1章35話『本』
『EVOカプセル』を投与したベルダーの体はみるみるうちに変化していく。
手には長いかぎ爪、頭には後ろになびく大きな髪の毛、そして背中には紅く巨大な翼。
アルコンとベルダーがピッタリと融合している。そう感じた。
「ゼロ、ティリタ。下がってくれ」
1つだけ作戦があるが、この作戦はあまりにも危険だ。俺1人でやるしかない。
「グレン……?」
ゼロは、心配そうな表情で俺の方を見る。
「大丈夫だ。お前の相棒を信じろ」
「…………無茶したら、私がアンタを殺すから」
ゼロは髪をくるくる弄りながら言った。
彼女の忠告を受け、俺は手袋をしっかりとつけ直した。
以前戦ったアルコンの行動パターン、そしてベルダーの周回軌道から、次に俺に突っ込んで来るのは12〜14秒後。
それだけあれば十分だ
俺は頭の中で秒数を数え、その間右手に力を込める。
ジワジワと熱を帯びる手袋の中心。それと一緒に俺の気持ちも高ぶり始めた。
「3……2……1……!」
俺の予測通り、ベルダーは超高速で俺に突進してきた。その姿は紅い槍のようにも見える。
ゼロが発狂するのも無理はない。
「来い……ベルダーッ!」
俺は右手を大きく引く。
そしてベルダーが突っ込んで来ると同時に、右手を勢い良く前へ突き出し、こう叫んだ。
「フレイムッ!!」
俺の感情は限界まで高揚していた。それに伴うPOWの上昇、そこから繰り出されるフレイム。
間違いなく、最高火力が更新された瞬間だった。
しかし、俺以外の全ての人は俺が奇行に走ったと考えるだろう。
「グレン…………なんで!」
アルコンには、体外の熱を蓄積して攻撃に転換する器官がある。そしてそれは、アルコンと化したベルダーも例外ではない。
こうしている間にも、俺のフレイムはベルダーの体内に取り込まれ続けている。
ベルダーの体から蒸気が大量に放出されているのが見て分かった。
「ついに発狂してしまったか?まぁ、僕の強さに恐怖してしまうのは当然のことだ」
ベルダーは余裕ぶっているが、そんなわけがない。俺の作戦が順調に進んでいるのなら。
「どうだぁ?司書様よぉ。俺のフレイム、なかなかの火力だろ?」
「あぁ、悪くない。だが、忘れていないだろうね?アルコンの力を持つ僕に火魔法は無意味だということを」
「あぁ、忘れちゃいねぇよ…………忘れちゃいねぇからこそ、こうしてフレイムを撃ってんだ」
ベルダーは眉を傾けた。
俺は以前アルコンと対峙した事がある。その時に、思いつきはしたが実行に移せなかった作戦がある。
それが、今俺が使っている作戦である。
「ところでお前、横に逸れることは出来るか?」
ベルダーはハンとため息をつき、
「そんなこと、造作もな――――――――」
俺はニヤリと笑った。
俺の作戦通りに進んでいるのなら、ベルダーは動けないはずだ。
俺はフレイムを継続的に撃ち続けている。それこそMPが空になるまで。よって、ベルダーは継続的に熱を吸収していることになる。
今、ベルダーの体内にある熱を吸収する器官は過剰なまでに動いている。そこにエネルギーを使いすぎて、体を動かす命令を脳が出せないのだろう。
アルコンと融合した、人間とはかけ離れた脳なら、十分考えられる可能性だ。
はっきり言って、これが達成できるかは一か八かだった。
だが、計算をし、準備をし、完璧に行動することで一か八かは確実に良い方向へ転ぶ。
運が絡むことの多い『殺し』の世界では、運を無理やり引き寄せることも必要なのだ。
ベルダーはまだ余裕そうに、俺に言う。
「動けないことくらい、なんてことない。君のMPが切れた時こそ、君のHPの切れる時さ」
あぁ。その通りだ。
今、俺の感情は極限まで昂ぶっている。MPはPOWにも多少影響されるので、必然的にMPも上昇している。
それに、そもそもフレイムのMP消費はかなり少ない。それこそ、MPなんて気にせずに放てるくらいに。
だが、それが完全に尽きたときに俺は負ける。
実質的な物理攻撃禁止のデメリット効果を持つ俺が魔法まで失ったら、打つ手はない。
そのままベルダーの火球を食らって死ぬ。
