2章28話『騙し撃ち』
呪術師の男は込み上げる笑いを堪えるように、下を向いて肩を揺らした。
それに合わせて盗賊の男も高笑いする。
「バカだねぇ君たちも!こんな安上がりな罠に引っかかるなんて!」
クソッ……!
なぜ俺達がこの辺りにいると分かってたんだ?
「カダベル使いのあの男、あいつも我ら『アンティゴ研究会』の研究者だったのさ!」
そういう事か……。アイツも含め、全員グルだったってわけか。
悲鳴を聞いたからわざわざ助けに来てやったのにこれだ。無性に腹が立つ。
「ありがとよぉ!自分から来てくれて!おかけでお前らを探す手間が省けたぜ!」
へぇ……。俺らを探す手間を省けた、ねぇ?
「お前らは1つ勘違いしている」
「はぁ?」
男は半分笑いを混じえながら聞き返す。
俺は少し口角を上げながら言った。
「俺は罠にかかるためにここに来たんじゃねぇ…………テメェらを殺すためにここに来たんだ」
この時、久しぶりに『紅蓮』の頃の俺が降りてきた。と同時に、圧倒的に不利なこの状況をひっくり返せると思い始めた。それほどの自信が湧いてきた。
4vs2。数的優位には立っている。盗賊の方は短剣特有のリーチの短さから、ある程度の攻撃範囲を持つ俺達が優勢だ。
問題は呪術師。ヤツのせいで俺の魔法は使い物にならなくなるし、ゼロの動きは鈍るし、タルデの力も下がる。
呪術師を先に叩くのがいいだろう。
とはいえ、盗賊の方も無視できない。
今まではゼロが高いDEXとガン=カタの技術を駆使して渡り合えていたが、今はそうもいかない。
となると、盗賊を先に始末するのも悪くないかも知れない。
盗賊さえ処理してしまえば呪術師は俺達にダメージを与える手段が消えるからな。
とにもかくにも、デバフを相殺しない事には話にならない。
「ティリタ、ゼロのDEX上げられるか?」
「……やってみる」
ティリタはゼロにスピードアップを使用する。
そうしている間にも盗賊は俺の方へ近づいていた。
下がったDEXではタイミングよく避けるのも一苦労だ。早めに避けてしまうと避けた先を狩られる。
「……チッ!」
俺は右足を軸に回転し、盗賊の側面に回る。そのまま頭を掴んでバーニングを放とうとするが、盗賊は俺の手を払い、俺の腹を蹴って距離を置く。
衝撃で後ろへ数歩下がっている間に、盗賊は体勢を立て直して突っ込んできた。
苦し紛れのウィンドを放つが、やはりまともな火力にはならない。弱々しい風を突破され、俺は脇腹を刺された。
「ぐほぁ…………!」
反射的に盗賊の顔を殴り、刺された短剣を無理やり抜き去った。デメリットのせいで全身に電流が走り、数秒動けなかった。
STRは人一倍あるため、生半可なダメージではないはずだ。しかし、STR低下のバフを俺も食らっていたのか、盗賊はすぐに立ち直った。
「あの呪術師……本物だ。僕達のステータスが著しく下がっている!」
ティリタはそう言ったが、そんなこと百の承知だ。どちらにせよその状況下をひっくり返さないと俺達は勝てない。
ダンッダンッダンッダンッ!
弾の装填を終えたゼロが盗賊に向かって発砲する。ゼロもSTRが下がった影響で銃の反動を耐えきれず、尻もちをついて後ろに倒れた。
それを見た盗賊は攻撃の対象を俺からゼロに変更した。俺達とは比べ物にならないスピードでゼロに接近し、短剣を舐めるような動作を見せた。
銃の弾はまだ装填し終わっていない。
俺もタルデもこの距離からじゃ間に合わない。
ゼロは絶望しきったような顔で後ずさりし、威嚇なのか銃を向けた。彼女の手は微妙に震えていた。
だが、俺は確信している。
あいつは死なない、と。
「はぁ…………」
ゼロは呆れたように大きなため息をついて、後ろに隠していた手を出した。
そこに握られていたのは大きなアサルトライフル。彼女はそれを右手だけで持ち上げ、盗賊に突きつけた。
「油断したでしょ」
ガガガガガガガガガッ!
