2章1話『不穏な影』
「ゼロ!そっちはどうだ?」
俺は少し離れた場所にいるゼロに声をかけた。
「心配されるまでもないわ」
ゼロは無数のアラーナに囲まれながら、踊るように銃を撃っていた。
そしてゼロの周りには既に骸と化したアラーナがあった。
俺は口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
「ティリタ、お前あとMPどんなもんだ?」
「マジックアップ1回分くらいはある」
「使ってくれ、一気に片付ける」
ティリタは頷き、杖を俺の方に傾けた。
白色の閃光が俺に向かって降り注ぐ。
同時に、俺のPOWは大きく上昇した。
前方にいる数え切れない程のアラーナ達に向かって、俺は指を指した。
「全員まとめてゲームオーバーだ!」
俺は右手に力を込めた。
熱が瞬間的に発生し、辺りの空気を歪めた。
「フレイム!」
炎が俺の手を離れると同時に、アラーナ達は一気に灰になった。
「ご注文は?」
「塩ラーメン、麺柔らかめで」
俺は店主のおっちゃんに希望を言った。
「あいよ!ゼロちゃんはどうする?」
「味噌バターラーメン、油マシマシ」
「あいよ!いつも通りだな!」
あんな全力で動いた後によくこんなこってりラーメン食えるよな。
胃もたれしないのか。
「ティリタはどうする?」
「僕は醤油ラーメン。普通のでいいや」
「あいよ!すぐ作っから待っとけよ!」
おっちゃんは厨房の奥へ消えた。
「お前、こんな夜中に味噌バターラーメンなんか食ったら太るぞ?」
「私は太らないように出来てんの」
ゼロはちょっと拗ねながらそう言った。
最近見つけたこのラーメン屋。
夜遅い緊急クエストだと寮で飯が食えない事が多い。そういう日は帰りにここに寄ってラーメン食って帰る。
安いし、夜中までやってるし、旨い。
「そういえば、今日は当たりあったか?」
「この前のよりかは劣るけど、なかなかいいものが取れたよ」
ティリタはバッグからカラフルな宝石を取り出した。確かに色が濃く、それでいて濁っていない。形も悪くない。
それなりの値がつくだろう。
「というか、最近アラーナのクエスト多くないか?しかも緊急の」
「それは僕も思ってた。その上、1回1回のアラーナの数も多い」
今回も20体くらい同時に相手したんじゃないだろうか。
「前まではこんなにいなかったよね?」
「今まではアーカムの北辺りに小さめのギルドがあって、《エンセスター》の対応に追われていた僕達の代わりに下級モンスターの処理をしていたらしいけど…………そのギルドが最近潰れたらしいんだよね」
「それで俺たちの方にクエストが回ってきたのか」
だとしても多い気はするがな。
「はいお待ち!」
その頃、ちょうどラーメンが届いた。
俺達は手を合わせ、割り箸を割ってラーメンを啜り始めた。
「ごきげんよう、アルマドゥラさん」
アオイは手を前で重ね、一礼した。
「あぁ」
黒く尖った茶髪と、目の傷が特徴的なガタイのいい男は、アオイにアルマドゥラと呼ばれた。
彼は無愛想に低い声でそう言うと、アオイに促されて椅子に座った。
「すみません、夜分遅くに」
「構わん」
アオイにさえどっしりと構えているアルマドゥラ。彼こそ《ブエノスディアス》のギルドマスターである。
《ブエノスディアス》と《アスタ・ラ・ビスタ》は共に戦闘系ギルドである。
しかし、両者は似ているようで少し違う。
《アスタ・ラ・ビスタ》の目的はあくまで人助け。
困っている人の為にモンスターを討伐し、何かを守り、時にはハーブを採りに行くこともある。
対して《ブエノスディアス》の目的はモンスターの駆除。
そこに理由なんて必要ない。有害な存在なら徹底的に叩きのめす。残忍な正義感を持つギルドだ。
「今回お呼びしたのは他でもありません。《ビエンベニードス》の調査報告書が私の元に届きましたので、その内容をお伝えしなければと思いました」
順を追って説明しよう。
まず《ビエンベニードス》とは、武器防具を専門とする商業系ギルド。
値段次第では希少かつ強力な武器を購入できるため、初心者から上級者まで御用達のギルドだ。
調査報告書の内容は、2週間前にグレン達が壊滅させた《エンセスター》について。
主に、拠点となっていた巨大図書館や資金源、それと『EVOカプセル』の開発所についてだ。
「まず巨大図書館ですが、ご存知の通り地下に続く道があり、その先が本当の拠点となっていました」
「その節は申し訳ない。《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバーに迷惑をかけてしまった」
「お気になさらず。彼らも、《ブエノスディアス》の方々が無事なら大丈夫だと仰っておりましたよ」
アルマドゥラは「そうか……」と呟き、腕を組んだ。
「拠点内部には無数の個室の他に、キッチン等生活に必要な設備が整っていたとのことです」
「なるほど。続けてくれ」
「いくつかの個室にはヒビや汚れ、傷などが見受けられました。これらは老朽化によるものと見られます」
「老朽化するほど前からあの地下拠点が存在していたということか」
アオイは頷く。
「しかし、なぜ地下にあれほどまでに大規模な拠点を作れるほどの資金があったのか。それが、今回の調査では明らかにならなかったそうです」
「何?」
「ギルドメンバーから資金を集めていたと考えるのが自然ですが…………確証がないのでなんとも言えませんね」
アルマドゥラは少し唸った後、こう言った。
「『EVOカプセル』ではないか?あれは一般人にも流通していたと聞く。あれを売って資金を集めていた線もあると思うのだが」
「それが…………『EVOカプセル』はどうやら《エンセスター》製ではらしいです」
「何だと?」
「どうやら、他の組織が販売しているのを《エンセスター》が大量に購入していたようです。地下拠点の管理室から領収書が見つかっています」
「つまり……『EVOカプセル』は今なお生産され続けていて、それがまだ流通され続けている」
アルマドゥラがそう言うと、場の空気が一気に重くなった。
「『EVOカプセル』は極端に適性がない人間が使用すると、モンスターの遺伝子に呑まれて自我を崩壊させると聞きます」
「このままカプセルが売られ続けていけば、自我を失った人間が増えていく一方ってわけか」
それだけは避けなくては、と2人は息を呑む。
「他のギルドマスターにはこの事を伝えたか?」
「一応、ウチと《グラシアス》、《ブエンプロペチョ》には報告書が行っているはずです」
《ブエンプロペチョ》は主に飲食店や雑貨屋、衣料品を取り扱う商業系ギルド。
《グラシアス》は、少し複雑なのでその時が来たら説明しよう。
「そいつらは何だと言っている?」
「我々と同じ意見ですよ。何とかしてカプセルの製造元を突き止め、壊滅させなければいけません。…………ですが」
アルマドゥラはため息をついた。
「今はそれどころじゃない、と」
アオイは頷いた。
有名ギルドのギルドマスター2人が一般人の危険を無視してまで優先すべきだと判断した非常事態。
「もう、90日ありません。早急に手立てを打たないと、この世界は滅びます」
「もう…………すぐそこまで迫っているのか」
「えぇ。人智を超えた絶対的存在。『這いよる混沌』が」




