2章11話『宝石の印』
タルデと名乗る剣士はバッグから取り出した携帯食料をかじる。
「3人とも、名前は?」
俺は俺達の名前と職業、それと所属ギルドを名乗った。タルデはうんうんと頷き、笑顔を見せた。
タルデも緊急クエストを受けにこの島へ来たらしい。1人でゴブリンを少しずつ狩っていた時に俺達を見つけ、いち早く背後のゴブリンの存在に気づいて助けてくれたのだという。
「まぁこうして出会えたのも何かの縁だ!よろしくな!」
俺はタルデの握手に応じて、彼の手をしっかりと握った。
「どうだった?俺の剣さばき!」
「あぁ、最高だったぞ」
剣のことはよく分からないが、少なくとも俺の目には彼の立ち回りが美しく見えた。
「だろだろ!ここに来てからずっと剣の練習をしてたんだ!いつか《剣聖》になるためにさ!」
《剣聖》というのは《剣士》の最上級職。ラピセロさんがそれに該当する。
「ここに来てからってことは、タルデも転生者なのか」
「あぁ。と言っても、前世の事はあんまり覚えてないんだけどな」
彼のデメリットも、アオイさんのような記憶関連のものという訳か。
「ところで、その剣…………すごく上質なものに見える。高かっただろう?」
ティリタが、タルデの腰に納められた剣を指さして言った。
「あぁ、この剣か!そんなにいいモノなのか?」
「あぁ。同じものを《ビエンベニードス》で買えばかなりいい値段するだろう」
「へぇー!この剣、そんなに強いんだな!」
タルデによると、彼の持つ剣は貰い物らしい。
…………その話をしている時、一瞬タルデの表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。
「そうだ、この辺のゴブリン達はみんな狩り尽くしたぞ。もっと奥へ進もう」
俺達はタルデの提案を受け、深い森の中を更に進んで行った。
薄暗い森の中を止まることなく突き進んでいく俺達。コウモリや鳥の羽ばたく音が微かに聞こえる。
「それにしても、なんでいきなりゴブリンが繁殖したんだろうな?」
タルデが何気なく投げかけたこの問。
その時の俺は単純に繁殖期に入ったとか、何かしらの原因でゴブリンの生存本能が高まったとか、そんな予想をしていた。
まさかあんな答えが待っているとはな。
「あ、もう少しで森を抜けるよ!」
ティリタが指さした先には広い平原が見えた。その先にゴブリンの姿はなく、ゴブリンの死体もなかった。
「どうやらあの辺りにゴブリンは出てこないようだな」
これだけ広い場所にゴブリンがいたとして、それを他の冒険者が見逃すわけが無い。
死体を処理したとも考えにくいしな。
「少し歩き疲れたわ。あそこで休まない?」
「そうだな。今のうちに休憩しておこうか」
ちょうど他の冒険者が簡易拠点にしたと見られる丸太のベンチと焚き火の跡があった。俺達はそこを少し借りることにした。
「グレン、焚き火をつけるから手伝ってくれないかい?」
「任しとけ」
ティリタは辺りから小枝を拾い集め、それを焚き火の跡の上に乗せた。
前に使った人達は水をかけて焚き火を消したようだが、地面は乾いているし大丈夫だろう。
俺は右手に力を込め、木の枝の集まりをじっと見つめた。
「フレイム!」
俺は炎魔法を放った。
俺の手から生まれた炎は小枝に燃え移り、瞬く間に大きな炎に変わった。
「よし、これで大丈夫だろ」
と、俺達が手を払うと
「おーい、みんな見てくれよ!」
遠くにいたタルデが笑顔でこっちに走ってきた。
楽しそうだなこいつ。
「この石!すっげー綺麗じゃねぇか!?」
タルデが持ってきた石は透明のクリスタルのような石だった。誰かの装飾品の一部が落ちてしまったのだろう。俺はそう解釈した。
しかし、ティリタは違ったようだ。
「タルデ、少しそれを貸してくれ」
タルデから石を受け取ったティリタはその石を焚き火にかざした。
「…………やっぱり!」
クリスタルは焚き火の光を通し、光はそのまま地面に輝いた。ある一部を除いて。
「このクリスタル、内側に傷が付けられている。そしてその傷の影のいくつかが置いてある丸太にピッタリと合う……!」
「それって…………」
「大きなバツ印の傷もある。そしてその影はちょうど僕達の立っている辺りにある…………」
そこまで言うとタルデが、
「おっ!伝説の秘宝みたいなあれか?」
一方、俺とティリタはゼロと目配せしてそれを伝えた。
「いや……そんな生易しいものじゃないわ」
ゼロは俺達の足元、バツ印の影が浮き出ている所に発砲した。案の定、銃弾はガキンッ!と鈍い音を立てて弾かれた。
「鉄扉か…………」
俺は改めて手袋をつけ直し、地面に手を着いたまま永続的にフレイムを放ち続けた。
鉄の扉と言えど、この至近距離でフレイムを当て続けられたら溶けてしまう。
そうして俺達は鉄の扉に穴を開けて、地下の空洞へ潜った。
中はジメジメとした坑道だ。壁や天井が崩れるのを防止するための木の支柱が至る所に張り巡らされている。
足元も、決していいとは言えない。
「なぁ、お宝はどこに――――」
「しっ!」
俺はタルデの口を抑え、息を潜めた。
ベタッ……ベタッ……ベタッ……。
その音が同時にいくつも重なって聞こえる。さながら輪唱のように。
ゴブリンの発生源はここみたいだな。
「ティリタ……ゴブリンまでの距離分かるか?」
「左の道を70mくらい進んだ所に1体いるのは分かる…………でも、あとは分からない」
クソッ…………ゴブリンが何体いるか分からない以上下手には動けない。
もし俺達の想像を遥かに上回る数がいたとすれば、袋叩きにされて終わりだ。
何か…………リスクの少ない方法はないのか……?
考えろ、グレン…………!
「…………そうだ」
俺はタルデと出会う少し前に戦ったゴブリン達のことを思い出した。
確かあいつら、ゼロの脅しにビビってたよな?
「ゼロ、左の道のゴブリンを殺すのに何秒かかる?」
「1秒要らないわ」
俺とゼロは頷いた。
ゼロは銃を取り出し、反対側の右の道に向かって銃を撃つ。その弾丸は壁の石に弾かれ、一直線に左の道へ向かっていった。
それとほぼ同時に、ウッと小さい声がこだました。
「左の道が正規でない事を祈ろう」
声に反応して集まってきたゴブリンの群れを見ながら、俺は右手に闇を集中させた。
「ダークネス!」
ゴブリン達が集まったのを見計らって俺は左の道の入口の天井にダークネスを放った。
ダークネスは最初は細い1本の線だが、着弾するとそこを基準に爆発を起こす。
その爆発は天井の支えを破壊し、同時に石を崩した。
ガラガラガラガラッ!
大小様々な大きさの石が左の道を完全に封鎖し、俺達とゴブリン達とを隔離した。
「やるじゃねぇか!グレン!」
「まぁな」
俺達はそのまま真っ直ぐに駆け抜けていった。
そこにたどり着くまでは意外と早かった。
真っ直ぐに道を進んでいくとその先にまた別の鉄扉が現れた。
横の壁を破壊して中に入ると、そこは廊下とは打って変わって近代的な部屋だった。目を刺激する青い光は美しく、そして俺達の不安を駆り立てた。
そして、中に入ると同時に俺達の目に飛び込んできた装置は俺達に新たなる悪を突きつけた。




