2章6話『イレギュラー』
「おい聞いたぞグレン!お前、ダンジョンの攻略に成功したんだってな!」
夕食の時、ギルドメンバーが俺の肩を叩いた。
その顔は清々しいほどの笑顔だった。
「あ、あぁ。まぁな」
「なんだよ、元気ねぇな。ダンジョン攻略なんて全ての冒険者の喜びだぞ?もっと誇りに思えよ〜」
そりゃ俺だって、誇りに思いたいよ。
でも、どうしてもあの光景が頭をよぎる。見ず知らずの人とはいえ、彼女を助けられなかったのが本当に悔しい。
「ダンジョン攻略なんて、楽しいもんじゃないぞ」
俺は口元だけで笑いながら、そう返した。
この世界は『限りなくゲームに近い現実世界』。そう、あくまで現実世界なのだ。
ゲームみたいなご都合主義はない。モンスターも人間も、お互い生きるのに必死だ。
だから、彼女のような人は少なからず現れる。無慈悲に命を奪われる人は必ずいる。
この世界は、楽しめるほど甘くない。
その日の夜、俺は物思いにふけていた。
俺は本当に、人々を助けられているのか。
そもそも俺に人々を助けられる力などあるのか。
あの女性は、本当に助けられなかったのか。
考えれば考えるほど、思考はマイナスの方向に傾く。
その時、扉がノックされた。
「グレン、入るよ」
扉の先から現れたのはティリタだった。
ティリタは持ってきた2本の缶ジュースのうち1本を俺に寄越し、ベッドに座った。
「さっき、僕の手帳にマスターズギルドからの連絡が来た。僕達は正式に《超級》のクエストを受けられるようになったそうだ」
「そうか……」
その連絡は俺の手帳にも来たが、言う必要がないと判断して言うのをやめた。
「超級クエストは今までとは桁違いの難易度だ。単純な戦闘力だけじゃなくて、状況を見極める判断力、作戦を立てる思考力が必要になる」
脳筋して突っ込むだけじゃダメってことか。
「これまで以上に厳しい戦いになるだろう」
もちろん、そんなこと分かっている。
かつて超級クラスのアルコンと戦った時も、圧倒的な強さを見せつけられた。
ゼロが強くなかったら、俺達は負けていただろう。
でも………………
「やるしかねぇだろ…………俺はもうあんな光景見たくねぇ」
あの時、もし俺に力があれば彼女を助けられていたかも知れない。彼女の異変に気づいていれば、彼女の死を止められたかも知れない。
2度同じ後悔はしたくない。
「僕も……同じ意見だ…………。あの時は自分の狂気を防ぐためにあえて理解しないようにしていたけど……本当は、ちゃんと向き合うべきだったんだ」
目の前の恐怖から目を背けることは、自分の身を守る上では大切なことだ。
だが、そこから逃げ出すことは絶対にやってはいけないことだ。
目を背けただけなら、覚悟さえ決めればもう一度その恐怖を目の当たりにし、向き合うことが出来る。
でもそこから逃げ出したら、恐怖と向き合うことは出来ない。
「恐怖っつーのは、難しいもんだ」
俺は後頭部を掻きながら言った。
その後は、今後どうするかについて話していた。
一応もう超級クエストは受けられるが、今日は遅いし受けるべきではない。
今日はもう寝ようか、と話していた頃。
ブーッ!ブーッ!
手元の手帳が震え出した。
「……警報だ!」
「警報?何の?」
「キングスポート西の台地にマティスの群れが確認された!超級の緊急クエストだ!」
「何だって!?」
「このままだとキングスポートの住人がマティスに襲撃される!急ごう!」
俺は頷き、ゼロを呼びにゼロの部屋へ向かった。
「ゼロ!緊急クエストだ!」
扉を勢いよく開けたが、そこにゼロはいなかった。
「ゼロなら食堂にいたぞ、何かあったのか?」
ちょうど通りすがったギルメンがそう教えてくれたため、俺は急いで食堂に向かった。
食堂にはエスクードさんと雑談しているゼロの姿があった。
「ゼロ、緊急クエストだ!」
俺はさっきと全く同じセリフを繰り返す。
「こんな時間に?」
時計の針は既に夜9時を差していた。
「キングスポートの西でマティスの群れが見つかったらしい。向かうぞ!」
ゼロはかったるそうに立ち上がり、太もものホルダーから銃を取り出して眺めた。
ゼロは目だけでこっちを見て頷き、俺に準備完了を知らせた。
俺とゼロはエスクードさんにその旨を伝えて、食堂を出ようとした。
が、
「待って、アタシも行く」
エスクードさんがそう言った。
口調から、冗談のつもりではなさそうだ。
「エスクードさん……どうして?」
エスクードさんは唇に人差し指を当てて「んー」と悩む。
「ま、気が向いたってだけだよ」
エスクードさんはあやふやにしたまま、廊下に消えた。
現場に向かう馬車の中で、ティリタから今回のクエストの詳しい情報を聞いた。
一応おさらいしておくが、マティスはカマキリ型のモンスター。手の鎌を擦り合わせて炎を生み出せる。
そのマティスが、キングスポートに向けて行進しているらしい。
夜間の調査による発見、かつ上空からの調査だったため正確な情報は得られなかったようだが、マティスの数は100体前後。かなり大きな群れだったそうだ。
「マティスは1体でも強力なモンスターだ。決して気を抜かないように。エスクードさんも」
ティリタがそう言うと、エスクードさんは「オッケー!」と、指で丸を作って頬にくっつけた。
「そういえば、エスクードさんの職業って何なんですか?」
「それは着いてからのお楽しみっ!なんかあったらアタシに頼りなよ!」
エスクードさんは満面の笑みを浮かべる。
現場に着いた。
マスターズギルドが仮設キャンプを建ててそこでクエストの受注を行っているらしい。
ギルドに所属している俺達はQRコードを役員の人に見せるだけでいいようだ。
夜間なのにそれなりの人数の冒険者が集まっている。マティスは好戦的で危険なモンスターだし、当然といえば当然か。
前方にはマティスの群れがある。闇夜で輝く目は不気味であり、勇ましくもある。
俺は手袋を深くはめた。
「行こう、みんな」
俺達は暗闇の草原を駆け抜けていった。
段々と近づいてくる紅い目達は一斉に俺を睨む。後方から続いてくる他の冒険者達も、怖気づきながらも立ち向かう勇気を持っていた。
「ギシャアアア!!!」
マティスは鎌を上に掲げて俺達を威嚇した。
黄色いマティスの体が暗闇の中でもよく目立っていた。
ティリタが突然硬直する。
「まさか…………このマティス!」
「うん…………。間違いないね」
エスクードさんも、冷や汗をかきながらニヤリと笑った。
マティスが鎌と鎌を擦り合わせると、その間にはバチバチと静電気が走る。
その静電気はどんどんと大きくなっていき、最後にはマティス全体を包み込んだ。
「あれはただのマティスじゃない…………!」
エスクードさんがそう言うとティリタは唾を飲んだ。
「マティス亜種だ!!」
レムリア大陸には、炎を操る通常種のマティスと電気を操るマティス亜種がいるらしい。
暗闇かつ空からの調査のため、マスターズギルドは原種と亜種を見間違えたのだろう。
「これは…………かなり厳しい」
ティリタが相手を凝視しながらつぶやくと、
「しょうがない……アタシも腹くくるしかないみたいだね」
エスクードさんはそう言って、俺達にウインクした。