「んなこと、言われなくても分かってる」
俺はさらに右手に力を込めた。
フレイムの火力はぐんぐん上昇していく。
「まさか……グレンは!」
ティリタが少し乗り出して言った。
「このままフレイムを与え続けて、ギリギリベルダーを押し切るつもりだ!」
「と、言うと?」
「いくら熱を吸収するとはいえ、フレイムのダメージも多少は発生する。それをMP切れまで続けることでベルダーを倒そうとしているんだ」
「……危険な賭けってとこね」
ゼロがファサッと髪を揺らして言った。
「無茶するなって言ったのに」
と、ゼロは寂しそうに言った。
大丈夫だ。これは無茶なんかじゃねぇ。
もう既に、俺の勝利は確定している。
「なぁベルダー…………」
ここらで、絶望を与えてやろう。
「お前、体の内側が熱くないか?」
「は?当たり前だろう。アルコンとなった僕の体には熱を吸収する器官が――――――」
ベルダーの顔が一気に蒼くなるのが分かった。
俺の本当の狙いに気づいたベルダーの顔は大きく歪み、とても醜かった。
「そうだ…………俺の狙いは、ギリギリでお前を押し切る事なんかじゃねぇ!」
いくら熱を吸収できるとはいえ、いつか限界が訪れるはずだ。
「俺のフレイムをあえて吸収させて、内側からお前を焼き尽くすことだ!」
俺はさらに火力を上げた。限界なんてとっくに突破している。
今の俺はただただコイツを殺すことしか考えてなかった。
「ほっ…………本如きが僕を殺すだなんて…………生意気も大概にしたまえ!!」
「あぁそうだ!俺達は本だ!……だが!」
事は9日前、アオイさんを訪ねた時まで遡る。
彼女は俺の『生命とは何か』という問に対し、『本』という答えを出した。
「なぜそれを選んだか、聞かせてもらえますか?」
アオイさんは筆を走らせていた白紙の本を閉じ、こう言った。
「私達は、本です。ここに自らの人生を書き記し、時に過去を振り返り、時に今を改めて見返し、そして時に未来を予想して思い描く…………そうして生きている間に、1冊の本を書き切るのです」
そして………………。
「それは、1人では絶対に成し遂げられないことだ……!」
俺はベルダーに向かって強く言った。
「誰かに書きかけの本を読んでもらって、誰かの書きかけの本を読ませてもらって…………そうしてお互いに影響し合って、最高の1冊を書き上げるんだ!!」
ベルダーは苦しい表情を浮かべた。
「そんな…………そんなわけあるか!この世界の全ての命は本だ!僕が読まないと、本の続きは明かされない!君たちに未来がやってくることはないんだ!」
「…………テメェに俺達の未来を打ち切られてたまるか」
俺は一度ベルダーから手を離し、フレイムの威力をさらに上げて、もう一度叩き込んだ。
「俺達の未来は俺達が描く!」
叩き込んだ炎はベルダーに収まらず、漏れ出した。そしてその炎が、紅い龍のような形を一瞬だけ見せ、強い光と共にベルダーを包み込んだ。
「くっ……くううう!!!!」
ベルダーは苦痛の声を漏らしながら、外と内の両方から焼き焦がされた。
「僕は…………司書だ!僕はベルダーだ!こんなこと、あっていいはずがないいいい!!!!」
そう叫んで、ベルダーは無残な灰と化した。
「ベルダーの死により統率力を失った《エンセスター》が壊滅するのは時間の問題だそうです」
アオイさんは俺達にそう言った。
「ニグラスを、そして全ての人間を悪から守ってくださった貴方に、代表して私が感謝の意を述べさせて頂きます」
彼女は、深く深くお辞儀をしてくれた。
彼女の思いが本物だということはその様子から分かった。
「そして、つまらないものですが私からあなた方への贈り物です」
アオイさんは丁寧に俺達の腕に腕輪をつけてくれた。
金ベースにワインレッド色のルビーが埋め込まれたその腕輪は、美しく輝いていた。
「何の効力もないただのアクセサリーですが、これは皆さんを英雄と認める勲章です」
アオイさんは俺達の前に立ち直った。
「皆さんが守った美しい世界が永遠に輝き続けますように」
アオイさんのお辞儀に合わせて、俺達もお辞儀をした。




