2章22話『諸刃の剣』
俺達は部屋の隅にある階段をじっと見つめた。
階段は下の階に続いているようだったが、そこに何があるかはわからない。
尋問した女の話では、この下はギャア=ヨスンとかいうクン=ヤン人の奉仕種族の為の空間。
そうだと仮定すれば、この階段の先から奴らは現れるはずだ。
そう思って、階段を見つめていると
カツ……カツ……カツ……
何かが上がってくる音がした。
来る……!
俺達は武器を構え、階段に集中した。
しかし、上がってきたのはギャア=ヨスンではなかった。
「タルデ…………!」
「グ……グレン?」
タルデは肩からおびただしい量の血が出るのを抑えながら、ふらついた足で階段を登ってきた。
階段にも血の跡が点々と――――いや、1本の筋になって連なっていた。
「すごいケガだ……!早く治療を!」
ティリタが回復魔法と包帯を使ってタルデを手当する。HPの方はなんとか上限まで戻ったし、ケガの方も不自由なく動ける程度には直った。
だが、もう1つ問題がある。
「これは…………」
タルデのSANが著しく減少していたのだ。
「この先で君は一体何を見たんだい!?」
ティリタがタルデの肩を掴んで問いかけると、タルデは小さな声で答えた。
「猿……が……を……食ってた……」
食ってた……?まさか、タルデはその瞬間を見てしまったというのか。
クン=ヤン人が外の人間を襲う理由、《クン=ヤン》の中に漂う異臭、そしてタルデのSAN値減少…………。
ほとんど確定だろう。
「…………グレン」
ゼロが俺を呼ぶ。彼女の視線の先には床に垂れた血を舐める猿人の姿があった。
長く黄ばんだ牙には少し劣化した血液がこびりついている。毛並みや爪も乱れていた。
「あれが……ギャア=ヨスン?」
ゼロは銃を構え、姿勢を低くする。
ギャア=ヨスンは暗闇の中から目を光らせ、ゼロを睨んだ。
「…………!」
ゼロは決死の覚悟で暗闇の中に突っ込んでいった。
「先手必勝よ」
ゼロは高く飛び上がると同時に体を捻って回転し、連続で銃を放った。そのまま着地した後もギャア=ヨスンの上を通過するように縦に回り、確実にギャア=ヨスンを仕留めにいく。
そのスピードは凄まじく、ギャア=ヨスンは気づいてすらいなかっただろう。
ゼロは銃口から立ちのぼる煙をフッと吹き消し、カッコつけるように長い左の髪をファサッと揺らした。
「ま、ざっとこんな所ね」
ゼロのガン=カタはいつ見ても完璧だ。
前世に父親に教わったとは聞いているが、教わりすぎじゃないか。
「ゼロ!まだだ!」
ティリタが後ろから叫ぶ。
ハッとしてゼロが暗闇の中を見ると、光る目はまだいくつもあった。
当たり前だが、ギャア=ヨスンは1匹ではない。
俺も加勢しようとゼロに近づいた。
が、彼女は真っ青になりながら硬直していた。
反射的に俺もゼロと同じ場所を見る。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
クチャ…………クチャ…………
ギャア=ヨスンが細長いものを食べている。先端は5つに分かれ、その1本1本の先が丸く尖っている。
出来るだけ理解しないようにしていたが、やはり無理だ。
ギャア=ヨスンは人間の腕を喰らっている。
いや、腕だけではない。足や腹、生首なんかにかぶりついている奴もいた。
やはりクン=ヤン人は外の人間をギャア=ヨスンの餌にする為に襲っていたのだ。
この異臭も、人間の屍臭で間違いない。
ギャア=ヨスン達の目は俺達に向いていた。
まだ鮮度のある人間は奴らにとっては大好物なのだろう。ギャア=ヨスンの口からヨダレが糸を引いて垂れた。
「バーニング!」
