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2章15話『海上の魔術師』

「おぉ……すげぇな」


 午後7時、キングスポートの港。俺達は数十分後に出港する予定の船を見上げて感動を覚えた。

 白を基調にした船体に青いラインが数本入っている。左端には『Buenosdias(ブエノスディアス)』と高級感溢れる筆記体のフォントで書かれていた。


 お察しの通り、これは《ブエノスディアス》の船。アルマドゥラさんが紹介してくれた。

 紹介のない他の乗客はかなりの運賃が掛かるが、アルマドゥラさんから直々に紹介を受けている俺達は無料で乗れる。


「さぁ、遅れないように早く乗ろうか」


 ティリタに促された俺達は長い階段を登って船に乗船した。

 船中にかけられているクラシックのBGMとワインレッドのカーペットが、一風変わった緊張感をもたらす。


 ちなみに、これ以外にも安い船はいくつかある。本来俺達が乗るべきはそういう身の丈にあった船だ。

 いきなりこんな高そうな船に乗せられても、何をしていいか分からない。


「ここからムー大陸まで5時間ちょっとある。色々見て回ろうか」


 ティリタの提案を呑み、俺達のベッドルームに荷物を置いて船を見て回ることにした。


 まず、真っ先に向かったのは食事スペース。

 《ブエンプロペチョ》をはじめとする名だたる商業系ギルドの一流料理人がそれぞれブースを設けて料理を振舞っている。

 どのブースも行列が出来ていた。


 次に、シアタールームへ向かった。

 複数の小型シアターを借りて映画を見ることができるようだ。そういえば転生してから、こっちの世界の映画を見たことがないな。

 時間があったら見てみよう。


 他にもカフェがあったり、ダーツやカジノがあったり…………豪華客船以外に適切な言葉が見つからなかった。


「しばらくここで遊んでるわね」


 カジノを去ろうとした時、ゼロがそう言った。

 あぁ嫌な予感がする。というか、なんとなくこの先の展開が見える。


「グレン、お金貸してくれない?」


 ほらね。


「今回だけは絶対貸さない」


「……………………絶対?」


「絶対」


 ゼロはため息を1つつく。


「まぁいいわ。無理やりにでも稼いでやるわよ」


 こいつ所持金全賭けするな。


「……ゼロは僕が見ておくから、グレンは回ってきていいよ」


「マジか。ありがとな」


 マジでありがとな。








 色々回ったが、途中ですれ違う人がみんな貴族っぽい格好で、なんだか罪悪感と劣等感に駆られてだんだん気分が悪くなってきた。

 俺は船の上へ向かい、人がいないテラスへ出た。


 暗い夜空に星あかりだけが点々と輝く。

 潮風が俺の髪を揺らす。

 俺はフェンスに寄りかかり、広大な孤独を噛み締めた。特に意味もなく、なんとなく水平線を眺めていた。


 しかし、その退屈も長くはなかった。


「貴様が、《アスタ・ラ・ビスタ》のグレンか?」


 低く錆びた声が俺を呼ぶのに反応し、咄嗟に振り返った。

 そこに立っていたのはやせ細った男性だった。右手には魔導書を持っている。


 そして彼のその目付き。鋭くこちらを威圧する彼の目は、こちらに対する殺意を輝かせていた。


 少なくとも、味方では無さそうだ。


「あぁ、俺がグレンだ。何か用か?」


「私の名はシマキ…………。我が父が言っていた。貴様は、我ら『アンティゴ研究会』の邪魔になるとな」


 アンティゴ研究会。そう聞いた時、俺の体の細胞が一斉にざわめいた。

 ほぼ無意識に手袋をつけ直し、戦闘態勢を取った。


「そういう事か…………。奇遇だな、ちょうど俺もお前に用がある」


 シマキと名乗る男は目を細めた。


「お前ら『アンティゴ研究会』は、この世界の邪魔になる」


 俺は相手に猶予を与えなかった。

 手をシマキに向けると同時にフレイムを放つ。

 薄暗い夜の中、フレイムだけはしっかりと存在を主張した。


 しかし。


「……弱々しい炎だ」


 シマキは右手に持っていた魔導書を開いた。ひとりでに捲られていくページはバタバタと風をなびかせ、瞬く間に大きな旋風と化した。


「ストーム」


 シマキがそう言うと、ゴォォオッ!と音を立てて緑色の風が俺のフレイムを容易くかき消した。