盗賊の体は一瞬で蜂の巣となった。
尻もちをついた状態なら、反動はそこまで大きくない。それに銃は固定ダメージ。ステータスがどれだけ下がっていようと関係ない。
「お前…………いつの間にそれを!」
「《ビエンベニードス》に行った時、安く売ってたから買ったのよ。重いし、弾倉もいい値段するから、使うの控えてたけどね」
「買ったんだったら言ってくれよ……!」
「敵を欺くにはまず味方から、でしょ?」
コノヤロウ…………。
とはいえ、結果的に盗賊の方は倒せた。あの量の弾丸を浴びせる辺り、ゼロの殺意の高さが伺える。
「さぁ、あとはお前だけだぜ」
俺は呪術師の男を指さして言った。
今のを見せられた以上、ヤツの心の中には焦りがあるはずだ。
だが、ヤツは俺達を見て大声で笑っている。
まるで全て計算通りだと言わんばかりの笑い方だ。
俺は呪術師をじっと睨む。
「残念だったな!既に準備は完了している!」
呪術師の杖の先から、ブラックホールのように歪んだ黒い穴が出てきた。グワングワンと揺れながら闇を放っているその光景、以前見たことがある。
呪術師は強く叫んだ。
「ディスペアー!」
キンッ…………ゴォォオオオオオ!!!!
一直線に飛んできた巨大な闇属性魔法。やはりあれは闇属性の最上級魔法・ディスペアーだった。
俺はゼロを抱えてなんとか回避する。さっきまで俺達がいた場所の地面は大きくえぐれ、乾いた水路のようになっていた。
盗賊はこの魔法をチャージするための囮だったのか……!
「呪術師が…………攻撃魔法だって!?」
ティリタは目を見開いて驚いている。
それもそのはず、普通味方の強化を行う聖職者や敵の弱体化を行う呪術師は攻撃魔法を使えない。使えたとして、下級魔法。
それなのになぜヤツが最上級魔法を撃てたか、答えはすぐに明らかになる。
呪術師の手には赤いカプセルがつままれていた。やはり……『EVOカプセル』の所業か。
呪術師はすぐに2発目のチャージに入った。
言わずともがな、チャージしきる前に殺せば魔法は飛んでこない。しかし、DEXが減少している故に恐らくここから走っても間に合わない。
何か一瞬で移動する手段は………………。
「…………ティリタ」
名前を呼ばれた彼はゆっくりこちらを振り返った。
「俺のPOWを限界まで上げてくれ」
「まさか、ここから魔法を当てて倒す気……?」
俺は素のPOWが低いから無理だと言いたいのだろう。が、それでも俺はやるしかない。
「ゼロ、タルデ。お前らはアイツに突っ込め」
「…………この状態の俺達で間に合うのか?」
「俺を信じろ」
タルデの問いにこうとしか返せない自分が情けない。
それでも2人は俺を信じて、呪術師に突っ込んでいってくれた。
「POWの強化は完了した!あとは頼んだよグレン!」
任せろ。
「ゲームオーバーだ」
俺は右手を前に突き出し、思いっきり息を吸う。
失敗は許されない。1発で決める。
「ウィンド!」
俺はウィンドを放つ。強い風がまっすぐに吹き荒れ――――
ゼロ達の背中に当たった。
「……グ、グレン!?まさか外したのか!?」
ティリタは不安そうに俺を見るが、当の俺は余裕そうに笑みを浮かべる。
この時点で俺の勝利は確定していた。
ウィンドは強い風と共に、ゼロとタルデを呪術師の元まで運んだ。
これが俺の狙いだ。
ウィンドにはノックバック能力がある。普通これは敵を遠ざけるためのものだが、今回は移動手段として利用した。
風の力にはDEXなんて関係ないからな。
そこからは無惨だった。
魔法のチャージが半分も済んでいない呪術師はゼロのガン=カタで全身に穴を空けられ、タルデの剣術で全身を寸刻みにされ、そこに残った死体は肉食動物の餌のように見えた。
「…………先に言ってよ。結構痛かったわよあの風魔法」
俺はフッと鼻で笑い、
「敵を欺くにはまず味方から、だろ?」
ゼロは不服そうな顔でそっぽを向いた。




