2章3話『攻略開始』
灰色にくすんだ壁には細かいヒビや傷がいくつもついている。古めかしいわけではないが、どこか切なさを感じさせる佇まいだった。
「ここが、《テララナの城》…………」
俺はダンジョンを見上げた。
高さや窓の数から察するに、おそらく4階建て。
このダンジョンの最上階にボスが君臨しているはずだ。
ダンジョンの周囲はマスターズギルドの役員がカラーコーンとテープで囲ってしまうため、辺りはやけに静かだ。
俺たちだけが孤立しているかのように。
俺は手袋をしっかりとはめ、後ろを振り返らずに言った。
「行こう、2人とも」
俺が入口に向かうのと少し遅れて、後方から2つの足音が聞こえた。
クモの巣の絡まった重い扉を力強く押し、暗いダンジョンの中へ足を踏み入れた。
濁った空気や汚れた床が俺達の不安を駆り立てる。
俺達は入口のすぐ近くにあった部屋に入った。
幸い、中にアラーナはおらず、心置き無く部屋を散策する事が出来た。
どうやらその部屋は、かつては倉庫のような場所だったらしい。
しかし、崩れた棚と壊された箱の残骸、そこからこぼれるいくつかの道具が、ここが既にアラーナの住処になっていることを改めて教えてくれた。
転がっていたのは、ロウソクと懐中電灯。あとは香水のようなものだった。
手に香水を付けてみると、ほのかに柑橘系の匂いが漂った。古いものではないらしい。
とりあえずそれらをバッグに仕舞い、改めて戦闘の準備を整えて部屋を出た。
長い廊下を懐中電灯の光だけを頼りに、慎重に進んでいく。コツ、コツ、といった静かな音のみが流れていった。
「この様子だと、アラーナ達は2階以降を主な巣窟としているようだね」
「侵入者が来るかも知れないのに、か?」
俺の問に対し、ティリタは無言で左を指さした。
その方向を懐中電灯で照らすと、そこには白い球型の何かや、肌色の細長い何か、あとは………………かつてここを拠点にしていたギルドのメンバーだったもの。
「1階はゴミ捨て場のように扱ってるんじゃないかな?扉はクモの巣である程度固定されてたし、アラーナ達にとってはそれが精一杯の防御だったのだろう」
なるほど、確かに納得がいくな。
食料として捉えた獲物を2階以降のアラーナが喰らい、余った部位を1階に捨てる。
合理的とは言えないが、特別不自然な話とも思えない。
「つまり、これを登った先にアラーナがうじゃうじゃいるってこと?」
ゼロは目の前の階段を指さして言った。
ティリタは静かに頷いた。
「ゼロ、いけるか?」
「聞かれるまでもないわ」
ゼロは階段を登って…………いや、階段の横の壁を蹴って一気に2階に上がった。
ガガガガガガガガガガ!!!
ただの拳銃とは思えない連射速度だ。
ゼロのガン=カタの技術にはいつも驚かされる。
後を追って2階にたどり着いた頃には、既にそこにはアラーナの骸が倒れていた。
「やるじゃねぇかゼロ」
「油断しないで。まだいるわ」
確かに奥から、カサカサクチャクチャと音がする。それがアラーナから出る音だということは容易に分かった。
「弾、残ってるか?」
「ほとんど空ね」
「了解。ティリタ、スピードアップを頼む」
「わかった!」
ティリタは杖を突き出し、俺にスピードアップをかけた。
「音を立てると他のアラーナが寄って来るかもしれない。静かに、かつスピーディに焼き殺してやる!」
俺は全力で足を回転させ、アラーナにフレイムを叩き込んだ。
炎で一瞬明るくなったため、アラーナがどこに何体いるのかをおおよそ把握することが出来た。
俺は脳裏に焼き付いたその画像と音を頼りに、アラーナの頭にフレイムを叩きつける。
殺人鬼時代の運動神経をフルに活用できていた。
「っしゃあ!いっちょ上がり!」
俺は焦げた匂いに包まれながらガッツポーズをとった。
「音は最小限に抑えられたけど、それでもアラーナが寄って来る可能性もある」
ティリタがそう言うと、弾薬を詰め終えたゼロが銃を回転させ、
「寄って来る前に殺せばいいんでしょ?」
と言いながらニヤリと笑った。
「単純だが、それがベストかも知れねぇな」
俺も合わせて口角を上げた。
「だが、敵の数も分からない。派手な行動はできるだけ避けよう」
俺とゼロはティリタに頷き、先を急いだ。
「おらっ!」
「はあっ!」
俺とゼロは道中のアラーナを瞬時に蹴散らす。そのため、ほぼノンストップで階段まで到達することが出来た。
だがここで1つ問題が発生する。
「この階段………………」
2階から3階に繋がる階段にはクモの巣が張り巡らされていた。
それも、1つや2つじゃない。
先が見えなくなる程びっしりと、だ。
「グレン。僕がマジックアップを使ったとして、このクモの巣をフレイムで燃やすにはどれくらいかかる?」
俺はクモの巣を手で触った。
ベタベタという感覚はなかったが、すごく硬い。おそらく耐火性もある。
「どれだけ上手くいっても10分はかかるだろうな」
「それまでグレンの手にはフレイムがつきっぱなしというわけか…………」
「一応、MP的な問題はない。ベルダーと戦った時も、ずっとフレイムを打ち続けたのになんともなかったからな」
ただ、その10分の間、光におびき寄せられたアラーナをゼロとティリタだけで全て除去できるか?
「どうにかして、アラーナを退けられないかな?」
ゼロが顎に手を置いて考える。
「うーん…………」
何かいい方法はないだろうか。
「…………そうだ、グレン。さっき1階で拾ったものをもう一度見せてくれないか?」
「え?あ、あぁ…………」
ティリタに促されてバッグを漁った時、やっと思い出した。俺は1階でロウソクを拾っている。
これに火をつけてどこかに設置すれば、アラーナをおびき寄せられるかも知れない。
と思いついたものの、ロウソクに火をつけたとしても俺のフレイムの方が大きな光を生み出す。
一時的に誘導出来たとしても、結局はこっちに来てしまうだろう。
とりあえずティリタに1階で拾ったものを全て渡した。
「…………よし、これならいける!」
ティリタは俺達を連れて辺りを見回す。どうやら手頃な空間を探しているらしい。
「ここなら大丈夫かな?」
ティリタはとある一室に入り、中にアラーナがいないことを確認した上でロウソクに火をつけ、置いた。
「一度どこかへ隠れようか」
俺達は別の部屋に入り、しばらく時間を潰した。
「そろそろアラーナが集まった頃だ、階段へ戻ろう」
俺達は階段まで戻る。
するとティリタは周囲に香水を撒き始めた。とても念入りに、床や壁、天井にまでも。
「よし。グレン、クモの巣の破壊を始めてくれ」
「ちょっと待ってくれ。いくら光でアラーナを集めてるからと言っても、俺の出す炎の方が光が強い。またすぐにこっちに来るんじゃないか?」
「いや、その心配はない」
ティリタは香水を見せた。
「この香水、おそらく柑橘類の皮をすり潰して水で溶かしたもの。クモの類は柑橘系の匂いが苦手だからこっちには寄ってこないはずだ」
クモにそんな習性があったのか。
「香水の効果もいつまで続くかわからない。マジックアップをかけるから、クモの巣の破壊を急ごう」
俺は右手に力を込め、クモの巣を燃やし始めた。




