2章13話『外部依頼』
例の緊急クエストの3日後、ラピセロさんから電話がかかってきた。
「はい、グレンです」
「あぁ、グレン君か。今、電話しても構わないか?」
「大丈夫ですよ。何かあったんですか?」
「実は《ブエノスディアス》のギルドマスターであるアルマドゥラ氏から、グレン君達を《ブエノスディアス》の本拠地に連れてくるように頼まれたのだ」
「俺達を?」
妙だな。エスクードさんやラピセロさんならまだ話はわかるが、下っ端の俺達に何の用だろう?
「明日午後1時に彼らの本拠地に向かうように」
《ブエノスディアス》の本拠地はアーカムにあるんだったな。馬車を使えばすぐに着くだろう。
「分かりました」
俺がそう言うと、ラピセロさんは電話を切った。
そのまま手帳をズボンのポケットにしまい、今の話を伝えるためゼロとティリタを部屋に呼んだ。
「私達を直々に呼んだ?なんで?」
「そうなんだよな。それに、こういうのって普通うちのギルドマスターもついていくものじゃないのか?」
後で聞いた話だが、アオイさんは今日明日で血液検査を受けていたらしい。
長いこと働きずめなのもあり、定期的に健康診断が必要らしい。
そしてそれはギルドマスター間では周知の事実なので、アルマドゥラさんは気を使ってアオイさんを呼ばなかったようだ。
「とにかく、僕達が呼ばれた以上何か理由があるはずだ。明日、遅刻しないようにしないと」
俺とゼロは頷いた。
翌日、俺達は《ブエノスディアス》の本拠地前に来ていた。
「おぉ……」
《ブエノスディアス》の本拠地はウチのそれとは段違いに大きかった。
白い石のレンガで作られた壁と、高級感溢れる木製の扉。そして入口と公道の間にあるお堀にかかる石造りの橋。
芸術的センスの塊だった。
「これでも土地が足りないって言ってるんだから驚きだよね」
マジかよ。さすがメンバー数3万人越えのギルド。
「さて、時間がもったいないしそろそろ行こうか」
ティリタに促されて、俺達は《ブエノスディアス》の本拠地に足を踏み入れた。
外装だけでなく内装も、まるで1つの城のような見た目だった。大理石の床に赤いカーペットが敷かれている。
各部屋の扉の奥からは物音がする。それぞれ扉の上に『第〇作業室』と書かれていた。
デスクワーク中心の人達はここで働いているのだろう。
俺達は階段を登って4階まで上がり、少し進んだ所で『ギルドマスター室』と書かれた部屋に辿り着いた。
扉の前の門番に手帳を見せると、門番は重そうな鉄の扉をギギィッ…………と開けた。
俺達はそれと同時に一礼し、顔を上げる。
まず目に入ってきたのはガタイのいい男の人。重厚感のある鎧を着たまま、腕を組んで俺達を見る。
間違いない、彼がアルマドゥラさんだ。
俺達はゆっくりと彼に近づく。ある程度の距離になった辺りで、ティリタがそうするのに合わせて膝まづいた。
「急に呼び出してすまないな。感謝する」
なるほど、礼儀正しい人ではあるんだな。
「顔を上げてくれ。この場では、私も君達も等しい立場だからな」
俺達は顔を上げて立ち上がる。
「はじめまして。《アスタ・ラ・ビスタ》のグレンと申します」
ゼロ、ティリタも俺の後に続いて自己紹介をする。
「《ブエノスディアス》ギルドマスターのアルマドゥラだ。よろしく頼む」
「カスコと申します。アルマドゥラ様の秘書を務めさせて頂いております」
アルマドゥラさんの隣に立っていたパッツンショートヘアーの女性は機械的な喋り方でそう言った。
「早速だが、要件を伝えよう」
大きな椅子に座るアルマドゥラさんは、体勢を少し変え、組んでいた腕を崩した。
「《エンセスター》の件、《テララナの城》の件、そして先の緊急クエストの件…………君達には本当に感謝している」
そこでだ、とアルマドゥラさんが言う。
「もう1つばかし、面倒事に付き合って貰いたい」
「……と、いうと?」
カスコさんはバッグから大きな地図を取り出す。そしてそれをめいっぱい広げたまま、アルマドゥラさんに近づいた。
当のアルマドゥラさんはポケットから指し棒を取り出す。
「君達には、あるダンジョンを攻略してもらいたい」
アルマドゥラさんから出たのは、ダンジョン攻略の依頼だった。
「レムリア大陸の西にあるムー大陸、そこにあるクン=ヤンというダンジョンを攻略して貰いたい」
クン=ヤン…………聞いた事のない名前だった。
「このダンジョンは上級から超級に指定されているモンスターの巣窟となっている。両者とも栄えている街から近くはないが、万が一そのダンジョンからモンスターが流れてきては困る。だから君達に依頼したというわけだ」
ムー大陸にも有力なギルドがあるはずなんだがな。
まぁ目を瞑っておこう。
「もちろん、受けるも断るも君達の自由だ。危険なクエストになることは間違いないしな」
そうだよな。《テララナの城》でさえギリギリだったし、それと同等、もしくはそれ以上のものを攻略するんだもんな。
「しかし、もちろん報酬は弾む。自慢じゃないが、我々はニグラス一のギルドだからな」
総資産は《ブエンプロペチョ》に負けてるって聞いたけど。
まぁ目を瞑っておこう。
「どうする?受けるか?受けないか?」
そんなこと、聞かれるまでもない。
「受けます。受けさせて下さい」
《テララナの城》を攻略した時、本当に怖かった。あの女性の腹からアラーナが出てくる瞬間…………思い出すだけで発狂してしまいそうだ。
もちろん、今提案されたダンジョンでも同じようなことが発生するだろう。
だが、そんなこと気にしてられない。
あの日のことを思い出す度に考える。あの光景を一般人が見たらどうなるか、と。
そして、それを想像するのは容易い。
だから俺はダンジョンを攻略する。
街を守るためなら、どんな強敵だろうがいくらでも殺してやる。
俺はもう二度と、罪のない人間が死ぬのを見たくないんだ。
それに、ダンジョンの攻略はいい経験になる。
俺達が大きく成長出来る手段でもあるんだ。
この世界には、まだ『EVOカプセル』がある。人間に、モンスターに、理不尽な進化を強要する毒薬がまだ散らばっている。
その根源を消し去る力が手に入るかも知れない。なら、俺のSANなんていくらでもくれてやる。
「そうか、話が早くて助かる」
アルマドゥラさんは万年筆と紙をカスコさんから受け取り、何かを走るように書いている。
そして彼がその紙を俺達に渡そうとした時――――
背後の扉がバタンッ!と開いた。
「大変です!ゴブリンの群れが本拠地の前へ行進してきました!」
「何だと!?わかったすぐに向かおう!」
アルマドゥラさんは殺意の籠った眼光を見せ、椅子の裏から剣を取り出そうとした。
しかし、
「ここは私にお任せ下さい」
カスコさんがそれを止めた。
「…………でも、お前のデメリットは――」
「ご心配には及びません」
アルマドゥラさんは一瞬葛藤を見せたが、すぐに目の力を抜いて、
「わかった。くれぐれも穏やかにな」
「…………その命令を守ることはできません」
カスコさんは走って部屋から出ていった。




