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2章14話『一時的狂気』

 カスコさんが飛び出した後、俺達も顔を見合わせた。


「彼女1人で対応しきれるかわからない!俺達も行こう!」


 すると、アルマドゥラさんが


「待て、その必要はない」


 少し声に焦りを混じえながら言った。

 その口調に違和感を覚えた俺達はアルマドゥラさんの話を聞いてみることにした。


「なぜですか?」


「彼女はウチ《ブエノスディアス》のNo.2。ゴブリン程度にやられるような奴ではないさ」


 それに……と指を組んで続ける。


「これは君達の為でもある」


 その一言は、冗談や嘘がない一言だった。

 だからこそ、その意味が気になってしまう。


「…………どういうことですか?」


「まず先に言っておくが、カスコは転生者だ」


 一応説明しておくが、転生者は俺みたいに悪事と善行を両方行った人間だけではない。

 多い例は、未来に世界に重大な悪事を行う可能性があった人間が病気や事故で亡くなった場合。

 生まれてまもなく亡くなった赤ん坊とかも二グラスに送られるケースがあるらしい。


 最初の頃から、妙に転生者が多いなとは思っていたが、そういう人達も来ているとなると納得がいく。


 話を戻そう。アルマドゥラさんは腕を組んで重い表情で言った。


「だからカスコにもデメリットは存在する…………のだがな」


 そのデメリットを聞いた時、俺は非常に驚いた。

 彼女のデメリットは、まるで戦闘に向いていないからだ。


 同時に、アルマドゥラさんが俺達の加勢を止めた理由もわかった。










 カスコは本拠地の門の前まで来ていた。扉の隙間から覗く限り、ゴブリンの数は20体近い。

 それが一気にこっちに攻めてきていると考えると、《ブエノスディアス》への甚大な被害となる。


 自分の目眩を気にしている場合ではない。

 早急に処理しなければ。

 彼女の脳内でそう決定された。


 カスコは門を力強く押す。

 ギィィイイッと音を立てて開いた先には無数のゴブリンがいる。深緑色の肌を上下させながら、こちらに行進してくる。


 カスコはポケットから大きなサバイバルナイフをシャキッと鳴らして取り出した。

 銀色に輝く刃物はゴブリン達の持つ斧と比べれば確かに貧弱だ。


 ではこの勝負はゴブリンが勝利するのか?

 それとも彼女の勝利で幕を閉じるのか?


 それを今から検証しよう。


 今からカスコは自分を失う。

 自分以外の何者かに体を乗っ取られ、そいつがゴブリンを始末する。

 そしてそれは、彼女にとっては当たり前の風景だった。


 石レンガの橋のど真ん中でカスコは目を見開いた。うじゃうじゃと歩み寄ってくるゴブリンが気持ち悪く感じた。


「う………………」


 カスコは頭を抱え、しばらく唸る。

 そして数十秒後、それを一気に解放し、


「キャハハハハハハハハッ!!!!」


 爆発するように笑った。


 彼女のデメリット。

 それは、『敵を5秒間凝視するとSANが0になる』だ。

 SAN、それはこの世界においてHPよりも重要視すべき数字。これが0になると、その人は発狂し我を忘れて奇行に走る。

 そのSANが、彼女の場合一瞬で0まで叩き落とされる。デメリット中のデメリットだった。


 しかし、彼女はそれを逆手に取った。


「キャハハッ!いいねぇ!美味しそうじゃん!」


 先頭を切って突撃してきたゴブリンに、カスコは猛スピードで突っ込んだ。さながら、一筋の弾丸のように。


 ズシャッ!バシャッ!

