2章8話『裏クエスト』
暗く包まれた丘の上。
俺達は今さっき倒したマティス亜種から素材を剥ぎ取っていた。マティス系列の肝は珍味として高値で取引されるからな。
遠くの方ではゼロとエスクードさんが話している。どうやらラーメンの話をしているらしい。とても若い女子2人の会話とは思えない。
俺はティリタと一緒に剥ぎ取りをしている。
「なぁ、マティスの肝ってどんな味なんだ?」
「何度か食べたことがあるけど……説明しにくいな。生で食べるものだし、1つ剥ぎ取って食べてみたら?」
俺はちょうどその時剥ぎ取っていたマティスの肝を眺めた。
それは、まんま黒と青と緑の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような色の肝臓だった。あとなんかヌルヌルしてる。
え、これ生でいくの?大丈夫?
「ほらガブッといっちゃいなよ」
ティリタが煽るように促す。
仕方ない。食べるだけ食べてみるか。
俺は端の方を1口食べた。
「………………あ〜」
あれだ。タラコ。
タラコにポン酢かけたみたいな味と食感だった。結構美味い。
俺はナイフで少し切り取り、残りをティリタに渡した。
ティリタも豪快に肝にかぶりついて食べている。これが正規の食べ方とは思えないけど。
何度か咀嚼して飲み込んだ後、ティリタは言った。
「おかしい…………」
「おかしい?何がだ?」
「美味しすぎる…………」
「そりゃあ、セレブが高い金はたいて買うようなものだし――――」
「そうじゃない」
ティリタの顔色が一気に変わった。
「この肝、以前店で食べたものより断然美味しいんだ。確かに安い店ではあったけど、それと比べ物にならないくらいに美味しい」
ティリタ曰く、以前食べた肝は苦味や雑味が多かったし、何より酸味が弱かったらしい。
ここまで透き通るような酸味のものは貴重なのでは、と言う。
「それがどうしたんだ?」
「なんでそんな上質な物が野生のマティス亜種から取れるんだ??」
ハッとした。
確かに、店で出るような養殖された肝よりたった今倒した野生の肝の方が美味いなんておかしい。
養殖されているマティスは餌や遺伝子にまで気を配っていると聞く。なのに何故野生の肝の方が美味いのか。
味の感じ方の問題と言われればそれまでだが、そんな単純な答えではない気がする。
「何も…………ないといいけど」
ティリタがそう呟いた。
《エンセスター》の1件やダンジョンでの出来事…………。そういったもの達がトラウマという形でティリタの不安を煽っている。
どんなに小さな不安でも、すぐに大きく燃え広がってしまう。
「信じるしかねぇよ」
そうとしか言えない自分が本当に情けなかった。
グレン達が緊急クエストに向かっている頃、《アスタ・ラ・ビスタ》本部ではラピセロが机に向かってパソコンを操作していた。
他のメンバーは全員寮に帰った。その場にいたのはラピセロだけだった。
「こんな時間までお仕事ですか?」
そこに現れたのは、ギルドマスター・アオイ。
彼女は心底申し訳なさそうな表情でラピセロに話しかけた。
「いえ…………仕事とは別に気になることがありまして」
「気になること?」
「今回の緊急クエストについて調べていたんです」
「確か、マティス亜種の群れが現れたという内容でしたね。それが何か?」
ラピセロは操作していたパソコンをアオイに見せる。
「これは…………」
彼が見せたものはマスターズギルドのニュースサイト。その1項目だ。
「『養殖していたマティス亜種が消失』……?」
アオイが読み上げたニュースの見出しは、自然と彼女の脳内で「緊急クエスト」という文字と繋がった。
「これ、昨日の記事です。いくらなんでも不自然ですよね」
アオイはさらに記事を見る。
「でも、この記事には『消えたマティス亜種は4体』と書かれていますよ?」
「最初は私もそう思って忘れようとしましたよ。でも、これを使えば繁殖速度を上げるくらい容易いんじゃないか、と」
ラピセロは引き出しから束ねられた資料を取り出した。どうやら分析資料のようだ。
その資料の1番上に、赤文字で書かれたその名称。
「EVOカプセル…………」
こちらも最近聞く名前だった。
「EVOカプセルには、人間にモンスターの特性を与えるだけでなく、モンスターそのものを急激に進化させる作用もあります」
もしかしたら、繁殖を活発にさせる進化もあるのではないか考えたというわけだ。
「これは、《アスタ・ラ・ビスタ》、《ブエノスディアス》、《グラシアス》が対峙したEVOカプセル使用者のデータです」
それ1つの表にされたクエストの情報や倒された使用者の画像の一覧だった。
ラピセロはこれを調べていたらしい。
「例えば、これ。EVOカプセルを使用したセルピエンテの周りには数匹の小さなセルピエンテが見られたようです」
「子供というわけですね……」
「EVOカプセルに繁殖力増強の効果があるなら、この状況も頷けます」
アオイは口元に手を置いて何かを考える。
「モンスターが自らEVOカプセルを摂取することはありません。人間の手が入ったと考えるのが妥当ですが…………一体何のために?」
ラピセロも腕を組んで考える。
「…………緊急クエストを発生させるため、でしょうか?」
ラピセロがそう言った。
「犯人は何かしらの目的があって、緊急クエストを発令させる必要があった。マティス亜種は街の近くで群れが発見されればほぼ確実に緊急クエストが出ますし」
養殖されていたマティス亜種を4匹さらって丘に運び、そこでEVOカプセルを使用して繁殖させ、ある程度増えたら丘に離す、というやり方なのだろう。
「でも……緊急クエストなんて発令させてまで何がしたかったかまでは考えがまとまっていません」
確かに、緊急クエストを発令させる目的がない。
わざわざそんな手間をかけてまで、なぜ緊急クエストを発令させたかったのか?
その答えをアオイが出すまで、さほど時間はかからなかった。
「もし…………本当の目的が緊急クエストを発令させることじゃないとしたら?」
「と、言いますと?」
「この時間、皆さんもう布団に入っている頃です。そんな時間に緊急クエストを発令したら、出動できる冒険者は限られてきます。よってその限られた冒険者全てを動員することになります」
「つまり……緊急クエストの発令中、冒険者はほとんど街から消える」
「緊急クエストは報酬も豪華なので、行ける人はみんな受注しに行くでしょうね」
そうこう話しているうちに、2人のいる部屋の扉がバタンッ!と開いた。
「大変です!ココドリーロの群れがアーカムに進行してきました!」
ギルドメンバーがそう告げると、2人は顔を見合わせた。
「私をそこに案内してくれ」
ラピセロは席を立ち、出口に向かった。
「待ってください…………私も同行します」
ラピセロは少し振り返り、
「ははっ。マスターの手を下すまでもありませんよ」
「ですが…………」
「安心してください。アーカムは絶対に守りますから」
ラピセロはギルドメンバーに連れられて本部を後にした。
1人残されたアオイは自分の部屋に戻り、本棚を漁った。
「確かここにEVOカプセルと似た件のデータが…………」
本のページをパラパラとめくると、確かにそこには半獣人のような姿をした男性の遺体の写真があった。どうやらカプセルが極端に体に合わず、服用した瞬間亡くなってしまったようだ。
男の手元にはカプセルの袋があった。
そしてアオイはその袋に貼られたシールに書かれた0と1の集まりに注目した。
「アンティゴ研究会…………」
アオイは2進数を使った暗号で書かれたその名前を読み上げた。




