1章4話『ライバル兼』
ゼロは銃を細かく観察しながら、廊下を俺より速く歩いていく。
「おい、そんなに急ぐな。いつどこから敵が出てくるか分かんねぇんだぞ」
「あ、そうそう。戦闘中は私に近づかないでね」
全く、これで廊下の角からココドリーロが出てきたらお前は真っ先に死ぬんだぞ。
お前は自分が刺されるより早く敵を殺せるのか?
言いたいのは山々だったが、それをグッとこらえた。
その時。
「ギルルルァアアア!!」
不幸にも俺の予想が的中し、廊下の曲がり角からココドリーロが雄叫びを上げて現れた。
「言わんこっちゃない……!」
ゼロは気づいていない…………わけではないのだろうがココドリーロに視線を向けない。
ゼロはまだココドリーロの射程には入っていない。急いで救出すれば助かるはずだ。
俺はフレイムで牽制しようとココドリーロに近づこうとした。
が、それどころではない事態が目の前で起きた。
なんとゼロが、ココドリーロに向かっていったのだ。
「……あのバカ!」
俺は大急ぎでゼロの下へ向かった。
「…………だから言ったでしょ」
ココドリーロはゼロに向かって槍を突き出す。
その攻撃は間違いなくゼロの丸出しの腹を貫くはずだった。
しかしゼロはそれが彼女に到達する前に右手で横フックするような仕草を見せる。
距離的にその拳がココドリーロに当たるわけはなかった。
にも関わらず、ココドリーロは痛がる仕草を見せた。
ゼロは更に畳み掛けるように体を回転させながら腕を振り回す。
時に姿勢を低くしたり、時に高く飛び上がったり、壁を走って上空から攻撃したり。
空間を最大限に活かした攻撃だった。
廊下中に響き渡る連続した破裂音。
俺の下にまで飛んでくる鉛の塊。
俺は彼女の戦闘スタイルを理解した。
「私に近づかないで、って」
彼女の戦闘スタイルは、『ガン=カタ』だ。
ガン=カタとは、とある映画に登場する架空の近接格闘術。
銃口の向きから弾道を予想し、敵の死角に潜り込んで攻撃する技。
高い身体能力と銃の技術が無ければ不可能のため習得は極めて困難なはずだ。
しかしゼロはいとも簡単にそれを成し遂げる。
それも、横幅2mもない狭い廊下の中で。
銃弾を詰め直しているゼロに聞いた。
「一体どこでそんな技を…………」
「私ちょっとワケアリでさ。前世で習得したんだ、護身術として」
護身術としてガン=カタを習得だなんて、一体どんな人生を送ってたんだ。
「転生前のステータス調整、全部DEXに振ったのよ。ガン=カタに必要なのは俊敏性だからね」
おかけで今のように周囲のものを全て利用する技術を得たらしい。
やはり、ステータス調整は重要なんだな。
「それに……ここに来る前は、逃げたくても逃げられない人生送ってたから」
表情を見せないゼロに、俺はある問いを投げかけた。
「……なぁ」
ゼロはこちらに少し振り向く。
「お前は前世……どんな人生を送っていたんだ?」
ここに転生するということは善悪を超越した壮絶な人生を送ってきたはずだ。
ゼロは小さくため息をついて、語り出した。
「私、死刑執行人だったの」
死刑執行人――――。
確かにここに来てもおかしくない職業だ。
「とてもじゃないけど楽しい仕事とは言えなかったよ。ボタン1つで人を殺せちゃうわけだからね」
「じゃあ…………なんでそんな仕事を続けた?」
ここに来た以上、相当数の罪人を殺してきたんだ。
「…………その前に、私の質問に答えてくれる?」
ゼロは俺に、想定外の事を聞いた。
「あなた、グレンなの?」
「え?あ、あぁ。さすがに本名じゃないけど、俺の名前は――――」
「そうじゃない」
グレンという名に反応したってことは…………まさか、ゼロは俺を知っているのか?