 無慈悲な斬撃音が白昼堂々響き渡る。ゴブリン特有の緑色の血が辺りに飛び散った。


 しばらくするとゴブリンは倒れたまま動かなくなった。

 続けて3体ほどゴブリンが攻撃を仕掛けに来たが、たかがゴブリン如きが《ブエノスディアス》のNo.2に勝てるわけがない。

 朽ちた仲間の体が冷えきる前に、彼らも仲間と同じ運命を辿った。


 カスコは倒れたゴブリン達の涙袋にナイフを突き刺す。涙と血がぐちゃぐちゃに混ざった液体がカスコの頬に跳ねる。

 カスコはさらにナイフを突き刺し続けた。

 2回、3回、4回、5回………………。


 そしてついに、カスコはゴブリンの目玉をくり抜き左手に握った。


 彼女は不気味に口角を上げながら左手に少しずつ力を込めていく。

 圧迫され続ける目玉はギュッ……ギュッ……と少しずつ上の方が膨らんでいった。


 グチュッ!


 強く握られたカスコの拳の中には透明な液体と目玉だった物が握られていた。


「キャハハハハハ!!最高!」


 そう、これがカスコの発狂。

 発狂したゼロが「血を舐めたがる」ように、発狂したカスコは「目玉を握りつぶしたがる」のだ。


 それを見たゴブリン達は目の前にある理不尽にたじろぎながらも、今度は数匹がかりで一斉にカスコに襲いかかった。


「あぁっ!美味しそうな目玉がいっぱい!!」


 うっとりとした表情のカスコはナイフをもう1本取り出す。そしてそれを両手に装備し、踊るように振り回した。

 ゴブリン達から振り下ろされる斧を軽々と避け、反撃にナイフを振り上げる。

 抜群の切れ味を誇る彼女のナイフはいつしか処刑器具へと化していた。


 彼女の職業は《暗殺者》だ。

 しかし、見ての通り彼女は暗殺には向いていないだろう。


 辺りに転がる首や腕。

 怖気付くゴブリン達。

 これではどちらが襲撃者かわからない。

 というより、見るからにカスコの方が悪だった。


 もし普通の人間なら、そろそろ自分のやっている事の恐ろしさに気づく頃だ。

 しかし、彼女は既に人間の心を持っていない。


「キャハハハハハ!!!気持ちいいぃ!!!」


 目玉を次々と握りつぶすカスコ。

 彼女の脳は既に機能停止している。非常用電源で無理やり動かしている感じだ。


 彼女の足元はドロドロとした液体で満たされている。後から掃除するのは彼女だと言うのに。


 前方のゴブリン達はまるで動く気配がない。

 むしろ、逃げようとしている。

 基本、モンスターには知能がない。襲うか逃げるかの2択だ。だが、彼らは様子を見るという選択肢を選んでいる。


 ここにもEVOカプセルの影響が出ていた。


「ねぇ、目玉ちょうだいよ?ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇ!」


 カスコは不気味にゆっくりと首を傾げ続ける。目の中に光のない彼女が行う行動にしてはあまりにも恐ろしい。

 こっちのSANまで減ってしまいそうだ。


「ギッ……!」


 残った5匹程のゴブリンはカスコに恐れをなして敵前逃亡した。


 しかし――――


「そぉれ!」


 そんなこと、目玉に飢えたカスコが許すわけが無い。

 前述したように、彼女は《暗殺者》だ。

 故に、投擲の類は彼女の専門内。投げナイフを投げてゴブリンの頭蓋骨を貫通し、目玉を裏側から刺すことなど造作もない。


「ギシャアアアアア!!!!」


 痛みに対する悶絶と苦悩の声が混ざったその叫び声は他のゴブリン達の同情を買った。

 その他のゴブリン達は、投げナイフを抜こうと必死になる。しかし、頭蓋骨を貫くほどのナイフをそう簡単に抜けるわけが無い。


「それそれそれぇ!」


 カスコはさらに連続してナイフを投げ続け、ゴブリン達の目玉を的確に突き刺した。


 彼女の前方の敵が全滅した。

 カスコは今倒したゴブリン達の目玉を回収しようと橋を渡る。

 が、しかし。


「…………ッ!」


 敵が消滅してから5秒経過した後、カスコのSANは正常な値に戻った。


「任務完了」


 カスコはナイフを仕舞い、アルマドゥラの下へ戻った。

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