜中を指していた。隣ではタルデとティリタが寝ている。
俺はゆっくりと起き上がり体を伸ばす。
そして自分の正常を取り戻すと同時に、目の前の異常に気がついた。
テントの外から眩しいほどの光が差し込んでいる。外は何も無い砂漠だと言うのに。
俺は慌てて外に顔を出す。そしてその光景に驚愕した。
目の前にあったのは巨大な都市。レムリア最大の都市・アーカム……いや、それ以上の大きさだ。
俺は2人を起こし、テントの外を見せた。
「あれは…………」
「でっけぇ街だな……いつ出来たんだ?」
俺にも分からない。俺達が寝ている間に、一体何があったんだ?
俺達がテントから出ると、左からリンゴが飛んできた。それを受け取ってすぐに左を向くとそこには大量のリンゴを抱えたゼロがいた。
「おはよ。お腹空いたでしょ?」
ゼロはほぼ無表情でリンゴをかじる。
「お前、ずっと起きてたのか?」
「えぇ。あ、言いたいことは分かるわ。この街の事でしょ?」
さすがゼロ。話が早くて助かる。
「私もよくわかんないのよね。夕方くらいから砂漠から青い光がほわーって出てて、特に気にせず森に行ったら、戻ってきたらこうなってたわ」
なるほど。ゼロもこの街が出来る瞬間は見ていないのか。
いよいよ、この街の謎を解き明かせる者がいなくなった。
「そういえばゼロ、なんで寝てなかったんだ?」
「私も寝ようとはしたんだけど、どうにも寝付けなくて」
そうなのか。まぁさほど気にすることでもない。
俺は改めて街を見回してみる。
大きさの面ではさっきも言ったがアーカム以上。しかし、アーカムが現代的な街なのに対してこの街は中世をイメージさせる洋風な街並みだ。
まるで、ここだけ時間が止まっているような、そんな感覚を覚えた。
俺は街に向かって歩き始める。
「待ってくれ!いきなり現れた街だよ!?入るのは危険だ!」
「ディエスミルさんの依頼は、砂漠の調査…………なら、砂漠に生まれたこの街も調査しなければいけない。そうだろ?」
「…………確かにグレンの言うことも一理ある。でも……!」
ティリタがそう言うと、ゼロが彼の頭をぽんぽんと叩いた。
「なーにビビってんのよ。危険に身を晒さなければ、冒険者なんてやってられないわ」
ゼロが俺の下へ走ってきた。
「危険かどうかっていうより…………俺はこの街が気になる!だから行ってみるんだ!」
タルデも清々しい笑顔を見せた。
「…………何かあったらすぐに逃げてくれよ」
ティリタは納得した訳ではなさそうだが、苦笑いしながら俺達についてきた。
街に入ると、様々な音が聞こえてきた。
料理の音、人の会話、陽気な音楽…………。この街は活気に満ち溢れているようだった。
店もあったが、看板には店の名前が書いているだけでこの街の名前は分からなかった。
とりあえず街の名前は知っておきたいと思った俺は、近くを歩いていた夫人に尋ねた。
「すみません。俺達ここに迷い込んじゃったみたいなんですけど、この街なんて言うんですか?」
「あら、冒険者の方?ここは――――という街ですよ」
「……?もう一度お願いします」
「ここは――――という街ですよ」
これは…………。
街の名前が、聞き取れない?
「おかしいな…………」
そこで俺は気付く。
看板には街の名前が書いていないのではない。街の名前が、不自然にぼやけているのだ。
まるで水性絵の具で書いた文字に水を垂らして擦ったかのように、ぐちゃぐちゃに乱れている。
この街の異様さを改めて痛感した俺は、道で待っているゼロ達の下へ戻り、今の一連の下りを話した。
「やっぱり…………この街は何かがおかしいわね」
「あぁ……。なんか、本の中に閉じ込められたみてぇに思えるな」
本の中に閉じ込められた、か。
確かに、この街は限りなく現実に近いが、どことなく現実から遠い。
本の中というタルデの表現は正しいかも知れない。
「とりあえず、ディエスミルさんに電話をかけてこの街について報告するよ」
その時。
「キャッ!」
ゼロが背後から何者かに引き寄せられた。
数人の男女が尻もちをつくゼロを囲み、口々にこういう。
「新鮮な肉だ……」
「今夜はご馳走ね……」
「いい血色をしている……」
…………!
俺は血の気がスーッと引いていく感覚を覚えた。
ゼロは拳銃を放ってその場から離脱しようとする。
しかし、あろう事か銃弾は人々をすり抜けてあさっての方向に消えていった。
コイツら、人じゃない。
「バーニング!」
俺は渾身のバーニングを放つ。まっすぐ飛んでいく炎の弾は、人々を怯ませる。
その隙にゼロも離脱した。
「…………今の攻撃を生身で食らったら、人なら死んでるはずだ」
「つまり、アイツらは人じゃねーってことだろ?」
タルデもその真実にたどり着く。
そして「こいつはマズいぜ……」と唇を舐める。
すると、後ろからティリタが叫んだ。
「皆聞いてくれ!この街は…………」
ティリタは少し溜めてから、言った。
「この街は《無名都市》!実在しない、幻の街だ!」