あの頃の俺を……。
「あなた、『紅蓮』なの?」
やっぱりか……。
イントネーションが『グレン』のそれではない。
彼女は完全に『紅蓮』、つまり俺が天才殺人鬼『紅蓮』であるか否かを問うていた。
ここに嘘で答える意味はないだろう。
「あぁ、俺が『紅蓮』だ」
「…………そう」
「なぜそんなことを聞いた?」
「それは、あなたが――――」
ゼロのその解答は、
「ギルルルァアアア!!!」
ココドリーロの雄叫びに遮られた。
「敵だ…………!」
ゼロが飛び出そうとするが、
「待て」
俺はその違和感に気づいていた。
このココドリーロ、他の個体より2周りほど大きい。武器も大きいし、鱗も他の個体のような鮮やかな色ではなく、鈍い色だった。
「こいつがボスってわけか」
俺は手袋を整えた。
「ゼロ、恐らくあいつは他のモンスターとはわけが違う。仮にお前が時間稼ぎ役を与えられたとして、何秒稼げる?」
「そうねぇ…………」
ゼロは相手を見ながら、少し笑った。
「もし、《相手が死体になったら》?」
「カウントは続けるとしよう」
「だったら、無限よ」
ゼロはハンドガンを両手に持って、疾風の如くボスに向かっていった。
それは単純な直線攻撃だった。
ココドリーロは向かってくるゼロに向かって三叉の槍を向けるが、
「それ、もう飽きちゃった」
ノールックで回避する。
「さすが、ガン=カタを習得しているだけあるな」
彼女に感心した直後、
「ぐっ!」
ゼロは横に振られた槍によって壁に叩きつけられた。
「ゼロ!」
俺はすぐにボスに向かって魔法を撃とうとするも、距離が距離のため届かないことは明らかだった。
「ぐっ……ごほぁッ……げほっ……げほっ……」
ゼロは口から血を吐きながら、槍を手で押し退けようとする。
このボス、他のココドリーロより頭がいい。普通のココドリーロは槍を直線状に突き出してくるだけだったが、こいつは更に横に振り払ってみせた。
歴戦をかいくぐってきた個体とでも言うのだろうか。
「フレイム!」
ギリギリ射程内に入った魔法攻撃は、ボスには全く効果がないようだ。
攻撃されたことに気づいてはいるようだが、全く注意を向けられない。
そうこうしている内に、槍は更に深くゼロに食い込む。吐く血の量も増えていく一方だった。
「クソッ!」
このままではゼロは死ぬ。
この世界で死んだ場合どうなるのかはまだわからないが、少なくともただじゃ済まないだろう。
今ならボスの背後に回ってフレイムを脳に叩き込む事も可能だが、今はまだヤツの知能がどれほどかわからない。
気づかれたら終わりだ。
ならばどうすればいい…………。
考えろ、グレン…………!
その時だった。
「なーにぼさっとしてんの。早く仕留めなさいよ」
ゼロが目の光を失いかけた状態で、俺に語りかけてきた。
「せっかく《時間稼いでやってんだから》、無駄にしないでよ」
「なっ…………」
時間を稼いでる、だと?
今この瞬間もボスはお前を殺そうとしているじゃないか!
お前を……殺そうと…………
いや……
俺は改めて両者をよく見た。
一見有利に見えるボスだが、その額には僅かに輝きが見える。
汗か何かだろうか。
一方、ピンチに見えるゼロだが、よく見るとその顔には余裕さが隠れている。
それに、ゼロは槍を離そうとしている………………のではない。
ゼロは槍を引き付けている。
まさか……!
改めてボスを見る。
さっきは気づかなかったが、槍を持つその手は一度溶けたものがもう一度固まったかのように槍と一体化している。
それをゼロが抑えているということは、こいつは今動けない。
もっと言えば、俺が脳にフレイムを叩き込もうとしても対処できない。
「ゲームオーバーだ!」
俺は全力でボスの後ろに回った。
ボスの後頭部はがら空きで、いかにも撃ち抜いてくださいと言わんばかりの佇まいだった。
俺はそこに手袋をした右手を当て、左手でそれを抑える。
「フレイム!」
俺の右腕を起点に小爆発を起こしたボスの脳は一瞬で焼け焦げ、炭と化した。
「無茶しやがって…………」
予め携帯していた包帯をゼロの腹に巻きながら、俺はそう呟いた。ゼロは少し微笑むだけで、何も言葉は発しなかった。
「とりあえず、これでクエストクリアか」
俺は伸びをして、疲れを癒す。
「ねぇグレン。あなた、他に仲間はいないの?」
「あぁ、俺一人だ」
俺がそう言うとゼロは少し顔を近づけ、
「なら、あなたに着いて行っていいかしら?」
所持金0スタートで行く宛がないらしい。
「少しはあなたに力を貸せるはずよ。どう?」
俺は一瞬迷ったが、答えは1つだった。
「これからよろしくな、ゼロ」
俺が伸ばした手を、ゼロはがっちりと握った。