俺は焦りもあって、とっさにバーニングを放った。強力な火属性魔法はギャア=ヨスン達に命中し、その体毛を焦がした。
「グギャアアアア!!!」
ギャア=ヨスンは続々と雄叫びを上げる。
そして四つん這いになって俺達に向かってきた。ギャア=ヨスンの鋭い牙が俺達に向けられる。
あれを喰らったらひとたまりもない。
ゼロはダンダンダンッ!と両手で銃を3発撃った。その弾丸は的確にギャア=ヨスンの頭を撃ち抜く。
が、すぐに次のギャア=ヨスンが襲ってきた。ゼロはさっきのギャア=ヨスンに気を取られて背後から迫る別個体に対応しきれない。
「ウィンド!」
俺はウィンドでギャア=ヨスンを無理やりゼロから引き剥がす。ゼロはその隙にギャア=ヨスンに向けて発砲した。
しかし、ギャア=ヨスンはまだまだ大量にいる。1体ずつちまちま倒していたらキリがない。
「ゼロ、あとどのくらい弾残ってる?」
「全然余裕よ。私、準備はいいタイプなの。そういうグレンこそ、MP大丈夫?」
「正直、微妙な所だ。回復する時間が欲しいが、その間にギャア=ヨスンに襲われることは目に見えてるからな…………」
MP回復用のポーションはガラスの瓶に固いフタがついている。開けるのには時間がかかるのだ。
「…………グレン、SANどれくらい残ってる?」
「SAN……?まぁ、SANは余裕だけど……」
「了解。1つだけ作戦を思いついたから、自分の身は自分で守ってね」
ゼロは後退し、殺したクン=ヤン人の死体を肩に担いで運んできた。そしてギャア=ヨスンの目の前に置いてすぐに下がる。
「グレン、目閉じて」
「え?あ、あぁ」
俺は言われるがままに目を閉じた。
まぶたの向こう側から粘着性のある音がいくつも聞こえてくる。
さっき置いた死体をギャア=ヨスンが貪っているのか?
その隙に倒す作戦なのだろうが、人間の死体1つを囲んで食えるほどギャア=ヨスンは少なくない。
…………まさか!
俺はとっさに目を開けた。
「アハハハハハッ!」
間に合わなかった……!
「てめぇ……無茶しやがって!」
俺は一目散にゼロから離れる。今のゼロは何をしでかすか分からない。
ゼロはあえてギャア=ヨスンに人間の死体を与え、それを食わせた。そしてその光景を目視し理解することで自分のSANを大幅に削り取る。
そうして自ら発狂することで頭と体のリミッターを外して、ギャア=ヨスンを攻略する気だ。
それがどれだけ危険な行為か、ゼロも分かってるはずだ。だが、そうでもしないとギャア=ヨスンの群れを突破できないと考えたのだろう。
相談してくれれば他の作戦があったかもしれないのに……1人で背負い込みやがって……。
と思うと同時に、ゼロ1人に重荷を背負わせてしまっている自分が情けなく感じた。
「さぁ、血をちょうだいよ!」
ゼロは目を思いっきり見開いてギャア=ヨスンの群れに突っ込んだ。
ギャア=ヨスンはゼロを取り囲むように一斉に襲いかかる。しかし、ゼロは回転しながら銃を撃って周囲のギャア=ヨスンを殲滅する。
更に体に捻りを加えながら宙返りして離れた場所のギャア=ヨスンを撃ち抜く。
ダダダダダダダッ!
そんな擬音が永続的に目の前に流れた。
「アハハッ!もっと!もっと血をちょうだい!」
ゼロは迫り来るギャア=ヨスンの顔面にハイキックをかまし、短めの『アクセル』で頭を撃ち抜く。背中を狙ったギャア=ヨスンもノールックで撃ち殺され、わずか3秒で2体の猿人が骸と化した。
しばらくするとそこに生きたギャア=ヨスンはいなくなった。
大量の死体と銃弾の中、返り血まみれのゼロだけが赤いドレスを着たように美しく、且つ惨たらしくそこに存在した。