「その手袋は『彗星』だろう?。全属性の魔法を使いこなせる優秀な魔導具だ。しかし、使い手のPOWが低いのでは、宝の持ち腐れだ」


「ヤロォ……!」


 もう、こちらの弱点を見抜いてきやがった。


「本当にお前が、あのベルダーを倒した魔法使いなのか?」


 …………そうか。

 俺達はかつて《エンセスター》のベルダーを撃退した。その頃から既に目をつけられていたということか。


「まぁ、そんなこと些細な問題だ。我が父はお前を始末しろと仰った。なら、どんな理由があろうとそれは揺るがない」


 シマキはもう一度、ストームを撃ってきた。

 俺は、頭では無意味だとわかっていても反射的にフレイムを撃って相殺を試みる。


 俺とシマキの中心で衝突した2つの魔法。

 その交点を超えて、ストームは俺にダメージを与えた。


「ぐぁぁああっ!!!」


 俺は強力な風に吹き飛ばされ、後ろの柵に叩きつけられた。


「ストームは風属性の上級魔法。下級魔法のフレイム如きで止められるわけが無い」


「…………チッ!」


 ここに来て、魔法使いとしての能力で押されるとはな。転生時の能力振りのミスが痛い。

 それに、ティリタは今ゼロと共にカジノにいる。

 あいつのマジックアップを受けられないのが何より大きい。


 だが……!


「まだ……希望はある!」


 俺は右手に熱を集中させ、目いっぱい力を込めて放った。


「フレイム!」


 俺の体に甚大な負荷をかける程の高火力だ。

 そう簡単に打ち消されるとは思えない。


「ストーム」


 シマキは呆れた顔で、俺のフレイムを殺しに来た。

 確かに俺のフレイムの火力は高くなった。しかし、シマキが放つストームは俺のフレイムを凌駕する威力を持つ。


 先程と同じ状況が生み出された。


 しかし、2つ程違う点がある。

 1つは、何度も言うようにフレイムの火力が上がっていること。


 そしてもう1つは…………。


「………………」


 俺が、右腕を突き出している事だ。


 シマキはその光景をさぞ不思議そうに見ている。薄い目で俺を見て首を傾げていた。

 この時のシマキは、俺のこの行動の意味に気づくべきだっただろう。


 殺人鬼は機転が利く。俺にかかればどんなものだって凶器になり得る。そして、どんな状況だって勝機になり得る。


「来いよ、全部受け止めてやる!」


 俺のフレイムを突き破った風魔法は俺に向かって一直線に飛んできた。

 俺は右手に集中する。


「うぉぉぉおおおおおお!」


 風魔法は俺の右手と触れ、動きを止めた。

 とはいえ、その攻撃力は本物だ。受け切れるか分からない。


 いや、受け切るしかない。


「うぉらァアア!!!」


 俺は右腕を大きく振り払い、風魔法を消し去った。


「ほぅ……?私のストームを受け切ったか」


 シマキは目を見開いている。


「いいや、違う」


 そう言う俺の右腕は緑色に輝いていた。


()()()()()()。お前の攻撃をな」


『彗星』には幻素を一時的に貯めておく効果がある。それを利用して風幻素を『彗星』に蓄積したのだ。

 そしてこれにより風幻素を経験した俺は風属性魔法を撃てるようになった。


「…………なるほど。我が父が暗殺を命ずる程はあるな」


 シマキがそう言うと同時に、背後の扉が開いた。


「その通り。彼は危険だ」


 現れたのは白衣を着た男性だ。銀色の髪とシャープな四角いメガネ、白衣の両側に付いたポケットに右手を突っ込んでいた。

 そして左手では、空色の髪をした色白の少女の手を握っていた。

 彼女は虚ろな目をしたまま、少し先の床を見つめている。


 まさか、あいつが……。


「父…………!」


 シマキは膝まづいた。

 俺の勘は当たった。あの男こそがシマキが我が父と崇めている男。


 男はシマキに白い紙袋を投げた。


「シマキ、君は強い。君なら、新しい進化を見せてくれると信じているよ」


「父……!ありがとうございます!」


 シマキは袋から白いカプセルを取り出し、服用した。

 その数秒後、彼の全身から溢れんばかりの疾風が吹き荒れた。


「これは……まずいな」


 俺の額から、一筋の汗が流れた。

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